27.副作用で起きた体の異常あれこれ
脳が完全に破壊され、お酒と暴力に走っていた私だが、それだけ薬を飲んでいたら体にも異変が起きるのだ。そう、副作用である。以下に私に降りかかった副作用を箇条書きにする。
*乳頭から分泌物が出て、それが乳頭から雑菌も入って、化膿性の乳腺炎になって治療過程(麻酔無しの穿刺による治療)で胸に大きなケロイドが出来た。
*手が震えて生活に支障が出た(薬剤性パーキンソン症候群)。
*膝の裏が凄く痛くて、歩行するのもきつい状態になったが整形外科でいくら調べてもどこも悪くなかった。
*尿が出にくくなった。にもかかわらずやたら頻繁に尿意を感じるようになった。
*眼球上転が起きて目が不快だった。
*酷い便秘で大量の下剤を飲んでいた。
*歩行中、無意識に斜めに歩いて行ってしまうようになり、真っ直ぐ歩けない。
*生理が不順になった。
*酷い肌荒れに悩んだ。
*呂律が回らなくなり、周囲の人間が私の言葉を理解するのが困難だった。
*常に眠い。
このように、複数の副作用に苦しめられていた私だったが、副作用だと気付かないものもあったので、そのたびに私は内科や整形外科に行った。しかし、いくら検査してもどこも悪くなかった。結局いつも「精神科のお薬のせいですね」と言われて帰ってきた。
Y院長に掛かっていた病院仲間の中には、私以上の副作用に苦しんでいた人間もいる。中には瀕死の状態になった人間もいる。個人が特定されると困るので詳細は書けないのだが、それでも彼ら彼女らはY院長を信頼し続けた。ご多分に漏れず私もその中の一人だった。
これらの副作用は、M先生が主治医になって全ての処方が変更されると、一気に解消した。足も痛くない、真っ直ぐ歩ける、呂律が通常になる、生理が規則的に来る等。今でも便秘だけはあるが、それくらいは仕方ない。
Y院長に掛かっていた当時の私の事を、M先生は『認知障害が酷かった』と言っていた。認知障害とは、記憶や思考に問題が出る状態の事を言うのだが、噛み砕いて言えば認知症のようなものだ。だから、M先生になってから認知機能を回復させるのに何年もかかった。あのまま脳が壊れて行ったらどうなっていたのか、考えると寒気がする。
また、副作用は私の内臓機能も低下させていた。M先生になってからその機能の回復の為に内科の薬も大分飲んだ。今現在はすこぶる健康体の私だが、多剤大量処方は確実に寿命を縮めると思う。
こうやってまとめてみると、当時の多剤大量処方は何のために行われていたのだろう。こうまで副作用で日常生活が阻害され、ひたすら眠気と戦い、日中の活動もほぼ出来ない状態は私の本意ではなかった。ただ、私は得体の知れない不安感や恐怖や衝動から楽になりたかっただけなのに、その症状の改善も特にされないまま副作用にばかり苦しんだのだ。それが本当に治療だったのだろうか。ただ眠らせておとなしくさせていただけではないのだろうか? そこに救いはあったのだろうか? 人間としての尊厳は守られていたのだろうか?
この私の問いは、日本の精神科医療のあり方に対する問いだ。私にはこの問いの正解は見えていない。この問題は社会で答えを導き出すべき大きな問題だ。とても大きな、大事な問題だ。
だから、このエッセイを目にした方には、少しでも考えてみてもらいたい。
少しでも考えて頂けたら、私はそれだけでこのエッセイを執筆した意義があると思いいます。
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