第105話 新魔法発動

「……クラウドの扱いは相変わらずみたいだね」


 俺は修行中の二人の方に歩きながら声を掛ける。

 二人の顔が一斉に俺の方を向き二人はそれぞれ別の反応を取った。


「え、エルビス君! 丁度いい所に……サレンさんをどうにかしてよ」


 泣き付くように俺にすがり寄ったクライドとは対象的に表情を一切ぶらさないサレンさんはマジマジと俺を見る。


「何かあった?」

「……ちょっと色々あってカインさんは?」


 サレンさんが細くしなやかな指を近場に設置してあったベンチに指した。

 ──カインさんは爆睡していた。


 それはもうとても心地が良さそうによだれを垂れ流しながら……自分の姿を偽った魔物が街を闊歩しこの国の王女様を誘拐したなんてこれっぽっちも考えていない顔だ。


 その呑気な顔を見ていると無性に腹が立ってきた。


「これは緊急事態。そう。緊急事態だから少し乱暴になるのは仕方がない!」


 王宮に囚われていた俺が一ヶ月の間に開発した完全に新しい魔法。

 それを弟子である俺が師匠に見せつけるのは何の問題も無いはずだ。

 ──ではご覧いただこう。


 俺の体の芯から魔力を引き出す。

 空気は変わり周辺の魔素濃度が上昇していく。

 するとカインさんは僅かに体を動かし、モソモソとし始めた。


 流石英雄と呼ばれるだけはある。まだ魔法を発動していないのに無意識下で反応するなんて……。


 しかし俺は魔法を止める気はなく指先に魔力を流す。

 魔力は空間に線を描き俺の動きに合わせて魔法陣が徐々に構築されていく。


『描出魔法:焔のプロメテウス


 完成した魔法陣が一閃の光を放ち魔法陣を中心に数え切れない無数の火の玉を顕現させる。

 火の玉の数は十……二十……三十……百。

 どんどん増えていき灼熱の熱波を放つ。


「対象を撃ち抜け!」


 俺の叫びと共に宙に浮いていた灼熱の球はカインさんを目指して飛んでいく。

 その瞬間カインさんが目を覚ました。


「はっ! な、なんじゃこりゃああああああ」


 目を覚ました瞬間視界いっぱいに剛速球で飛んでくる火の玉。

 トラウマになること間違いなしだ。


 ──しかしカインさんは素早く剣を引き抜くと飛来する剣を冷たく睨みつける。


「なんだかよく分からんがやってやるぜ! おおおおおおお」


 カインさんの剣が煌めき凄まじい速度で飛来する火の玉を斬りつけ始めた。

 斬られた火の玉はカインさんの近くに着弾し土を溶かす。

 しかしカインさんの剣は溶けること無く俺の魔法最後の一発に至るまですべてを叩き落とした。


「ふぅ。助かった。……それで? どういう事だ? エスビス」


 カインさんが冷たく俺を見つめるが俺の頭の中には若干の悔しさしか無かった。

 初めて一から考えて構築した魔法技術だけあってなんとなくかき消されたのが癪だ。


「カインさん。寝ている暇があるんですか? 今町中でカインさんの姿をした魔物が徘徊しているのに」

「は? どういう事だ?」


 状況を理解出来ないカインさんはぽかんとした顔で俺を見つめてきた。


      ******


「まじかよ……」


 事情を説明したカインさんの顔は真っ青を通り越して驚きに身を震わせている。


「王女様誘拐……それも黒魔物? ……それでもって行方知らず。最悪じゃねぇか」


 カインさんは頭を抑え蹲る。


「はぁ……俺の首で許してもらえるか?」


 などと真剣な表情で吟味し始めたカインさんの耳を俺は引っ張る。


「ほら。何か王女様を探すための手段を探しますよ。カインさん」

「お、おう」


 ──手頃な魔法を調べる為図書館に向かう途中。


「ところでさっきの魔法なんだ? 新しい魔法でも作ったのか?」


 そんな話をしている暇は無いだろうと言いたいが手がかりも無いので雑談に興じることにする。


「そうですね。ほぼ監禁されてて暇だったので、先に魔法陣を描いてその後に魔力を流すことで威力調整が出来ると言う魔法を開発しました」


 通常の詠唱魔法と何が違うかと言われると俺の『描出魔法』には適正魔法と言った縛りが存在しない。

 魔法陣を書いて魔力を流すだけだから当たり前だ。

 そして魔力調整が容易な為使いやすい。


 魔法陣は設置したまま取り置き出来る為、無詠唱が出来ない人には予め魔法を設置して任意のタイミングで発動出来るなど、あまり俺にはメリットがないが一般人には重宝されるであろう技術だと思う。


「……そいつは凄いな。魔法に適正がない人間でも魔力を扱う技術があれば魔法が使えるって事だろ。それに選ばれた人間にしか使えない聖魔法も魔法の術式を魔法陣として描ければ発動出来る」


「そうですね。そしてこの魔法は魔法陣に使いたい魔法の効果を記述してどういった現象が起きるのかと言う理論を組み立てるだけなので、この魔法が流行れば詠唱なんていう決まった効果しか発動出来ない魔法は廃れると思いますね」


「今まで以上に魔術学校と言う存在が意味を為す訳か……面白いな。ちなみにその理論っていうのは難しいのか?」


「はい。超難しいですよ。数学、魔法理論、魔法陣における基礎的な形とか覚えなきゃいけない事は色々あります」


 などと話をしている間に図書室にたどり着いた。

 するとカインさんが俺の肩を叩く。


「なぁ。その『描出魔法』ってのがあれば姫様を見つけられるんじゃないのか? そうじゃなくてもお前の龍魔法……あれだってイメージで発動するなら探せるんじゃないのか?」


「いや……龍魔法に関しては龍魔法=破壊みたいなイメージで固定されているのでそこまで複雑な魔法は無理ですね。『描出魔法』については知りたい情報を調べるっていう魔法の公式を組み立てないと作れません」


「なるほど……だから図書館に来たわけか。つまり今から俺達が探すのは探索魔法の理論が描かれた本ということだな?」


「そうです。それさえあれば数時間もしないうちに多分魔法は完成します」


 カインさんは強く頷く。


「分かった。俺に任せろ。ぱぱっと見つけてやるぜ」


 ──三時間後。


「カインさん見つかりました?」

「いや。こっちには無いな」


 俺は深くため息を付く。


「そうですか。こっちにも無いです。簡単な説明が描かれた本は見つけたんですけどこれじゃあ情報が足りないですね。簡易的なものは今作ったんですけどこんな感じです」


 俺が指先で魔法陣を描き魔法を発動すると蛍のような光の玉が大量に浮遊してカインさんの元に向かう。


「おお、いいじゃねぇか。これで探せないのか?」

「今魔法で探したモノって服を着た一般人ですよ? カインさんほぼ上裸でそれに一般人とは程遠いじゃないですか」


「……そいつは駄目だな」


 カインさんの表情が少し暗くなる。

 その瞬間図書室の扉が開き誰かが入ってきた。

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