第94話 ディーネさん大失敗

 俺は擦りむいた鼻と足を涙目で擦るシャリアさんを見て気まずくなり声を掛けた。


「あ、あの? 大丈夫ですか?」


「はい、大丈夫です。すみません。もう一回やりましょう」


 そう言って立ち上がったシャリアさんはキビキビと開始線に立った。続いて俺も開始線似立ちシャリアさんと対面した。


 ふむ……。どうにも不安だ。もしかしたらシャリアさんは極度の運動音痴なのでは? と言う疑念が頭について離れない。


「じゃあ行きますよ! 準備は良いですかエルビスさん」


 シャリアさんは顔に気合を入れて俺を見てきた。


「はい。大丈夫です。じゃあ行きましょう!」


 そう言った次の瞬間俺はシャリアさんに向かって駆け出した。そのままスライディングをしながら、前につんのめって倒れていくシャリアさんを抱きかかえた。


 周りの騎士や兵士からパチパチと称賛の拍手が聞こえる。


「大丈夫ですか? シャリアさん」


 俺の声を聞いて目をパチクリとしたシャリアさんは俺を見て口を開いた。


「だからシャリアさんじゃなくてシャリアって、呼び捨てにしてくださいと言っているじゃないですか!」


 怒られた。感謝されると思ったのにこれは予想外だ。


「やっぱり無理ですね。年上の人に対して反射的に敬語が出ちゃいますね。という訳で諦めて下さい。命令です」


 まぁ。魂的な年齢で言ったら俺の方が年上なのだが、それは内緒だ。と言うかほどんど誰にも言っていないしな。


 一方立場を使った俺の敬語を許せと言う命令を聞いたシャリアさんは混乱し始めた。


「私がメイドなのに敬語を使われる? ん? どうゆうこと? ん? あれ? 命令で敬語を許せ?」


 頭にはてなを大量に浮かせるシャリアさん。少し可愛らしく見えてきた。


 そんな事を考えているとカインさんのような体格の良い男の人がこちらに歩いてきた。そして俺の前に立つと勇ましくこう言った。


「お前がカインの弟子のエルビスだな。少し俺と戦ってみないか? 俺は騎士団の長、リーゼル・ラックマンだ」


 彼の目は爛々としており俺と戦いたくてウズウズしている様だ。経験則から分かる。こういうタイプは無視をすると一方的に剣を振ってくる狂人というか戦闘狂タイプだ。


「わかりました。一戦だけですよ」


「感謝する」


 そう言ってラックマンさんは、先程までシャリアさんが立っていた開始線に立ち、立派な剣を抜いた。


 今回は剣ありらしい。俺も続いて剣を抜いた。


「いざ勝負!」


 そう言ってラックマンさんは俺に向かって突撃してきた。早いが、それでもカインさんより数段劣る速度だ。


 これなら速度と力で勝てる。そう判断して俺は正面から剣を叩きつけた。その瞬間、ラックマンさんが俺の剣に刃を合わせ、力の向きを別方向にズラした。


 更にそのままラックマンさんは俺の首に向かって剣を振るう。流石に寸止めするつもりなのだろうがドキッとする。


 咄嗟に体を逸し攻撃を回避する。


「やるではないか少年」


 そう言いながらラックマンさんは俺に巧みな剣術で俺に攻撃してくる。この戦いが今拮抗しているのは、ただ俺が早く動き力でゴリ押ししているからだ。


 常人よりも早い速度を持っていても対応しきれない。それほどにラックマンさんの剣術は上手い。


 仮に力か速度のどちらかで力が拮抗していれば、あっさり負けていただろう。そう感じるほどの技術だ。


 力、速度VS技の戦いは日が暮れるまで続いた。


 俺も大概だがラックマンさんはどんな事をしたら、こんな化け物みたいな体力を獲得できたんだ?


 そんな事を考えている内に突然彼が剣を降ろした。


「もう日が暮れる。今日はここまでにしておこう。それにしてもやはりカインの弟子だな。力と速度でゴリ押しして俺の剣術に対抗してくる。ここまで悔しい思いをしたのは久しぶりだ」


 なん……だと? カインさんと俺が同じ戦い方をしていただと? いや。まぁカインさんは全体的にバランス良く強いから実際には俺とは違う戦い方をしているのだろうが……。


 それはともかくお礼は言っておこう。戦いの終わりはちゃんとした礼儀で終わるべきだ。


「ありがとうございました」


 俺は頭を下げる。するとラックマンさんはうなずき俺に頭を下げ感謝を告げた。


 そのままシャリアさんの方に向かって歩いていくと彼女は目を丸くして俺を見ていた。この調子だと俺とラックマンさんが戦闘していた数時間ずっとこんな形で固まっていたのだろうな。


 そんな事を考えながら俺はシャリアさんの前で手を振る。


「シャリアさん。帰ってきて下さい。元気ですか?」


 何度か顔の前で手を振ると彼女はハッとしたように、俺を見た。


「はっ。エルビス様すごいですね。それでご夕食ですがどう致します? 私が作りましょうか? それともお外に食べに行きますか?」


 もう日も暮れた。今の時間から作ってもらうのは申し訳ない。それに俺の胃が既に空腹でキリキリとしていて痛い。このキリキリ程度の痛みだとスキルも発動しない。だからそんなに長時間待つのは嫌だ。


「外でお願いします。何処か良いお店がありますか?」


「はい! 任せてください。王都の事なら熟知しています」


 ものすごく自信満々にそう言ったので俺は彼女に任せる事にした。少し心配だが……。


 そんな気持ちで彼女のおすすめするお店に俺達は向かった。どうやら王都の夜は明るいらしい。魔石か何かによって発された光が夜の道を明るく照らす。


 もちろん光が届かない場所は数えられないほどあるので、完全に安心できるかと言われたらそうではないのだが、それでも真っ暗な通路よりは遥かに良い。


 そんな夜でも人の通りが多い商店街を歩いていると、とある店からすごくいい香りがしてきた。肉の焼ける匂い。そして……これはチーズか? 久しく嗅いでいなかった為確証は持てないが、この匂いは知っている。


 まだ店にすら入っていないのに口から唾液が分泌され始めた。そして自然と早足になる。


 そのまま店に入ると俺は真っ直ぐ椅子に座りメニューを手に持った。しかしシャリアさんは俺の隣に立ったまま動かない。


 俺はシャリアさんを見て口を開いた。


「どうしたんですか? 座らないんですか?」


「私はお仕事ですので。それに同じ卓について食事というのは周りの目が……」


 なるほど、彼女は王宮のメイドさんだ。例え俺が気にしないから座って食べてと言った所で周りの目があるのだ。王宮のメイドが主人と同じ卓について食事していたなんて噂が流れてしまったら大変だろう。


 特に彼女は一時的に俺のメイドをやっているだけなのだ。今は良くても将来的によろしくない。


 どうにか出来ないものだろうか?


「ふむ。食事だけなら主様が作った異界に彼女を送れば良いのではないか?」


「なるほど。それでも良いのかな?」


「構わんじゃろ。作った世界を部屋のようなデザインにして机と椅子そしてろうそくを置いておけばそれだけで食事はできる」


「ふむふむ。ん?」


 ノータの声が頭の中では無く現実の俺の正面から聞こえる。


 そう思い視線を前にやると俺の対面にはノータがメニューを手に持ち、ワクワクとした表情で俺の対面の席に座っていた。


 更にノータの隣にはディーネも座っており、興味深そうにノータのメニューを覗き込んでいる。彼女たちは現実離れをした姿や雰囲気を漂わせているので、ものすごく周りから見られている。


「何でお前ら出てるんだ?」


「別に構わんじゃろ? 元々外に出ていることに制限を受けた記憶はないぞ? ただ引き篭もってるほうが快適じゃっただけじゃ」


「そうですよ。マスター。ここだけの話マスターの剣の中ってかなりの快適空間なんですよ。ふかふかソファーにふかふかベッド。マスターの魔力から作られる美味しいご飯」


 なんだと!? 何でそんな快適空間が存在するんだ! ずるい。ずるいぞ! そして勝手に人の魔力で料理を食べるんじゃない。


 少し腹が立ったから意地悪しておこう。


「なるほど……通りで最近ディーネが太ったわけだ」


 そう言った瞬間ディーネが立ち上がった。


「違いますもん! 精霊は太りませんもん! 太って無いですもん!」


 そうディーネが叫んだ瞬間周りの人の目の色が変わった。


 しまった! この世界には精霊信仰している人も一定数いることを忘れていた!

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