ゲス共の戦場~球技大会編~⑧

「だ~か~ら~さ~、俺は敢えて魔王を装うことによって皆の憎しみを一つに集めたのよ。言わば皆が手を取り合う為に巨悪を演じたワケ。現に今みんなの心は一つになってるだろ?」


 砂場に埋められ、『主犯』と落書きされた顔を出した状態で秋色はふてぶてしくうそぶいた。


「コレによって全校が、いや世界が固く結束できたワケだ!」


 秋色の言葉通り、目前では彼らのその悪辣極まりない手段で敗れた皆さんが、合致させた殺意で目を爛々と輝かせていた。


「確かにな。こんな作業を一瞬で済ませられたのはそのおかげかもな」


 秋色の隣に埋められた賢が低く、冷静な声で言う。


「宗二! 優勝できたんだからもう敵じゃないだろ! 何とかしてくれよ親友!」


「明日の朝きたら助けてやるよ。寝坊したらごめんな!」


 優勝してご機嫌な宗二がにこやかに言う。


「軍曹! 命令だ! 俺を助けろ! 昇進できるように取り計らってやる! 軍曹!」


 秋色は賢とは逆隣に埋められた軍曹に命令を飛ばす。


「……軍曹軍曹と、馴れ馴れしいんだ、クソ野郎」


「き、貴様ぁぁあああっ!」


「主犯格はヤツであります。他の兵士達には条約に則り、寛大な処置を願います」


「軍曹! 上官を売るのか!? 軍人の誇りはどこにいった!」


 数分前まで教祖として君臨しかけていたのに、今では見事なまでの小悪党っぷりである。


「オギワラ!」


 めげない秋色は真後ろに埋められた萩原に指図する。


「あぁー!」


「か、咬むなぁぁああっ!」


「見苦しいぞ。諦めろ秋。おっぱいを揉みたいが為にここまでやっちまったんだ。こうでもしねーとみんなの怒りが収まらねーだろ」


 賢がかぶりを振って説き伏せるような口調で言う。


「お前らだってノリノリだったじゃん! 俺一人主犯ってひどいんじゃないのコレ!?」


「お前がみんなの心を一つにする為に悪を演じたっつーんなら、甘んじて罰を受け入れろ」


「ふ、光ある限り闇もまたある……。俺には見えるのだ。今に第二、第三の魔王が闇の中から現れよう……。だがその時はお前達は年老いて生きてはいまい……。わははは……っ。ぐふっ!」


「何ワケ分かんねーこと言ってんDA」


 同じく埋められたアンディが呆れたような声を出す。


「くっそぉぉ……絶対復讐してやる……覚悟しろよ貴様らぁぁ……家族共々皆殺しにしてやるぅぅ……今俺を解放すれば勘弁してやるぞ一年坊主! さぁ俺を助け――」


「犬のうんこ見つけてきましたぁ!」


「ちょ、ソレだけはやめろ! マジで! 頼むから!」


 四面楚歌状態の秋色の慟哭まじりの訴えを完全に無視してみんなは拷問モードに入った。まるで『主犯』のマーキングが厄災を呼び寄せる烙印のようである。


 他のメンバーは情状酌量の余地有り、と埋められはしたモノの、ソレ以外の危害は加えられていない。


 秋色と、ただ一人を除いて。


「あのwwwところでwww何で僕も主犯格ポジションなワケwww」


 秋色から少し離れたところに、秋色と同じように『主犯』の落書きを施され埋められたケーツーが声を出した。


「お前も秋と色々やってたろが。こいつの制服使って女装してんの見たヤツがいるんだよ」


 賢が目の前の委員長に視線をやる。さすがに気持ち悪いのだろう。体操服姿のままだ。


「全く何考えてるのよ……変態じゃないの」


「うんwwwいい匂いがしましたwwwゴチwww」


「一回死んどくか?」


「変態! 下手したら退学モノよコレ! 反省しなさい!」


「でもコレ冗談抜きで危なくない? 陸上部に走り幅跳びされたら死ねるんだけどww」


「おー死ね死ね。頭に着地されろ。人柱になれ」


「あwwでも踏まれる瞬間に女子部員の局部が拝めるやもww死ぬ価値あるなコレww」


「お前のそういうとこはいっそ清々しいな……」


 賢は処置なしとばかりに大きく溜息を吐いた。






「姉さん……何であんなヤツに手を貸したの?」


 拷問場と化した砂場からやや離れた場所で、エルク・マテリアルは隣に佇む姉に悲しそうな声で質問した。


「だって……保健室からグラウンドまでの道中で三回も土下座するんだモノ。あまりに見苦しかったから、ね」


「だからって……」


「もちろん、エルが勝つって信じてたわよ? 罪人の見苦しい足掻きに一手花を添えてあげただけ……って、もう、そんな顔しないの」


 そう言って困ったように微笑みながら彼女は顔に手を添えてくる。ひんやりとして心地よかった。


「だって……」


「もう……『だって』はやめなさい。エルも楽しかったでしょ? 力いっぱい身体動かせたじゃない」


「こんなの……刷り込まれただけのプログラムだよ」


 なおも彼は唇を尖らせた。


「ふふ……ソレでも、カッコよかったわよ?」


「……ホント?」


「ええ。さ、もう帰りましょ」


 そう言って彼女が背を向ける。心地よい掌も離れていってしまう。


「姉さん、あの……」


「なあに?」


 彼女が振り返る。


「あの罪人が優勝してたら……一緒に……行ってた?」


「どこに?」


「……遊園地」


「まっさか。そんな約束してないわよ」


「……そうなの?」


「何? まさか、そんな心配してたの?」


「だって……」


「ほら、また『だって』って言った。そんなワケないでしょ」


「そうか、そうだよね」


「ええ。そんな約束してないし、誘われてすらいないわよ」


「…………」


「もう帰ろ。エルが優勝したんだからお祝いしなくちゃ」


「お祝い……」


「ええ。可愛い弟が一番になったんだから、当然でしょ」


「う、うん!」


 そう言って彼は背を向けて歩き出した姉の背中を追い掛けた。

 

 本当に聞きたいことは聞けなかったが、どこか心は満たされていた。


 最後に一瞬足を止め、醜い人間達の喧騒を一瞥し、彼は再び歩を進めた。


「やめろっての! やめろっつってんだろ!! やめ、やめてぇえええっ!!」


「さあこいwww受け止めてやんよwwwジャージはNGだずぇwww」


 絹を裂くような叫び声と、下卑た含み笑いと同時に、下校時間、そして部活の始まりを告げるチャイムが鳴り響いた。






「……ふう」


 そう一息吐いてあたしは目の前に広げられた日記帳の頁を閉じ、確認するように呟いた。


「……アホね」


 そう、あの男はアホだ。浄化の執行を代行した影響でアホになったのか、生来のアホなのかは謎だが。


 おかげで弟は元々罪人としていい印象を持っていなかった彼への嫌悪を加速させてしまったようだ。


 まぁソレでも本来は存在しなかったあたし達が周囲に影響を与えないように、執行人としてこちらに来ていない時の彼とは、表面上は仲良くしているみたいだが。


 ソレにしても、認識もイマイチで記憶もしていなかったようだが、彼がこの時にあたし達を知覚できたのには驚いた。


 本来こちらの性格を利用し、挑発してくるなんてありえないはずなのだが。


 やはり執行者と関わったからなのだろうか? でもこの時の彼はその執行者の記憶すら消去されているはずなのに。コレは興味深いケースだ。


 管理者の影響を受けにくいのか? ソレとも彼が特別なのか? ソレか彼と関わった執行者が特別なのか? たまたまのイレギュラーなのか、興味は尽きない。


 ……問題は、コレだけ印象深いできごとがあったにも関わらず、あたしは彼のことを記憶できなかったのだ。


 正確には記憶したモノの、留めておくことができずに、忘れてしまったというべきか。この日記もつい最近、甦った記憶を辿りながら書いたモノだ。


 さて、覚えているだろうか?


 先程あたしは彼に関する記憶機能にも問題が『あったらしい』と述べたが、そう。


 今のあたしはハッキリと監視対象である彼のことを認識している。

 

 頭の中に確固たる揺るぎない記憶として存在していて、薄れていく実感もない。おそらくもう忘れることはないだろう。


 あたしはその証である青いメガネを外して、引き出しの中にしまった。外してもなんら問題はない。


 何せ伊達なのだから。一応周囲に不要な影響を与える恐れがなきにしもあらず、なので学校ではしていない。


 自室にいて思い出した時に気まぐれで掛けるくらいである。弟は似合う、知的に見えて魅力的だ、などと言っていたが――


「――内心複雑なんだろうな……普段から掛けてたら怒られちゃうかしら」


 そう呟いてあたしはくすくすと笑った。


 コレをもらったのは、というか奪い取ったのは執行者としての彼と出会い、別れる時。確か……従妹だか親戚だかを助けにきた時だ。


「いつだったかしら……確か、球技大会から……」


 無性に気になってきて、あたしは先程閉じたばかりの日記帳に再び手を伸ばした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る