第103話 消失


「ちょっと! エリウェルさん! 待ってください」

 と、俺は必死に声をあげるが聞く耳を持たないエリウェルさんは人混みを掻き分け、カインさんが入り込んだ人通りの少ない路地裏に入って行った。

 俺も急いでエリウェルさんを追って路地裏に入ると、そこには誰も居なかった。たった一つの痕跡を残して。

 こういう時はノータに頼るべきだ。俺の浅い知識に頼るより効果的なはずだ。

「これは……魔法を使った跡? ここだけ異様に魔素が濃い。ノータ、どう思う?」

 と、俺がノータに声を掛けると即座に俺のそばの空間が歪み、そこから和服姿の精霊が出現した。彼女は真剣な顔つきで魔素の濃い場所に向かい無言でそこに手をかざした。

 しばらく無言の時間が過ぎていく、その間も俺の背後の大通りでは平和な日常が過ぎている。

 そして突然ノータがこちらを振り向いた。

「……ふむ。魔物じゃな。黒魔種じゃ。主様よ」

「どういう事だよ。今裏路地に入ったのはカインさんと姫様そしてエリウェルさんだろ」

「……そうじゃな。今は確信のない事は言えん。が、多分擬態しておったのじゃろう。先程のカインは偽物じゃ。儂も主様もそしてエリウェルも上手いこと騙されたの」

 ノータは軽く笑うと悔しそうに下唇を噛み、再び俺に背を向けると魔素の塊に手をかざす。僅かに見えるノータの顔は真剣そのものだ。

「どこに行ったか分かるか?」

「今調べておる……ここから《ゲート》のようなものを開き移動したのは分かるんじゃが、一切手がかりがないのが問題じゃ」

「そもそも黒魔種にそんな事が出来るのか? ノータ」

 黒魔種は他の魔物と違い強力な身体能力を保有しているのは知っているけれど、擬態して魔法を使い更に追っても巻き込んで逃亡するなんて、通常の魔物の行動から逸脱しているかのように見える。

「主様よ。考えたことはないか? 黒魔種と言う存在は身体能力が高かったり、魔法が使えたり。その全ては黒錬金術によって作り出された道具に由来する。それなら他の魔物より特異的に知能が高い個体が居てもおかしくないじゃろ」

「でもそんな個体見たことがないぞ」

「だから待っておったんじゃろ。戦力が揃い人間に反撃するためのチャンスを。そのために姫様をさらった。擬態ができて空間転移ができて更に人間の行動に対して理解がある。そんな頭を持った個体がフラフラ一人で人間を襲うわけがなかろう? おそらく敵は組織的な集団になっておるはずじゃ」

「敵の目的は?」

「まぁ。自由、人権辺りではないか? ともなれば人質はしばらくは安全じゃろうな。奴らが行動を起こすまでこちらは何もできん。手がかりが無さすぎる」

「クソっ!」

 無力な自分に怒りが湧くが即座にそんな感情はフラットになり、冷静な思考が戻ってきた。

「……向こうが戦力を集めているならこっちも準備をしないと。助ける機会が来た時にすぐに動けるように」

「妥当な判断じゃな。取り敢えず学校に戻るのじゃ」

     ****

 数ヶ月ぶりに学校に戻るとそこには以前と同じ様になんてこと無い日常が展開されている。

 この国の姫様が魔物に攫われたと言うのに実に呑気なものだ。

「そうは言っても主様よ。こやつらは何も知らんのじゃ。仕方ないじゃろ」

 と、俺の隣を歩くノータはなんてこと無い様に俺の考えを読み取ると、ちらりと俺の顔を見る。そんなノータの顔には若干の疲れが見える。

 あの後出来るだけ情報を集めたいとノータは一時間ほどずっと集中していた。

 しかしその努力は全くのムダで何一つ情報を得られないまま、時間だけが過ぎ去り遂には敵の使った魔法の痕跡が霧散していった。

「そうだね。ノータ」

「くくっ。しかし攫われたのがあの姫君ではなくシルヴィであったならどれだけ主様は取り乱したんじゃろうな。スキルによる感情のリセットなど無視して焦りと怒りが延々と湧き上がり続けると考えると少し興味深いの」

「それは嫌がらせ? 俺だって多少は焦ってるよ」

「いやいや、嫌がらせでは無いのじゃ。ほんの興味本位の思考実験みたいなものじゃ。ほれ、そんな事を話している間に家についたぞ」

 気が付くと学校から支給された特待生用の一軒家の前まで来ていた。

 シルヴィは居るかな? それとも今はまだ授業中だろうか?

 と、そんな事を考えながらエルビスは家の扉に手を掛ける。すると突然家の扉がかってに開きエルビスを押し飛ばした。

「うわっ!」

 思わずエルビスは地面に尻もちをつく。顔を上げると目の前にはシルヴィが立っていた。

「エルビスだ!」

 エルビスを扉越しに押し飛ばした事など頭に無いのか、シルヴィは嬉しそうにエルビスに抱きつく。

「ただいま。シルヴィ」

 エルビスは抱きついてきたシルヴィを抱き返す。

 しかしその直後シルヴィの目が不気味に光った事をシルヴィに抱きついていたエルビスは知らなかった。

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