37.最後の入院
最後の入院生活も、B病院の天国と呼ばれているいつもの解放病棟の個室だった。
慣れ切った入院生活。いつものメンツも何人か入院していたし、いつも通りの穏やかな、守られた空間がそこにはあった。
しかし、私はいつもと違っていた。
いつもなら友達をおしゃべりをして時間を潰していたが、この時はほぼ部屋に籠っていた。喫煙所には行っていたが、基本的には部屋で痙攣に耐えているか、軽くマンガをめくってみるかのどちらかだった。
ラジオ体操には率先して参加した。離脱症状としての発汗も凄かったが、運動すればもっと発汗して薬が早く抜けるかと考えたからだ。
食欲は相変わらず復活せず、母が持ってきてくれるリンゴのすり下ろしたものを食べたりしていたが、病院食も食べられそうなものは口にした。
いつもの入院の時はB病院の病院食はおいしいと思っていたのだが、この時は「まっず。食えたもんじゃないわ」と感じていた。よくよく病院食を観察してみれば、堅いお肉に味付けがほぼ無い茹でただけの野菜、魚もパサパサだし、麺は伸びきっている。
「よく今までこれがホテル並みの食事だと思い込んでたものだなぁ」
自分で自分に呆れてしまった。正気を取り戻した時に味覚も取り戻したのだろう。というより、全ての感覚が昔に戻りつつあった。M先生が言うには、私の認知機能は多剤大量処方により壊滅的に壊されていた。まともな認知機能を取り戻すには何年も掛かると言われた。
認知機能が全回復するまでここに入院する気はさらさらなかった。最後の入院はあくまでも離脱症状を乗り切るためだ。
しかし、入院しても離脱症状が苦しいのは和らぐわけはなかった。私はいつも張り詰めていた。
そんな入院生活のある日、喫煙所で色々あって私はめまいで倒れてしまった。車いすでホールに戻された時に、張りつめていた糸が切れたかのようにわーわー泣き喚いてしまった。
すると、いつもは鬼師長と言われている厳しい看護師長が、そっと私を抱きしめてくれた。
私は、師長の温もりに感謝を覚えて、さらにわーわー泣いてしまって、ホールに居たお年寄りに怒られた。
そして、入院して一か月経った頃、「離脱症状の山は越えた」と感じた。少し気分が軽快になっていたし、手の震えも大分治まっていた。食欲は微妙な感じだったが、そろそろここを出る時だ、と思いM先生に相談した所、翌日には退院できる事になった。
最後の日、私はいつも通り喫煙所に居た。たまたまこの時は喫煙所には私一人だった。そこに、師長が来た。「何かしでかしたかな?」と私は緊張したが、師長は私に最後のお別れをしに来た、と言った。
師長はとても優しく私に語り掛けてくれて、「もうあなたとここで会う事は無いと思うから」と言ってくれた。私は、本当に入院はこれで最後なのだな、と確信した。
ここまで書いて思い出した事がある。
この入院中、看護師さんは皆私を守ってくれていた。離脱症状が苦しくて眠れなかったある夜、私は不眠を訴えてナースステーションを訪れていた。そこで看護師さんは私をこう諭した。
「今日の宿直はY院長よ。M先生のお陰でせっかく薬が減ったのに、Y院長と関わったらまたひっちゃかめっちゃかな処方されるわよ! だから耐えるのよ!」
Y院長の処方は、病棟看護師から見てもおかしなものだったらしい。このエピソードがあって、私はますますY院長の世話には二度とならない。と心に決めた。
次回からは、数回に渡って多剤の間に失ったものを書きます。
この連載もあと十回弱です。本当に皆様、いつも読んで下さり、♡やお星さま、また温かいコメントをありがとうございます!!
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