第6話
窓の外に
「やっぱり子供たちに会えへんかったら寂しい?」
私がそう言うと、公子は私に目を向けて、小さく、だけどとっても幸せそうに言う。
「そうやねー。毎日毎日いろいろやってくれる子たちやけど、顔を見れへんくなったらすっごい寂しいよー」
公子は小学校の先生をしている。今年からは初の担任をしていて、本当に『小学校の先生』と言って
「やっぱ公子は先生なんやね。私は子供が苦手やから、先生なんて絶対無理やわ。遠慮ないやろ? 子どもって」
私がそう言うと、公子はあふれだすように笑いを口から漏らす。
「そうやねー。たしかに映子が言う通り、子供はデリカシーあらへんから酷いことするわ。だってうちのクラスの男の子、クラスの漏らしちゃった男の子に『爆発』、白髪の子に『おじん』ってあだ名つけとるもん」
爆発くんとおじんくんには申し訳ないが、小学生の純粋な言葉遣いに声を出して笑ってしまった。遠慮というものを知らないということは、それだけ無垢な気がして嫌いになれない。
公子は私に合わせるように軽く笑ってから言った。
「おかしいやろ? でもな、最近はその子たちもそのあだ名に慣れてきてもうてな。おっきい声で遠くから言うんやで、おじんーっ! って。しかも言われた方も普通に反応するし……笑いごとやないで」
同い年のはずの公子が一気に大人になってしまったような気がして、私は少し寂しくなった。
「言うても公子は子供が大好きやろ? 昔からそうやったもんね」
私がそう言うと、公子は昔親に内緒の宝物を見せてくれた時と同じ顔で得意げに言う。
「子供の可愛いところはな、素直なところ。なんかやってしもたとしても、
私はそうかもしれないと思い、大きく頷いた。そう思うと同時に、まだ成長途中の子供たち一人一人と向き合うことを
「ほんでさ、映子。あんたなんか私に言いたいことあるんちゃう?」
急に鋭い目を向けられた。
「なんで?」
公子はふっと鼻で笑う。
「何年あんたの姉やってると思ってんの? 顔見たら妹が何かあったってことくらいお姉ちゃんはわかんの」
こういう時、公子はいつもこの顔をする。私よりちょっとだけ先に母から出てきただけのクセに、やたらと姉アピールを繰り返す。でも実際、私が姉で公子が妹――なんて考えられないわけで、だからちょっと悔しい。
「さすが公子、わかるんや?」
公子は得意げにうんうんと頷く。
「あたぼうよ。なんなら電話の時点でわかってた」
なんだって? やっぱり「姉」ってしっかりするな。
「やったら話すな。私最近、ものごっつい嬉しいことあって」
私は由美ちゃんとの出会いというかけがえのないイベントを、この公子と共有できると思うと嬉しくてたまらなくなった。と、同時に、ずっと気がつかなかったことに気づいてしまった。
公子は黙り込む私を不思議そうに見つめ、だから私は言い訳をするように言った。
「いや、違うねん。そういうつもりやなくて、どう言ったもんかなって」
考えてみたらあの夏以来、いやそのもっと前から、私は公子とそういう話をしたことがない。公子はよくボーイフレンドを連れていたから、ずっといなかった私に遠慮していたのかもしれない。というか、私はあからさまにそいう話を好まなかった。あの時も、あいつらみたいに「お前はおかしい」なんて、公子はそんなひどいことは言わなかったし言うはずもないし、ずっと私を支えてくれたけど、私の気持ちに対して公子がどう思っているのかということは、はっきり言葉で聞いたことがない。
「あのな公子、実は私こないだ神社でな――」
喉が渇いた。次の言葉で私と公子の間の大切な何かがどうにかなってしまいそうで、私の呼吸が荒くなった。心臓がどきどきしてきた。公子とのこれまでが頭を巡った。
私は息を吸い直して公子の顔をしっかり見た。
「私、好きな人できた」
奇妙な感じがした。本当に昔から私たちはいつも何時間でも話していたのに、私はそういう話ができなかったから。私がそうしてしまったから。だから奇妙な感じがした。そして怖くなった。だってここで公子がいつもの公子でなくなったら、私はもうどうしようもない。
「それ、女の人?」
公子はゆっくり言った。
私は公子を見た。
「うん。私好みの可愛い女の子。前髪ぱっつんでさらさらの髪で、すっごい可愛いかった」
私がそう言うと公子は少し間を置いて、声を出して笑った。一緒にテレビを見ていたころのように笑ってくれた。私は嬉しかった。だって今まで、ただならないほど気を使わせてきたから。
「そっか、そりゃ良かった。映子も一目惚れなんてするんやな。もうそういうのは考えてないんやとばっかり思ってたわ。上手くいくように願ってるで」
ああ、だから私は公子が好きなのだ。私もクスクス笑った。「由美ちゃんが好き」と言う気持ちを吐き出せて、身体が嘘みたいに軽くなった。
「ありがとう。ごめんな公子、ありがとう、公子。私、由美ちゃんが大好き」
「なんやそれ」
「私もわからんわ」
幸せというのは、大切な人と共有できた時に色づくと知った。
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