悪役令嬢になったんで推し事としてヒロインを溺愛します。

マンボウ

ルート1 憧れのあの子とお近づきになろう!

第1話 うっそ~!?あの子の苦手な悪役令嬢に転生しちゃった!

「ああ~、最っ高……」


 ――深夜二時。


 明かりもつけない格安ボロアパートの一室でねっちょりとした声がボソボソと響く。


 布団をかぶっては携帯用ゲーム機を舐めるようにプレイするのは、社会人になって五年が経ってはブラック企業についてくのがやっとのアラサーOLの私。今日も残業で終電間近で体はヘトヘト。あと数時間で仕事に行く支度をしなければならないというのに、寝る間も惜しんでプレイしたいゲームがある。


 その名も「ぐちょぐちょメモリアル」というアダルト恋愛ゲーム。私は略して「ぐちょメモ」と呼んでいる。どこにでもあるイケメン四人兄弟と主人公が結ばれるため言葉や行動を選択する作業ゲームだが、キャラデザにBGMに豊富なルートでアダルトゲームの中でも人気は高く、近年では未成年でもプレイができるようエロなしの健全バージョンも発売されてはこれまた大人気を博した。


 ぐちょメモの大ファンである私はアダルトも健全版も何週したか覚えていない。関連書籍やCDは全て購入済み。本棚や押し入れはぐちょメモで溢れている。なぜそこまでハマっていると問われたら、単純に推しキャラがいるから。


「ちょちょちょ! その顔反則でしょ!? もうエッッッッッッ!」


 おおっと、いけない。興奮のあまり大声を上げちゃいそうになった。この前、エロすぎて発狂してたら隣人から壁ドンくらったのよね、まったく。


「だけど、そんな発情する顔するあなたが悪いのよ。――愛理」


 そう、私の押しはイケメンキャラではない。ぐちょメモのヒロイン、松風愛理。


 でもでも勘違いしないでよ? これはレズとかそういったものじゃなくって憧れ的なやつ。初めて見たらビビッときて沼にハマっちゃったわけ。ほら、女の子でも女性アイドルが好きって子いるでしょ? それと同じ。愛理に出合うまでは、普通に男キャラとか好きだったし。


 だけど、順調にぐちょメモライフを謳歌していた私にあるとき事件が起きた。


 朝の通勤ラッシュのとき、電車に乗ろうと急いで駅の階段を降りようとしたとき、ヒールがこう……太っていたわけじゃないんだけど根本からボキッと折れちゃったの。落ちるとき死を覚悟したんだけど、本当に死んじゃったみたい。


 なぜなら、目が覚めると知らない天井に知らない大きなベッドに眠っていた。それもお姫様みたいなブリブリのフリルつきの枕にベッドシーツ。びっくりして飛び上がれば部屋も何畳あるんだってくらいの広さで、パー子顔負けのピンクまみれの家具たち。


「なにここ? 病院じゃないよね?」


 不安になりながら、部屋を探索すればドレッサーの鏡に映る自分に絶句をした。


 ピンクのネグリジェに両端にドリルのような縦ロール。少しつり目で気の強さがにじみ出ている彼女の名を知っていた。ぐちょメモに登場する桃尻エリカという女だ。桃尻財閥の一人娘で性格は悪い悪役令嬢。あの手この手で学校に転校してきた愛理に嫌がらせをする性悪な女である。しかも一度や二度ほどこいつのせいでバッドエンドを迎えたことも。


「え? えっとじゃあ、死んだから流行りの悪役令嬢に転生ってこと? ぐちょメモの? 桃尻エリカに?」


 なにそれ、それじゃあもう現実世界に戻れないじゃない……。


「いやったああああああああぁあぁぁあぁぁあーっ!! ぐちょメモふうううううぅぅぅぅうぅーっ!! 待って待って! それじゃあ愛理と出会って友達になれるってことだよね!? あーん、もう最高じゃない! しかも人生で一番輝く十七歳のときに逆戻り! やだ私ってばアオハルー!!」


 自分が死んでしまったことにショックを受けることは一秒もなく、ぐちょメモの世界に入り込めたことに大喜びをしてガッツポーズをしては高らかに舞った。


 このまま愛理と仲良くなって学園生活をエンジョイして――ん? ちょっと待てよ。たしか、愛理は桃尻エリカにかなり苦手意識を抱いていたはず。プレイヤーの私も桃尻に苛立ってしまうぐらい、卑劣なこともしていた。そんな愛理があっさりと振り向いてくれるわけがない。


「だからってイケメンキャラとのイチャイチャと見過ごす? そんなの嫌に決まってるでしょ! ヴぁああああ! もうどうすればいいのよー!!」


 頭を抱えながら清潔感のあるカーペットを転がりまくっていれば、あるひとつの考えが頭を過った。


「そうよ、せっかく飛ばされたんだもの。ぐちょメモの知識やデータは全て把握済みの私に男共が勝てるわけがないっての」


 口元をニチャ……と両端に上げて心の中でこう強く誓う。


 男どもを蹴落として、愛理と結ばれるルートを迎えてやる――!


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る