第87話 雪化花の神秘

 その日夢を見た。シルヴィと初めて出会った日の夢だ。


 まだ幼かった当時の俺は森の中に一人で入り込んだ。魔物が出る森の中に一人で入り込んだ理由なんて決まっている。


 男の子は冒険が大好きだ。当時の俺もその例に当てはまるように、ちょっとした気分で森の中に入り込んだ。


 俺が入り込んだ森は世界の端っこにいるような静けさで、遠くを走る兎の足音すら近くに聞こえる。


 そんな珍しい場所だから調子に乗ってしまったのだ。後先など一切考えず俺は森の奥へグングン進んでいった。


 そして日が暮れ始めそろそろ帰ろうとしたその時、近場で叫び声が聞こえた。


「きゃあああああああああ」


 俺はその声に釣られ声のした方向に走っていった。


 そして走り茂みを掻き分け突き進んだその先には、魔物に襲われ一部服が破れているシルヴィと怪我をしてありえないほど、大量の血を流しているシルヴィの父ゼオンが居た。


 シルヴィの体には鮮やかな紋章が描かれていた。恐らくあれが運命神の印。


「パパ! パパ!」


 シルヴィはゼオンを揺するだけで周りを一切見ていない。魔物はニヤニヤとシルヴィに近づいていく。


 そして俺は落ちている木の棒を掴み魔物に向けて走り木を叩きつけた。魔物はニヤリと笑い俺を見ていた。


 餌が一匹増えたのだから嬉しかったのだろう。


 当時の俺は普通の子供、木の棒で魔物を一発叩いただけでも上々だ。


 そして俺は魔物の攻撃を脳天に受け気絶した。


 翌日、布団の外は空気が乾燥していて凍えるように寒い、だが布団の中はいつもに比べて何故か異様に温かい。そして誰かが俺の上に乗っている。


 重いまぶたを開きのしかかっている人物の確認した。


「シルヴィ何してるんだ?」


「あ、おはようエルビス。今日は寒いから布団の中に入っちゃった。


 シルヴィの笑顔が真っ直ぐに俺に向けられる。昨日のノータの話も相まって顔が赤くなるのを感じる。


 だがシルヴィはそんな俺の変化に気が付くこともなく、俺に顔を埋めすり付いてくる。


 そこで夢の内容を思い出した。あれは夢だったので多少現実に起きたことと違う。だがゼオンさんの怪我やあの魔物の質感が夢の物とは思えない。


 そしてシルヴィは言っていたはずだ。当時の俺が魔物に襲われていたシルヴィを助けたと、だが夢の様な調子だと助けるのは不可能ではないだろうか?


 あれは……。あの時の状況で一体誰が俺達を助けたのだろうか?


「ねぇエルビス。今日街に行くんでしょ? 準備できた?」


 シルヴィが布団の中でもそもそしながらそう言った。


「大丈夫。準備するから部屋から出てくれるか?」


「えー良いじゃん。減るものじゃないし」


 どうやらシルヴィは着替えを覗きたいらしい。


「駄目です。さぁ行った行った」


 俺は布団から這い出てシルヴィを部屋の外に追い出した。夢のことは夢のことだ。今日は忘れてシルヴィに付き合ってやろう。


 着替え終わり部屋から出ると若干不機嫌そうなシルヴィがお出ましになった。


「ど、どうしたんだよ? シルヴィ」


「別に……」


 頬を膨らませ不満をアピールしながらも特に多くは語らないシルヴィ。と言うか着替えが見たかっただけだろう。


 今日はディーネも引き篭もっているようだ。昨日連れて行かないと言ったら夜に怒っていたしな。ノータは……寝ているだけだろう。


「ほら、シルヴィ機嫌を直して今日は遊ぶんだろ? 不機嫌じゃつまらないぞ?」


「そんな事無いもん。エルビスと一緒なら楽しいから」


 ……。反応に困るな。照れたら良いのか喜んだら良いのか。


「ありがとう?」


「えぇ……反応薄っす。もう行くよ! エルビス」


 シルヴィに手を引かれ俺達は街に飛び出した。だけど冷静に考えてみれば、昨日大事件が起きたのに街が正常な活動をしている訳もない。


 殆どの店は締まっており閑散とした風景だ。そんな街の中を二人で歩く。


『主様、主様よ』


 頭の中でノータの声がする。どうやら起きたらしい。


『このままじゃせっかくのデートが台無しじゃぞ? 冬場に咲く花畑があるんじゃそこに行ってみんか? ゲートは儂が開いてやるから主様が開いたような素振りをせい。タイミングを合わせるぞ?』


 よく分からないがノータの指示に従ってみよう。


「シルヴィ昨日の事件で店も締まっているし俺が連れていきたいところがあるんだ。どうだ?」


「ん? うん。じゃあお願い」


 シルヴィは困惑したような顔でそう言った。よし! ノータ頼む。


 俺が手を前に突き出しゲートを開くような素振りをした。次の瞬間目の前に真っ黒な扉が出現した。


「よし、入るかシルヴィ。手を出してくれ」


「うん」


 俺はシルヴィの手を繋ぎゲートに飛び込んだ。飛び込んだ先は不思議な世界だった。


 辺り一面が雪で覆われている。だが寒くないし冷たくもない。


「エルビス見てすごいよこれ!」


 シルヴィが足元にあった雪をすくい上げた……。と思ったが雪に見えたのは白く透明度の高いガラスのような花だった。


 ノータの言っていた冬場に咲く花とはこれの事らしい。


「わぁぁ。エルビスが見せたかったのはこれ? すごいね」


 シルヴィがしゃがみこんで花を見ている。すると花から光の胞子が出てきた。あっという間に花畑は幻想的な世界になった。


「おお、すごいな……圧巻だ」


「すごい! カラフルで綺麗!」


『雪化花は特定の条件下でしか現れん基本は二人組で見に来た時じゃな。そして飛び出した光の胞子の見えている色によって自分の感情が分かる……らしいの。儂は一人で来たことしか無いから知らんが』


 何気に悲しい暴露をされた。見えている色とはなんだろうか? 俺とシルヴィで見えている光の色は違うのだろうか?


 シルヴィはカラフルに見えていると言っていた。俺にもカラフルに見える。とても綺麗でこの世の物とは思えない。


『ほら、主様よ。ここは博識な所をシルヴィに見せつけてやるのじゃ。儂が教えるから言葉をなぞるんじゃぞ』


 よし分かった! 任せろ。


「シルヴィ。この花は雪化花って言って二人で見に来た時にしか光の胞子を出さないんだ」


「へーすごい。綺麗、エルビスって博識なんだね」


『まぁな。それでこの光の胞子の色で見ている自分自身の感情が分かるらしい』


 ノータが俺の頭の中でそう言った。続けろということらしい。


「まぁな。それでこの光の胞子の色で見ている自分自身の感情が分かるらしい」


「へーどんなの?」


 シルヴィがそういった。


『黄色が恋や愛、黄緑が信頼、オレンジが関心、水色が驚き、白が純粋な心』


 ノータが俺の見ている光の胞子の色をまくし立てた。黄色が愛や恋? ここに居るのはシルヴィだけだ。つまり俺は……。そうなのか。


「ん? どうしたの? エルビス」


「あぁ。ごめん。えっと黄色が恋や愛、緑が信頼、オレンジが関心、水色が驚き、白が純粋な心だよ」


 俺がそう言うとシルヴィは頬をピンクに染めた。


「え、エルビスにはどう見えてるの?」


「ナイショだ」


「で、でもあれだよね? 今言ったのってエルビスが見えてる色だけだよね。多分……。自分自身の感情が分かるって言うなら、怒りと悲しみとかそう言うマイナス方向の感情の色もあるはずなのにエルビスは言わなかったし」


 なんと鋭い子だ……。モロバレじゃないか。


『シルヴィ俺には黄色の胞子しか見えない。愛してる』


 俺の脳内でノータが何か言っている。アホだから無視しておこう。俺が言うとでも思ったのだろうか?



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