ルート2 憧れのあの子とテスト勉強をしよう!

第23話 戦え桃尻!恋する乙女は美しい!

 いきなりだけど私はブラック企業勤めのアラサーOL。


 毎日の生きがいとして、ぐちょぐちょメモリアルというアダルト乙女ゲームに大ハマりしていたんだけど、ある日駅の階段から落ちて目覚めたと思えば、なんと大好きだったぐちょメモの世界に入り込んでいて、それも悪役令嬢の桃尻エリカに転生しちゃった!? ぶっちゃけありえな~い! 


 だけどそこはポジティブシンキング! ブラック企業の日々とおさらばしてエンジョイぐちょメモライフ。エンジョイ、私の推しヒロイン、松坂愛理と結ばれるため私はこの世界で生き抜いてみせるんだから。――ってな感じで転生をして一ヶ月を過ぎようとしている六月八日の午前六時。


 私、桃尻エリカの朝は早い。まずは顔を洗い、髪を整えてからの昼食。しかし日本人離れの縦ロールのため、このセットを完璧にするには毎朝軽く三十分はかかる。好きな人に手抜きヘアで顔向けできない。というわけで、私は部屋にあるアンティークで高価そうなドレッサーにどかんと座ると、桃尻家でも一番下っ端で一番若手の新人メイドの若林が当たり前のように後ろ髪を優しくブラッシングしていく。


「はぁ~、恋をするのが苦しいって本当なのね。あの子のことを思うと深夜二時まで眠れなくっておかげで寝不足よ……」


「ふふ、でもエリカ様。毎日すごく楽しそうですよ!」


 メイドの若林は年齢が近いこともあり、恋愛や学校の話をしやすい相手。なにより本当の私より人生短く生きているが人間として非常に自立しており、仕事もメモ帳を片手に覚えながらでも一生懸命にこなす彼女の姿に心を打たれた。なので余計に転生初日に喧嘩腰で突っかかってしまったことは猛省してもしきれない。あの日のことはどうか忘れていますように。


「私も学生時代に戻ったら恋愛を楽しみたいですね」


「あら、若林だってまだまだ若いじゃないの。今年おいくつ?」


「今年で二十歳になります」


「やっだ~! 二十歳とか全然若いじゃな~い! むしろ人生のスタートライン? 今度有給とらせてあげるから街にでて楽しんできたらどう?」


「うーん、基本インドア派なので外に出ると何すればいいのか分かりませんね」


「困ったときはウィンドウショッピングとかオシャレなカフェに行けばそれなりに楽しめるものよ。そういえば駅の近くに新しいケーキ屋ができたらしいわよ。ご存じ?」


 女子トークで盛り上がっていても時間はおかまいなしに進んでいく。朝は時計の針が妙に早く進んでいる気がしてならない。器用に巻かれた縦ロールを振り乱しては超特急で朝食を吸い込む私にお上品な令嬢のかけらもない。桃尻エリカの中身が私となった日以来、桃尻家に勤める使用人全員が医者を勧めようか心配したほどとかなんとか。スープ一滴も残さず見事完食すればあとはもう携帯とカバンを持って靴を履き替えるだけ。


「お嬢様、お車は……」


「歩くからいいって言ってるでございましょう?」


「ですがエリカ様の身になにかあれば、ご主人様にご心配をおかけします。この間の転落事故の件だって――」


「お父様は海外にいるのですから死なないかぎりバレやしませんわ。それでは、いってきますわ。あっ、そうそう使用人といえど社会人。有給はしっかりとるように。いいですわね?」


「はあ……」


 開いた口が塞がらない執事にお辞儀して玄関の扉を開ければ、胃もたれしそうなブリブリのフリルがつきまくったピンクまみれの改造制服のスカートが舞う。急ぎ足で愛しき我が愛理が降りるバス停へ迎えに行く。これが私の登校スタイル。


「ふっふふ~ん」


 鼻歌なんて転生前でもしたことがない。いざしてみると意外と気分がよくなる。軽快なステップを踏みながらバス停を目指す私を例えるなら、可愛いお姫様に会いに行く健気な王子様? ……なんちゃって。それは美化しすぎた。なんせ、王子様とやらは今朝も私一人じゃなさそうだし。


 つま先で踊り歩いていた足を止めて、今度は踵まで体重をのせてズンズンと踏み込んで歩く様へ。ハイヒールのコツコツ音は中の金属音まで響いている。ギンギンッとやけに戦闘力も高めそうな高音を道端に威嚇っぽく鳴らしまくって、バス停へとご到着。ええ、今回はもう先にいましたよ。四人のお邪魔虫が。


「やあおはよう、桃尻くん。今日は僕たちの方が早かったみたいだね」


「あっ、桃尻パイセンじゃないですか~! わあ、制服のフリルがすっご~いくどいですね!」


「吐き気を催すのはいつものことだろ」


「二人とも……朝からやめなよ……」


 左から敵、敵、ひとつ飛ばさず敵、敵。女性のハートをかっさらうイケメン兄弟なんでしょうけど、愛理推しの私にとっちゃマジでときめき皆無。極悪四人兄弟でしかない。ゲームをプレイしていたときも大して興味なかったけど、今じゃ興味が殺意に変わりつつあるぐらい。

 

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