第106話 活路

 扉の向こうから図書室に入ってきたのはシルヴィだった。シルヴィは躊躇しながらチラチラと部屋の中を覗いている。

 シルヴィは俺を探しているのだろうが俺は大量の本に埋もれている為シルヴィからは見えないらしい。

 俺は立ち上がるとシルヴィの方に向かって歩く。

「シルヴィ。どうしたんだ?」

「わっ! ──え、エルビス……」

 驚き、戸惑うような様子のシルヴィは俺の顔をチラチラと伺う。

「どうしたんだよ?」

「べ、別に……ただエルビスが何してるのか気になっただけ」

 理由は分からないが怒っていたシルヴィの機嫌は良くなったらしい。

「そうか。なら良いんだけどさ。じゃあシルヴィにも手伝って貰おうかな」

「う、うん。手伝う。ところで今なにしてるの?」

「人が攫われたから俺の新しい魔法で被害者を探したいんだけど、その魔法を発動するためには情報が足りないんだよ。だから既存の探索魔法の理論について探している所だ」

 と、俺がそう言うとシルヴィは小首を傾げた。

「よく分からないけど『龍魔法』を媒体にその新しい魔法を使えば?」

「それだ!」

 確かに今現在、俺の描出魔法による探索魔法は情報不足で大した効果発揮しないが、『龍魔法』を発動する鍵であるスキル『魔術支配』は俺の脳内イメージを魔法として構築して発動するものだ。

 そして『龍魔法』とはただの発動したい魔法の威力をあげるブースターの役割でしか無い。

 つまり『龍魔法』を使えば今大した効果のない俺が発動する探索魔法の威力をあげることが出来る。より広範囲に、より精度の高い探索魔法が発動可能だ。

 龍魔法から直接探索魔法の発動は出来ないが、龍魔法を使って描出魔法を発動すると言う考えは俺の頭の中に無かったので完全に盲点だった。

『描出魔法』は発動が難しい分、魔法の根幹である魔法陣を弄れるので細かいオプションを付けることが出来て便利だし、何か問題が起きれば描出魔法を調整すればいい。

「校庭に行こうシルヴィ」

「お、おい。エルビス。もう探索魔法について調べなくても良いのか?」

 本棚で俺のために本を調べていたカインさんが図書室を出ようとする俺にそう声を掛けた。

 どうやら先程のシルヴィとの会話を聞いていなかったらしい。

「龍魔法で描写魔法を使うっていう手段なら何とかなるかも知れないので試してみます」

 と、俺はカインさんにそう言うとそのまま図書室からでて学校の校庭に向かって歩き始めた。

 校庭は一ヶ月前の混乱から早くも復旧したらしく土魔法で綺麗に固めた地面が広がっている。

 その中心まで歩いた俺は目を閉じ龍魔法を発動する準備をする。

『龍魔法』

 俺はいつも通り龍を顕現させる。だが、いつもと違い龍は校庭に姿を現しただけで特に魔法を発動していない。

 龍の色はどの属性にも染まらない無色で、空に浮遊する龍は俺の方を見下ろし、早く魔法を発動する指示を出せ、と言っているかのような雰囲気を醸し出している。

 そんな龍に対して俺は手をかざす。

『描写魔法:サーチ』

 その瞬間校庭全域にわたり魔法陣が展開され、波紋状の魔力が龍を中心に広がっていく。

 同時に俺の脳内にありとあらゆる情報が流れ込む。

 今、現在魔術学校にいる人の動き、学校の地形、机や書類などの配置。──まるで全知全能になったような万能感が全身を支配する。

 更にそれが波紋状に拡大していく。次第にそれは街、隣町、そのまた隣の町、国全域、隣国とどんどん拡大してく。

 そして最後には星の半分程度まで俺の魔法は広がった。

 周囲は暴力的な魔素が吹き荒れ嵐のように土を巻き上げ、次第に魔素は落ち着いた動きに戻っていく。

「……カインさん。探索終わりました」

「……見つかったのか?」

 あまりにもの光景に絶句していたカインさんがひねり出した言葉はそれだけだった。

「はい。黒錬金術の開発特区のリーナズの街周辺は黒いモヤが掛かってよく見えませんでしたけど誘拐された姫様は見つかりました」

「どこだ⁉」

「宮廷魔道士エリウェル・フェリス・フォン・ディアスールの本家ディアスール邸内部です」

 カインさんの瞳孔が大きく開く。

「エリウェルが裏切ったのか⁉」

「いえ、地下に拘束されているので違うと思います。一ヶ月前にディアスール家を裏切ったエリウェルさんへの報復の可能性がありますね。お姫様は大きめの部屋に閉じ込められています。今の所何もされていない様子でした」

「だがあの家は黒錬金術禁止令に真っ向から逆らってお取り潰しになっていたはずだ。どうして未だにディアスール邸の中に人がいるんだよ」

「わかりません。取り敢えず向かいましょう。目指すは王都です」

 俺は片手間でゲートを開くとそのままカインさんを引っ張って王都に移動した。

 ──転移した先の王都はたった数時間で地獄絵図のようになっていた。

 黒魔種が暴れ活気ある街を破壊し、蹂躙していく。黒魔種達の動きには何者かの意志が介在しているらしく、集中的に攻撃しているのは王族に優遇措置を受けているお店ばかりだ。

「な、なんだよ……これ」

 ゲートから出たカインさんは地獄のような光景に茫然自失としながらフラフラと街を歩く。

 空を飛び交う魔物、地を走り建物を叩き壊す魔物、人を襲う魔物、そして脱兎のごとく逃げ出す人々をくぐり抜けカインさんはフラフラ王城に向かって進む。

「待ってください。カインさん。魔物は俺が何とかします。カインさんはお姫様の救出を優先してください」

「だ、だが……」

「良いから早く!」

「わ、分かった。魔物はどうにかしろよ」

「はい」

 カインさんの瞳に希望の火が灯ったのを俺は確認するとすぐに王都の広場に向かって走る。

 先程の探索魔法で王都の地図は完全に頭の中に入っている。更に先程の探索魔法によって一つ面白い魔法を俺は見つけ出していた。

 それは魔術研究会で開発されていた使い道の無い魔法。周囲にいる魔物を一箇所に呼び寄せる魔法だった。



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※コミカライズ化された本作の漫画が公開されました。雑誌の一巻は無料なので是非御覧ください。

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