第11話
そうして私たちは、夕食を終えて店を出た。時間は午後八時。由美ちゃんはちょっと酔っぱらっていて、さっきから元気が二倍くらいになっている。
近頃は日が沈むのも早くなっていて、既に辺りが暗くなっていた。電車の音がかすかに耳に届き、薬局の『処方せん受付』の黄色の看板が目を引く。そしてそこから漏れる白い光が、コンクリートの道の上の、『止まれ』の文字を浮かび上がらせている。そんな中で、私は由美ちゃんを連れて駅の方向へ歩いている。
私は隣でにこにこと笑っている由美ちゃんのほっぺたに人差し指を当てて、感触を楽しみながら言った。
「じゃあ、そろそろ帰ろっか。家まで送るよ」
もう遅いからね。そう思っていると、由美ちゃんは両手でさっと、ほっぺたに触れている私の右手をつかんで頬ずりをする。ああ、これはだいぶ酔ってるな。
「ええー、もうちょっといいじゃないですかー」
由美ちゃんの声がいつもより高い。由美ちゃんのほっぺたが柔らかい……。私の手を離してくれなくて、はたから見たら変な感じに違いない。
私は恥ずかしくなってきて、周りの人たちを見回す。
「でももう八時だよ? 家の人、心配するでしょ? 送ってくから」
ちょっと大人な感じを出して――出そうと頑張ってそう言っても、由美ちゃんは切り替えてくれない。私の右腕に絡みついて言う。
「もう、ハミちゃんは私のこと子供扱いしすぎですよ? 八時ですよ? まだ八時! 今日は遅くなるって言ってあるから大丈夫だもん。夜はこれからだー!」
由美ちゃんは私の左手もつかんで、道の真ん中で私を回して、社交ダンスみたいにぐるぐると回り始める。私はぐるぐる回される。ぐるぐると回される。
うん、なんとも恥ずかしい。しかも一応、私も由美ちゃんもドレスみたいなワンピースを着てるから、ちょっと様になっていそうで余計に恥ずかしい。
「ちょっとちょっと、みんな見てるから」
私がちょっと笑いながら、だけどしっかりたしなめるように言うと、由美ちゃんは口を尖らせて私の左手を解放する。だけど右手はがっしりとつかんで離してくれない。どうやら由美ちゃんは、酔っ払うと変な元気になってしまうようだ。
私は腕にくっついている由美ちゃんの体温を嬉しく思いながら、だけど同時に困ってしまう。向こうはその気じゃなかっても、私はその気になってしまう。
「ねえハミちゃん、ハミちゃん
「え?」
このコは今、なんて言った? 知らない人の家にそんな簡単に行っちゃいけません! ……いや、でももう知らない仲でもないし、私は女だもんな。私があれなだけで、そんなにおかしいことでもないか。それに今時、女の子が男の部屋に行くのだって普通だと聞く。ああ! そういったことに無縁な自分が憎らしい! ここは素直に我が家へ招待していいのだろうか?
「……うち? うちなんて来ても何もないよ?」
由美ちゃんは、私を通りの方へと引っ張る。私はその場で踏ん張った。由美ちゃんが私の身体が斜めになるくらい力強く引っ張ってきて――腕がけっこう痛い。
私は左手で、私の右脇の下を通る由美ちゃんの手にスリータップする。
「わかったわかった。じゃあうちにおいで。でも本当に何もないよ?」
由美ちゃんはぱっと顔を明るくして、私の腕にしがみつく。
「やったー、ハミちゃんの部屋にご招待だ!」
ああ、幸せ……だけど私は理性を抑えられるだろうか? この迷える子羊は、私を同胞だと思っている。たしかに私は狼ではない。だけど私は、牙を持って生まれた羊なのだ。由美ちゃんの貞操は保証できない――まあ、私も
由美ちゃんは私の手を引っ張って、通りの方へ出ようとする。だけど……
「由美ちゃん、うちは反対方向ね」
「え? そうなんですか? いやー、恥ずかしいです」
こういうところが由美ちゃんの可愛いところだなぁ。私は今、にやけまくっているだろう。由美ちゃんはケラケラと笑いながら、私の手をつかんだままくるくる回る。やっぱりそうとう酔ってるな。
「由美ちゃん、みんな見てるからちょっと離れて。ね? さすがに問題になるよ」
由美ちゃんはやっぱり屈託無く笑う。私はこの子にかなわない。だけど由美ちゃんの笑顔は私を幸せにする。
「もう、ハミちゃんは照れ屋さんですね。女の子同士、仲良しでいいじゃないですか。問題になるのは、ハミちゃんが問題にしてるからですよ」
仕方ない、ちょっと落ち着かせるために、部屋まで連れて行こう。
変な意味じゃなくてだよ? いや、ほんとに。
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