第93話 専属メイド

 国王が部屋から出ていき、俺専属の金髪碧眼短髪のメイドさんシャリアさんと二人っきりになった。


 誰かこの気まずい雰囲気を何とかしてくれ! この雰囲気を何とかしてくれるのなら、誰でもいい!


 心の中でそう叫んだ瞬間、俺の隣の左の空間が歪みそこからディーネが出現した。


「呼ばれて参上! ディーネです」


 格好つけたのか微妙にダサい戦隊モノのような格好をしながらディーネはそう叫んだ。


「うわっ!」


 シャリアさんは驚いた様子で手を口の前に当て息を飲み尻もちを付いた。そして部屋に何度目かの静寂が流れる。


 確かに助けは求めていたが、こんな微妙な空気になる助けは一切求めていない。ディーネにはすぐ帰って貰おう。


「ディーネ……帰りなさい」


 俺が引きつった微妙な顔でそう言うと、ディーネは俺の予想外の言葉に驚き、口をあんぐり開けた。


「な、何でですか! 助けてって言ったから助けに来たのに。そんなすぐに帰れとかひどくないですか? マスター!?」


「帰りなさい」


「はい」


 ディーネは短く返事をするとしゅんと顔を俯かせて姿を消した。そして再び部屋に沈黙が流れる。


 するとシャリアが俺の様子を伺いながら口を開いた。


「あの……エルビス様」


「はい! 何でしょうか」


 いきなり声を掛けられた俺は背筋を正し、元気に返事を返す。するとシャリアさんがクスクスと笑い始めた。


「エスビス様。私のようなメイドを見るのは初めてですか?」


「……そうですね。本物のメイドさんを見るのは初めてです」


 前世においてメイド喫茶の前で宣伝するメイドさんを見たことがあるが、あれは本物ではない。あくまでコスプレであり本来の意味のメイドでは無いはずだ。


「ではエルビス様。私のお仕事を説明させて頂きますと、基本的にはこの王宮に留まっていただいている間、エルビス様の生活のお世話から護衛まで全て私が請け負います。という訳で宜しくおねがいしますエルビス様」


「戦闘も出来るんですか?」


「はい! 出来ますよ。戦ってみますか? 流石にカインさんの弟子の方に勝つというのは無理だと思いますけれど」


 シャリアさんはキラキラした目で俺を見てくる。

 彼女が何を考えているか分からないが、戦いたいと言うのなら付き合っても良いかなとは思う。


「分かりました。じゃあ……何処で戦ってみます?」


「こちらです。付いてきて下さい」


 俺の言葉を聞いたシャリアさんはすぐに俺に背を向け扉を開けると、俺を先に進むように促した。


 俺は彼女の横を通る。その後すぐに彼女も俺に続いて部屋を出た。


「こちらです」


 そう言ってシャリアさんは俺の前を歩く。そのまま彼女に付いていくと俺は闘技場のような所にたどり着いた。


 入り口をくぐる際シャリアさんが、許可を貰ってくると言って一瞬俺から離れたが、その一分もしない内にすぐ帰ってきた。


 俺たちは闘技場の真ん中に向かいながら話を続ける。


「シャリアさん。ここは?」


「シャリアと呼び捨てにして下さい。エルビス様。ここは騎士団の訓練場です。激しい戦闘から魔法の使用まで何でも大丈夫でございます」


 彼女から説明を受け改めて周囲を確認する。観客の座る席はほとんど無いが、王様の座る場所らしき席は存在する。


 まぁここは王城の内部だ。大量の観客を入れる闘技場は別の場所にあるのだろう。


 そんな闘技場だが気になる点が1つある。


「シャリアさん。何で騎士がたくさん見学しているんでしょうか?」


「エルビス様! シャリアと呼び捨てにして下さいと言ったじゃないですか!」


「す、すみません。そ、それでシャリア何でこんなに見学しているんでしょうか?」


 俺の言葉を聞きシャリアは満足そうに頷くと口を開いた。


「それはもちろんカイン様の愛弟子であるエルビス様の力を見るためですよ」


 どうやらシャリアさんはかなり有能な人のようだ。彼女が俺から離れ騎士団の人と話す時間は、先程の許可を貰ってくると言って離れたあの時だけだ。


 そのわずか一分未満の時間で的確に情報を伝え、更に許可を貰って帰ってくるなんて……もしかしたら俺は彼女を侮っていたかも知れない。


 俺の顔が引き締まったのを見たシャリアさんは微笑んで口を開いた。


「ではエルビス様。準備は良いですか?」


 彼女は武器も無い状態で組手の型を取った。どうやら無手での戦いらしい。それは俺にかなり不利だ。

 ハッキリ言って俺に技術は殆どない。カインさんに教えてもらった戦闘技術も多少頭の中にあるが、俺の強さの源は精霊由来の物が大半であり、それは経験則から来る技術ではない。


 仮に彼女が戦闘の手練だった場合、その圧倒的な経験の差から叩き潰されるのは目に見えている。


 更に言ってしまえば、身長差があるのでそう言う視点でも不利だと判断できる。


 まぁ負けても良いか。別に失うものは無いし、仮に負けても失う可能性があるのは、俺の強さの信用とカインさんの信用だけだしな。


 そう思い俺は拳を握りファイティングポーズを取った。そんな俺を見てシャリアさんは少し困惑したように口を開いた。


「あっ。エルビス様は剣を抜いてもらって良いですよ」


「いや……それはちょっと。女性に云々の前に無手の人に剣を振るうのは無理ですね」


 俺の言葉を聞いたシャリアさんが関心した様子で俺を見る。


「流石カイン様のお弟子です。紳士的です」


 シャリア両手の手のひらを合わせ俺に賛辞の言葉を述べる。


 しかしそんな当たり前の事で褒められても困るのだが……。逆に平気な顔で無手の人間に剣を振るう人間が居たらドン引きだ。


 それにしても流石『カイン様の弟子』の言葉のハードルが低すぎないか? もしかしてカインは意外と低めの評価を受けているのでは無かろうか?


「あ、あの……そろそろ初めませんか? シャリアさん」


「あっ。そうでしたね。始めましょう」


 彼女が再び拳を握り戦闘体勢に入る。続いて俺も拳を握り戦闘態勢に入った。


 次の瞬間俺は地面を踏み込み土煙を上げながら、シャリアさんに突っ込む。シャリアさんも俺に向かって走ってきた。


 お互いの立ち位置からちょうど中心の位置まで来た瞬間、先制攻撃の正拳突きを放った。しかし俺の拳はシャリアさんには当たらなかった


 それどころかシャリアさんは俺の視界から影も形も無く消滅した。


 俺は素早く周囲を確認する。しかし俺の周りにはシャリアさんは居ない。何処に行った? そう思っていると俺の足元から声がした。


「きゅうぅぅぅぅ」


 ゆっくり足元を見るとそこには盛大にすっ転び、鼻を擦り真っ赤にしたシャリアさんが居た。


「え? あれ?」


 俺の困惑の声は闘技場に虚しく響いた。

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