17.始まった入院地獄
B病院に通い出した私は、全然症状が改善されないまま日々を過ごしていた。そして、ちょっと幻覚(幻聴)や妄想が酷くなるたびに、S先生は私を二週間程度の短期入院をさせた。それは年に何回も繰り返された。『入院地獄』の始まりだ。
まずはB病院の入院施設について少し書いておこうと思う。
B病院は小高い丘の上に広大な敷地を持つ単科精神科病院だ。その敷地内に建物が複数あって、病棟は大まかには『解放病棟』と『閉鎖病棟』と『準解放病棟』に分かれていた。
『解放病棟』は出入り口が施錠されない時間が八時間以上で患者が自由に外を出入りできる状態の病棟の事だ。
『閉鎖病棟』は出入り口が常時施錠されている。
『準解放病棟』は出入り口が施錠されない時間が八時間未満だが常時施錠ではない病棟の事だ。
B病院には建物が沢山あったが、古びて不気味な感じがする建物もあったし、とても新しくて綺麗な建物もあった。私が入院していたのはその綺麗な建物のうちの一つだった。そこは『B病院の天国』と呼ばれている解放病棟だった。
『B病院の天国』であるその病棟を仮に『X病棟』と名付けておくことにする。
X病棟は敷地内の一番奥にあり、二階建ての横に長い大きな建物だった。建物の前には広いバラ園があり、静かで療養するにはいい環境な感じがした。
X病棟には個室と大部屋があった。私は入院生活の全てをX病棟の個室で過ごした。個室にはトイレと風呂が完備されていて、ベッド・箪笥・テレビが備わっていた。広さは十畳くらいはあっただろうか。とても広い。
はい。ここで賢明な皆様は感づいたかもしれません。
この個室、差額ベッド代がとても高いのです。
差額ベッド代とは、保険も高額療養費制度も効かない全額自己負担になる費用の事です。これが、X病棟は一日あたり一万円近かった。だからこそ、両親は私を初めて入院させる際に『最悪家を売らなければ』とまで考えたわけです。両親がそこまでして私を個室に入れておきたかった理由は今でも曖昧にされておりますが、両親から見て私は大部屋では生きていけないように見えていたのでしょう。A病院では大部屋でずっと寝てたんですけどね。
あ、入院施設の説明が長くなってしまいました。それではここから私が陥った入院地獄について書こうと思います。
X病棟の個室という恵まれた入院環境を与えられた私は、二回目の入院辺りから『友達を作る』という事を覚えました。X病棟には私のように短期スパンで入退院を繰り返す通称リピーター組と呼ばれる人間が沢山いて、何度も顔を合わすうちに親密な関係になっていくのです。
入院生活はとても暇なので、顔見知りになると一緒に病棟の喫煙所でタバコを吸ったり(※現在は喫煙は出来ないそうです)、おしゃべりしたりして時間を浪費する。たまにレク(作業療法)があったりラジオ体操の時間があるのだが、基本的には放置プレイされている私達なので、暇なもの同士プラプラと時間を潰した。
X病棟は解放病棟だが、私の入院生活には度々『母が一緒じゃなければ外に出てはいけない。それが例えドアの傍の自販機でも不可』という規則が課せられた。解放病棟にいながらも軟禁生活である。そんな状態での閉鎖病棟との扱いの違いは、タバコの本数の規制だろう。閉鎖病棟に入ればタバコを吸う時間と本数が管理されてしまうが、X病棟では喫煙所が開いている時間内は本数無制限だった。解放病棟なのに外に出てはいけない私の暇潰しは、主に友達とのおしゃべりと喫煙だった。
友達と過ごすのはそんなに悪い時間でも無かった。入院生活では色々な人間模様があったが、ここでは割愛する。
入院地獄の間、友達は沢山出来たが、私の心はいつもモヤモヤしていた。それは友達がよく口にする「家より病院の方が落ち着くよね」という言葉への反抗だった。私はいつもそれに逆らっていた。「家の方が落ち着くよ」と。ならば入院しなければいいのだが、医者が勧めてくるし私と両親は「はい、そうですか。そうします」と従うしかなかった。私も両親も、医者が入院を勧めてくるんだから入院は必要な事なんだと思っていた。
ここで、私が知り得たB病院のX病棟以外の病棟について少し書いておく。
B病院には解放病棟・閉鎖病棟・準解放病棟と病状に合わせて複数の病棟が用意されていたが、病状で振り分けられるのはもちろんだが、金銭面で振り分けられることもあるように見受けられた。
一番安い病棟は差額ベッド代が発生しないし、障害年金でまかなえる(はず)の額が設定されていた。『とにかく安い』で有名な病棟は、「環境的には酷い」と入った人が言っていた。何ならベッドも枕の素材も違かったという証言まである。
最後に、私が陥った入院地獄について今の正直な感想を書いておく。
私は入院地獄で二桁回数の入退院を繰り返したが、その費用たるや数百万円にはなっているのだと思う。お金の話はあまりしたくないのだが、X病棟の差額ベッド代の高さを考えたら入院費用が凄まじい事になっていた事は容易に想像できる。
神経を休めるという意味においては入院生活に何かしらの意義はあったのかもしれないが、現在の主治医M先生は反入院主義だ。現に、M先生は担当した入院患者全てを退院に導き、自分の管轄下ではその後入院させない(たまにM先生以外の先生に頼んで入院する人もいた)。
「入院する金あるならその金持って旅行して来い!」
それがM先生の名言である。医者が『意味が無い』と言い切る入院に数百万円使わせた私とは。と考えてしまう。
小声で本音を言ったところで、無雲は走って逃げますね。次回はS先生の外来治療について書きます。
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