アルルと秋色⑦

「アッキーwww何か最近銀髪美少女と逢引してるって噂を聞いたんだけどwww」


 翌日の昼休み。母さんが寝坊した為弁当がなかった俺が、久々に学食で空腹を満たしていると、向かいに座ったケーツーがニヤニヤしながら話を振ってきた。


「あぁ、つっても、少し話したくらいだけどな」


「またまたwwwしかし前は『誰だっけ?』とか言って興味なさ気だったくせにwww旦那もスミに置けませんやwww」


 目の前のカレーライスのカレーとライスの境目をスプーンでいじりながらケーツーが言う。


「ホントに少し話しただけだぞ。あいつは他の男とデートだってすぐ帰っちまったからな」


「ほほおwwwでwwwどうなのwww今回のミッションはwww」


 ……やっぱきたか。


「……無理だよ。殺されちまうって」


「無理ってwwwそんな道理wwwこじ開けるのが魔王でしょーが」


「魔王ゆーな。俺は魔王にも勇者にも、そして魔法使いにもなりたくないぞ」


 俺がそこまで言った時だった。どこかで嗅いだ香水の匂いが食欲を後退させる。


「よう。また会ったな……」


「…………」


 予想通り、匂いの発生源は昨日のチャラ男だった。


「お前、こいつの知り合い?」


 そう言って俺の向かいに腰掛けたケーツーを威嚇するように睨みつけるチャラ男。


「いいえ全く関係ありませんそもそも私はモブキャラでありましてこの言葉を言う為だけに存在しているのであります学食へようこそ武器や防具は持っているだけじゃ意味がないぞちゃんと装備しないとなでは私はコレにて失礼!」


 高速で何やら捲くし立ててケーツーは光の速さで消えていった。


 空席となった向かいの席にチャラ男が腰掛ける。


「昨日言ったことと似たような話なんだけどよ。あの留学生に近づくな」


 ……何なんだ。まさかアルルにはエルルの他にもシスコンの弟がいたのか?


 ……分かってるよ。そんなワケないのも、こいつがシスコン故に俺に釘を刺しにきているんじゃないのも。


「な、何でかな?」


 クールに決めるつもりが声が上擦ってしまった。たまごかけご飯に醤油を加える手が震える。


「あの女は俺がもらう。だからウロチョロすんな。目障りなんだよ」


 おーおーカッコいいね。自分に自信のある人間にだけ許された発言だ。


「別に、ウロチョロなんてしてない……けど」


 そもそも俺はアルルに会いに行ってるワケではない、中庭が憩いの場所なのだ、と言おうかと思ってすぐに思い止まる。


 ソレでその言葉が聞こえていないような反応をされたら俺は面倒な気分と向き合わなくてはならないからな。


「どうせフラれてミジメな思いするんだからよ。コレは親切で言ってるんだ」


「そ、ソレはソレはご親切にどうも……でも」


「……あ?」


「決めるのは本人なワケで、何と言うか、周りが決めることでは……ないのでは……と」


「俺が決めたんだよ。だから言う通りにしろ」


「…………」


 俺は交わる視線を茶碗で遮るようにたまごかけご飯をかきこんだ。


 ……我ながら絶妙な醤油の分量だったみたいだな。


 しかしこの香水の匂いは少々鼻障りだというモノだ。


「……せめてもの情けだ。代わりのオカズに好みのエロ本でもプレゼントしてやるからよ」


 チャラ男はニヤリと下品た笑みを浮かべてそう言った。


「…………」


 俺も負けじとニヤリと笑い返したかったが、どうにも表情筋の調子が悪い。少し媚びた感じの苦笑いみたいになってしまう。


 割と最近ゴリラみてーな筋肉ダルマと格闘したあげく失神KOさせたことを考えれば、こんなヤツにビビる道理はない……はずなんだが、俺の足は意に反してツェッペリンのボナゾもびっくりの十六ビートを刻んでいる。


 ふっ、いつだって男の下半身は意思と反するモノなのさ!


「ま、どの道今日であの女は俺のモノになるんだけどな」


「…………」


 聞いてもいないのにチャラ男は勝手に話し出した。


「既にデートの約束をしてるんでな。今の内に諦めといた方がいいぜ」


 ソレだけ言ってチャラ男が食堂から出て行く。


 本気でそう思ってるんだったら俺に釘を刺す必要などなかろうに。


 ソレに、お前のデートはようやく整理番号が回ってきただけだぞ。


「一体www何の用だったのwww」


「てめーは何をナチュラルに戻ってきてんだ!」


 俺はいつの間にか向かいの席に座り直していたケーツーの脳天にチョップを振り下ろした。


「おお。よくぞ無事で戻ってきた。わしはとても嬉しいぞ。秋色が次のレベルになるには――」


「戻ってきたのはてめーだ!」


 俺はワケの分からないことを言うケーツーの脳天に再度チョップを振り下ろした。


「でwww何だってwwwあいつwww」


「ああ、『アルルを落とすのはこの俺様だ。てめーは引っ込んでな三下』だってさ」


「シビレちゃう台詞だねwwwでwwwアッキーは?」


「エロ本をもらう代わりに身を引く流れになってしまった」


「www何でそこでエロ本wwwてことはwwwもう彼女に近づかないの?」


「……コレはアルルの言葉を借りることになるけど、俺の行動理念を決めることができるのは俺だけだよ」


「うはwwwカッコヨスwww」


 尊敬の眼差しを向けるケーツーの視線をクールに流して、俺はランチタイムに戻った。






「……で、何でまた不機嫌なんだよお前は」


「……別に不機嫌じゃないわよ。考えごとしてるだけ」


 明らかに不機嫌なアルルが答える。


 コレがリライだったら『フキゲンって言ったほーがフキゲンですよ!』とか続くんだろーな。


 ……やば、何か寂しくなってきちゃった。


 寂しさを腹の底に封じ込めるように俺は持っていたパックジュースをチュ~っと吸い込む。


「……ねぇ、愛って何?」


「ぶほっ!!」


 突然アルルが素っ頓狂なことを言い出したので、俺は思わず吹き出してしまった。


「げほ! ごほっ……は、はぁ!?」


「汚いわねぇ……て、鼻からジュース出てるじゃない! あは、あははは! バカみたい!」


 今度はアルルが吹き出す番だった。


 俺、こいつにバカにされてばっか。うう……鼻が痛い。


「お前が変なこと言い出すからだろ!」


 俺は慌ててティッシュで鼻を拭いながら言った。


「あははは……ごほん。昨日、『愛してる』とか言われたのよね。愛って何?」


「愛……っスか」


「愛……よ。『親子、兄弟などが慈しみ合う気持ち。また、生あるものをかわいがり大事にする気持ち』とか『異性を愛しいと思う心。男女間の、相手を慕う情。恋』やらデータにはあったけど」


 アルルが今日も膝の上で気持ちよさそうに喉を鳴らすセバスニャンの背中を撫でる。


「ソレだよ。分かってんじゃん」


「でも、イマイチ理解できないと言うか、空々しく聞こえるのよね。あんたはどう思ってるの?」


「あのなぁ……モノごとにコレだ! っていう万人一致の正答なんてないんだよ。そういうのは自分なりに答えを求めて、自分なりの解釈をするモンなんだ」


「そんなこと、あんたなんかに言われなくても分かってるわよ……あたしが聞きたいのは、はこの言葉をどう解釈しているのかってこと」


「俺が?」


「あんたが」


 ……ふむ。愛……愛、ねぇ……。


 一時期はソレこそ万人に愛される便利な言葉、だと思っていたが……。


「……コレは親父から聞いた話だけど、愛って字は『心を受け取る』って書くんだよ。だから、『この人の心を受け取りたい』とか、『この人に心を受け取って欲しい』とか、そう思う気持ちが愛……なんじゃないかな? と俺は思う」


「……心を、受け取る」


「うん。相手のことをもっと知りたい、自分のことをもっと知って欲しい……って感じじゃね? よく分かんねーけど」


 俺はマジ語りモードになっていた自分に気づいて、ぶっきらぼうに言い捨てた。


「……うん。なるほど。何となく分かった気がしないでもないわ。たまには役に立つじゃない」


 アルルがどこか嬉しそうな顔で俺の顔を見る。益々俺は赤面するばかりだ。


「だからぁ、こういうのは個人によって解釈の仕方が違うモノで、お前も自分なりの――」


「ううん。いいのよコレで。あたしが知りたかったのはあんたがどう解釈しているか、だモノ」


 ……何だか、今日のこいつは妙に素直だな?


 少し、かわいく見えてしまう。


「心を受け取る……か。うん、気に入ったわ。あたしもコレでいい」


「さ、さよーで……」


「さあセバスニャン。あなたを愛でるあたしの心を受け取りなさい」


「ニャ~」


 手の平から愛情オーラでも注ぐように念入りに猫の背中を撫でるアルル。やたら上機嫌だ。


「何か、一転してご機嫌だな?」


「ええ、モヤモヤが一つ晴れたわ。珍しくあんたのおかげよ。このあたしの役に立てたのだから感涙に咽び泣きなさい。また鼻から色々垂らして泣きなさい……ぷぷ、あははは!」


 こ、こんのアマ……。余計なことを思い出しやがって……もっかいほっぺた抓ってやろうか?


 ……やめておこう。このアルルの表情は、多分珍しくて、貴重なモノなのだろうから。


「……うん。その笑顔に免じて、勘弁しといてやろう」


「何を勘弁するのよ?」


 アルルが怪訝な顔をする。やべ。声に出てたらしい。


「あんたこそ。何嬉しそうにニヤニヤしてるのよ? 何かむかつくわね」


「イチイチむかつくなよ。てか、ニヤニヤなんかしてねーよ」


「何か温かい目で微笑ましいモノを見るような、上から目線なモノを感じるのよね。さっきまで鼻から垂らしてたくせに。セバスニャン。こいつさっき鼻からジュース垂らしてたのよ~?」


「ニャ~」


「うるせーな。しつけーな」


「ふふ……じゃあ、今日もあたしはデートに行くわよ。あたしの心を受け取りたい人との、ね」


 本当に気に入ったのだろう。上機嫌なアルルがセバスニャンを俺に渡して中庭を出て行く。


 しかし……よくもまぁ、テレずに連呼できるモンだ。


「ま……いいけどな」


 気がついたら俺もセバスニャンの背中を優しく撫でながら、そう呟いていた。


 アルルのデートの相手が誰なのかなど、すっかり失念していた自分にも気づかずに。

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