11.K君というナイト
私が専門学校を卒業して引きこもってリストカットを繰り返していた期間に、たまに電話をくれたり飲みに行ったりして、私を気にかけてくれる専門学校の時の同級生が居た。K君である。
信頼できる同級生K君と、いつしかお付き合いをするようになった。その前の数年間に、T先生に陽性転移したりちょっとだけお付き合いした人がいたりと、細かい異性の出入りはあったのだが、このK君とは五年間という長い時間を過ごす事になる。
A病院T先生の時代から、B病院S先生・Y院長にかかっていた間、多剤大量処方の害悪がMAXに達するまでの五年間、K君は私を守ってくれた。そしてK君は私に凄く近い距離で私が壊れていくのを見ていく事になる。
K君は付き合い始めの最初の段階で私にこう約束をさせた。
「自傷行為・自殺行為を一回でもしたら別れる」
厳しい約束だったが、それもK君の愛情だったのだろう。優しく甘えさせるだけが愛情ではない。時には厳しさも必要なのだ。
しかし、K君というナイトが居ても、私の心の中はいつも「死にたい」で溢れていた。K君と過ごす時間は楽しかったが、根底に「死にたい」があるし、私の心が完全に壊れていく過程にK君を巻き込んだことはとても後悔している。
どんなに大きな愛に包まれていても、どんなに守ってもらっても、心の崩壊は止められなかった。それは決してK君のせいではない。K君が居なかったら私の二十代は闇でしかなくなっていた。K君は私に光を見せてくれた。でも私が闇に落ちるスピードの方が速かった。
私はとても臆病でした。
私は社会が怖かった。
薬を飲めば楽に過ごせると安易に考えていました。
私の弱さは、多剤大量処方を呼び込みました。
もしも私があの時逃げなかったら。精神科ではなく学校に向かっていたら。たらればを言っても始まりませんが、人生の岐路としてあの時の選択はあまりにも代償が大きかった。しかし、精神科に救いを求めて私を連れて行った母を恨んではいない。母も、必死だった。私を救おうとしてくれていた。だからいつも寄り添ってくれていた。
K君も一生懸命でした。私はこの後さらに闇に落ちていく事になります。それでなくても重苦しいこのエッセイがさらに重苦しい展開になっていきます。傍にK君が居てくれた間はまだ救われていたのかもしれません。K君とのお別れも、結局原因は多剤大量処方からくるある事情でした。これはとても大事な話なので、後々のエピソードで書きます。
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