35.持効性注射剤

 二度目の痙攣をM先生に抑えてもらったその土曜日から、M先生が私の主治医になった。M先生は事前に私のカルテを熟読していたらしく、私の薬歴を熟知していた。そして、お薬の大改革が行われた。


 まずは飲み薬だ。今まで飲んでいた薬は破棄され総入れ替えがされた。悪名高い赤玉も、副作用の強い抗精神病薬も全て処方から消された。新たに入れられた薬は私には馴染みのないものばかりだったが、こうなったらなすがまま、言われるがままに飲んでみるしかないと思った。


 そして、この日から私には注射がされる事になった。『リスパダールコンスタ』という注射を二週間に一度打つと言われた。これが、持効性注射剤との出会いだ。持効性注射剤は、一度打つと効果が何週間も持つ。服薬が不要になるものもあり、いちいち薬を飲まなくていいから飲み忘れの心配が無くなるのだ。


 こういう注射がある事は知っていたが、他の先生が「注射は合わなかった時の事を考えると怖い」と言っていたので一瞬躊躇った。しかし、M先生から詳細な説明を受けたし、飲み薬同様、こうなったらなすがまま、言われるがままだと思った。


 M先生の説明だと、リスパダールコンスタは注射治療の導入だと言われた。身体に馴染んだら、次は『ゼプリオン』という注射を打つとの説明があった。


 そしてこの日から注射と飲み薬、二本立ての治療が始まった。


 

 私に変化が現れたのは、翌日の朝だった。


 朝、目が覚めた。私は、見えている世界に違いを感じた。

「これ……この感覚、昔に戻ったかのような、頭がはっきりしてる……?」

 

 そして自室からリビングへと階段を降りて行った。そして、両親と顔を合わせたら、両親が驚きの表情でこちらを見ていた。

「無雲! 階段を降りる音が違う! 前は『ドスンドスン』だったのに、『トントントン』になってる!!」


 そうして、一言二言言葉を交わすと、さらに母は驚愕してこう言った。

「呂律が回ってる!! 普通の喋り方になってる!!!」


 驚くべきことに、飲み薬改革と注射は、翌日にはこうまでも私に変化をもたらした。頭がはっきりした時の感覚を、私は一生忘れないだろう。それは長い夢から覚めたかのような、清々しさがあった。そして、両親もまた、一夜にして激変した娘を見た時の衝撃を忘れないだろう。


 しかし、これは薬の離脱症状との戦いの幕開けでもあった。

 次回は、精神科の薬の断薬がもたらす離脱症状の恐ろしさについてです!

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