第2話 思いは大暴走!君が好きだと叫びたい!

 そうと決めたら早いとこ学校へ行く支度をしなくっちゃ。愛理は学園近くにある八時のバスに乗って毎朝通学しているから、私もそれに合わせてちゃっちゃと行動しないと。ええと、今の時間は……。


 部屋をくるっと見渡しても置き時計や掛け時計はいいとして、JKの必須アイテムのスマホも見当たらない。逆にピンクまみれで気分が悪くなってしまった。悪趣味で不便な部屋だと思っても、桃尻は筋金入りのご令嬢。どうせメイドとかに起こされてスケジュール管理をされているに違いない。


「ケッ、ずいぶんと身分が高いことっ!」


 ぶつくさ文句を言っているところに、部屋を三回ノックする音がした。


「おはようございます、エリカお嬢様」


 ドアを開けた先には深々とお辞儀をする若いメイド服を着た女性が一人と、横にはふわっふわのオムレツに彩り豊かな野菜たちに小さなプリンに高そうな紅茶がキャスター付きの荷台に用意されていた。ジャムなし食パン一枚で朝食をしのいでいた現実世界とのギャップに心が折れそうになるのをぐっと堪えた。


「あの、先ほどから大声を上げていらっしゃいましたが、どうかいたしましたか?」


 やばっ、聞かれてたんだ。ちょっとだけ恥ずかしい!


「あ~、うん。ちょっと足をぐねって捻っちゃってさ! あはは~」

 

 頭をポリポリと掻き、自虐ネタっぽく笑いながら返事をした。


「え……」


 言葉を失い目を丸くして驚くメイド。


 なによこの子、急に黙り込んじゃって……って! 違う違う! 桃尻エリカは常にお嬢様口調でわがままなんだった!


「別に。あなたには関係ないことでしてよ。それより早く朝食にしてちょうだい!」


「はいっ」


 ツンとした演技を装い、何事もなかったのように言い直す作戦は成功。


 ああ、なんだかお嬢様口調って疲れる。しかも自分より年齢が下の子にきつい言い方しちゃったし、プチ罪悪感。


「ん~、美味しいっ」


 さすがはお嬢。食べれば分かる。高い食材使ってるって感じ。卵も甘いし、しゅわって口ですぐになくなる。朝からほっぺがとろけそう。勝手に椅子とテーブルは出てきて、食事中にも三人のメイドたちが私の縦ロールを上手いことセットしてくれる。こんな生活も悪くないかも。――あれ? そういえば今、何時だっけ?


 幸せのひとときから現実に切り替われば、顔面は一気に蒼白した。完食し終えていない朝食を残せば、近くにいたメイドに掴みかかるようにこう言った。


「ちょっとあなた! 今日は何月何日の何時か教えてくださる!?」


「へ!? えっとですね」


「時間がないんですの!! 早く教えてくれなんしー!? あと私の制服と携帯電話もどこかご存じー!?」


「ひいいいぃー!! き、今日は五月十日の時刻は七時四十分ですうぅー! あとお洋服と携帯電話は衣装部屋にありますぅー!!」


「おけまるサンキュー!」


 喋り方はハチャメチャで般若の如く詰め寄っているからか、若いメイドは半泣き状態にしては部屋を後にした。


 泣かせてごめんね! だけど今はそれどころじゃないのよ!


 五月の十日ってことは愛理が転校してきて二週間ほど。さほど男たちと進展はないけど、接点はある初期段階。今から巻き返すにも十分。バスも二十分で着くけど、桃尻家からバス停までさほど遠くはない。いけるいける、頑張れ私!


 全力疾走で階段を息を切らして衣装部屋へ駆け込み、制服を手にとって充電されていたスマホをカバンにつめて玄関へ走るが、身体がよろけてしまう。ブレザー指定の制服だというのに桃尻の制服だけはなぜか作中でもピンク。そんでもってこれでもかってぐらい全身くまなくフリルがついているので服がもう重いのなんの。


 財閥令嬢が制服改造とか、ヤンキーみたいなことしてんじゃないわよ!


「お嬢様、お車の準備がまだ――」


「今日は走って行きたい気分ですの! いってきますですわ!」


「えぇ」


 執事の困惑した横を荒い足音を立てて通過。しかし玄関だと思った扉は家の中でしかなく、庭も軽く門まで百メートル以上。その距離を走り抜けてやっとバス停を目指す。


 公式ファンブックでぐちょメモの設定地図を見ていたおかげで迷うことはない。

 

「今すぐ会いに行くからね、待ってて愛理ー!」


 道端で愛を叫ぶことに、人目など気にもとめなかった。

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