ゲス共の戦場~球技大会編~⑦
「……はっ!」
目が覚めると、一番に目に飛び込んできたのは真っ白な天井だった。
内容は思い出せないけど、夢を見ていた気がする。何か懐かしい夢を。
「あ、目、覚めた?」
すぐ傍からの声に視線をやると、そこにはブラックアウト前に見た少女がいる。
「……っ!」
思わずその少女の名前を口にしようとしたところで、秋色は彼女の名前を知らないことに気づいた。
「……誰?」
「……あたしは保健委員。ここは保健室」
「……保健室? 何で俺はこんなところに……」
「覚えてないの? 弟が投げた球が後頭部に直撃して気絶したのよ。みんな心配してたけど、その分じゃ大丈夫そうね。幸せな夢でも見てたんでしょう? ニヤニヤしちゃって気持ち悪い」
……幸せな夢? 思い出せない。でも確かに懐かしい何かを感じていた気がする。
……ていうかこいつ、さっき俺に話し掛けてきた留学生だよな? 記憶が曖昧で良く思い出せないけど雰囲気が違うような。さっきまではもっとお淑やかな口調じゃなかったか?
「……ん? 後頭部に球? あ! お、俺はドレくらい寝てたんだ? 試合は?」
「ホンの五分そこそこよ。もう見物に戻ろうと思ってたところで目を覚ましたの。こんなことだったらそこらへんにうっちゃっておけば良かったわね。無駄な時間と体力を費やしたわ。どうしてくれるのよ」
「じゃあまだ試合終わってないな! 戻るぞ!」
「あら駄目よ。一応頭にダメージを負って気絶したんだから、しばらくは安静にしてないと。脳の血管でも切れててグラウンドでポックリ死なれたら困るわ。まあないと思うけど万が一、あんたのことを大切に思ってて止めなかったあたしを逆恨みする輩が出たらどうするのよ。死ぬならおとなしくベッドで横になって死になさい」
「何で死ぬ前提で話進めてんだ! 俺は戻るったら戻るぞ!」
「だーめ」
「お願い」
「拝んでもだーめ」
「おっぱい揉むぞ!」
「凄んでもだーめ。ていうか、あんた最低ね。ゲス男」
「頼むよ! 俺は戻らなきゃならないんだよ!」
「どうしてよ? 何必死になってるんだか。たかが数ある校内行事の内の一つじゃない。そんな必死になる価値があるとは思えないけど」
「お前には分からんよ。いいからどけ」
「……はぁ。理解に苦しむわ。じゃあさっきの質問に答えたら考えてあげなくもないわよ」
「……? 何でこんなに必死になってるか、か?」
「……そ」
「何でそんなこと聞きたがるんだよ?」
「言ったでしょ。理解できないからよ。と言うか、質問で返さないでよ」
……ふむ。何でだろう?
……ソリャ、優乃先輩からおっぱいのご褒美を頂きたい、ってのが始まりだった。でもこんなことを説明しても理解してもらうどころかますます軽蔑されそうだしな。ソレに、今はソレだけではない。
「俺も今まではお前みたいに『どこにでも、誰にでも訪れる数ある校内行事の一つだ』なんて思ってテキトーに過ごしてたんだよ」
「…………」
「だけどそうやってテキトーに過ごしてると、あとになって振り返った時に何も中身のない思い出ができあがっちまうんだ、って気づいたんだよ」
「まるでそんな経験をしたみたいに言うのね。いつ気づいたってのよ?」
「いや、いつから、何でそう思ったかは分からんが、とにかく今の俺はそう思ってるんだ」
「ふうん」
「だから、俺は何年かして振り返った時に『あん時はバカで無茶なことしたけど、楽しかった』って思えるような思い出を、あいつらと作りたいんだよ。文句あっか!」
「……ソレだけ?」
「……あと、もう一つある」
「……何?」
「できれば言いたくないなぁ」
「だーめ。言いなさい」
「……ち。何つーか、自分でも記憶が不確かなんだが……もしかしたら気のせいなのか夢なのかも分からんのだが……」
「だが?」
「約束したんだ。『ネズミの王国に連れて行く』って」
「約束? 誰とよ?」
「そこがハッキリしないんだよ。多分、意中の先輩とだと思うんだが。他にそんな約束する相手いねーし」
「……ふうん」
一瞬、秋色はその約束の相手はこの目の前の少女なのではないだろうか、と思ったが、すぐにその考えを引っ込めた。
今日が初対面の留学生とそんな約束をしているはずがない。
「ハッキリしねーと言えばオメーとさっきのあいつもなんだよ。やたら記憶に残らないというか、さっきまで何を話してたかみるみる内に忘れてく感じ――」
「ま、いいでしょ。戻るわよ」
「……は? どこに?」
「グラウンドによ。メタメタに負けて、忌まわしい思い出残すんでしょ?」
「いや、大分違うけど……どういう心境の変化だ?」
「何となくよ。特に理由はないわ。強いて上げるなら」
「上げるなら?」
「あんたの『やべ、何語っちまってるんだ俺。恥ずかしい』って顔を楽しめたからかしら?」
「……戻らせてくれるんなら、ついでにもう一つお願いがあるんだけど」
「……何よ?」
「お前の弟ってシスコンだよな?」
「あたしに従順なだけよ。アレでも可愛いとこあるんだから。まぁあたしの美しさがとどまることを知らな過ぎるから――」
「じゃあ頼みたいことがある」
「おお! まだ終わってないな! しかも――」
秋色がグラウンドに戻ると、チームメイトの奮闘により、試合は継続中だった。
「――もう四回なのにスコアも動いてないじゃないか! 0―5のままだ!」
「アウト~! チェンジ!」
審判のコールが聞こえる。
ちょうど三つ目のアウトを取ったところらしい。
ということは、最後の攻撃がコレから始まるのだ。
「あ、秋!」
「アッキー!」
「少尉殿!」
こちらに気づいたチームメイト達が声を掛けてくる。
「お前ら! 良く八人で持ちこたえたな! 褒めてつかわす!」
「大丈夫なのかよ? 後頭部にモロだったろ?」
「問題ない。俺は特殊スキル『主人公バリア』を持っているからな」
「何だソレ?」
「説明しようwww『主人公バリア』とはwww例え剣林弾雨の中にいようとwww明らかに死ぬだろコレって攻撃を食らっても生き残るwww正に主人公専用の特殊能力なのだwww主にハリウッドスターやロボットアニメの主人公がコレを体得しているwww」
ケーツーが水を得た魚の如く目を輝かせながら説明を始める。
「そういうこった」
「――しかしこのスキルが発動するとwww同時に『不自然な程異性の気持ちに鈍感スキル』が高確率で発動してしまうのだwww」
「説明はもういい! ソレはともかく、何で保健委員がお前に肩貸してんの?」
そう。賢の言葉通り、秋色は先程の保健委員に肩を借りてここまで歩いてきたのだ。
めちゃくちゃに嫌がられたが、頼み込んで今に至る。
が、別に一人で歩けないワケではない。
「勝つ為だ。おい、ちょっと相手チームのベンチまで行くぞ」
「……えらそーに」
秋色にだけ聞こえる小声で文句を言いながらも、保健委員の彼女は注文通りにしてくれた。
そしてそこには近寄るだけで対象を殺しかねない程のドス黒い殺気を迸らせた相手ピッチャーがこちらに視線を送ってきていた。
「よお、さっきはやってくれたな。まさかドタマに牽制球くれるとは俺も予想外だったよ」
「…………」
「もういいでしょ。いつまで寄りかかってるのよ」
ピッチャーの前までくると、そうぶっきらぼうに言って彼女は秋色の体を突き飛ばした。
「……っと」
狂気を宿らせたピッチャーの顔がすぐ目の前に現れる。
「貴様――」
「いい匂いするな、お前のねーちゃん……だったよなぁ、確か。身体もこう、女の子~って感じで、柔らけぇしよぉ」
彼の言葉を遮って、相手にだけ聞こえる声で秋色はニヤつきながら言った。
「……姉さんを見るな、触るな、近づくな。話し掛けるなんて言語道断だ!」
「そんな難しい日本語良く知ってたな。おーけー、いいだろう。お前の要求を呑もう。俺ともう一度勝負して勝てたらな」
秋色はなおもニヤつきながら挑発するような声で言う。
「……何を言っている?」
「次の俺の打席がくるまで、試合を終わらせるな。そんでそこで最後の勝負をしよう」
「……随分とそっちに都合が良くないか?」
「あ、怖い? もしかしたらお姉ちゃんの前で無様に負けちゃうかもしれないモンな。自信がないんならいいさ。俺はお前の要求を無視してお姉ちゃんを見るし、触るし、近づくし、話し掛ける。つーか視姦する。あのスカートから覗くストッキングの奥に隠されたパンチラ写真を撮りまくって野郎共にバラ撒くね。何ならお前にもやろうか?」
「このゲスが……! いいだろう。僕が勝ったら二度と姉さんに関わるな……!」
「仰せのままに」
……釣れたぜ。思い通りだ。
自分の思惑通りにことが運んだ確かな手応えにほくそ笑みつつ、秋色は自軍ベンチへ悠々と歩き出した。
「秋、何話してたんだ?」
「ちょっとな。ソレより、最後の攻撃が始まる前に、もう一回円陣作っとこうか」
「作戦会議でありますか?」
「そんなところだ」
秋色の言葉に応えて今一度チーム勝汁ひゃくぱぁっセントの面々が輪を作る。
「まず、みんな良く耐えてくれたな。礼を言うよ」
「お前がいないとこで負けたらあとで何言われるか分かんねーからな」
「サッシーwwwツンデレですねwww分かりますwww」
「て言っても相変わらず一点も取れてねーけどNA」
「ええ、正直この点差は少々厳しいと言わざるを得ないかと。勝てるのでしょうか……」
「勝てる」
秋色が確信に満ちた声で言う。俯き気味だったチームメイト達の視線が集まる。
チームメイト一人一人の視線を順番に受け止め、秋色は大きく息を吸い込んだ。
「……何故、俺達が世界から期待されず、拒絶され、虐げられるか分かるか? 何故、あいつらが期待され、受け入れられ、持て囃されるか分かるか?」
重々しい声で告げる秋色。色々とツッコみたいところはあったが、チームメイト達は黙って彼の次の言葉を待った。
「ソレは俺達が童貞だからだ。だから、あいつらは俺達を阻害し、迫害し、蹂躙するんだ」
またも色々とツッコみたかったが、彼らは固唾を呑んで教祖の次の言葉を待った。
「そこから脱却するには、愛されるには童貞を捨てるしかない。だが童貞を捨てるには愛されなくてはならない……どうすりゃいいんだよ……と、俺は今までそう思っていた」
『…………』
「ここにきて気づいた……そんな誰が決めたんだかも分からないルールに従って泣き寝入りしていたって、何も変わらないんだって。ルールなんて、自分で作ってしまえばいいんだって」
『…………』
「もし誰かがソレを認めないのなら、戦ってでも認めさせる。神が許さないと言うのなら、神に挑む修羅となってでも抗ってやる」
「じゃあ僕は……新世界の神になるよ。アッキーは魔王になってくれwwwそして親友でありながらも戦う運命が二人を待ち受けるwwwうはww神展開www」
脳の二次元領域を刺激されたのか、悦に入ったケーツーを無視して、皆が続く。
「俺は……アーティストになるZE」
「軍部はお任せ下さい」
「お前達……」
「みんな腹は括ったみてーだな」
「……そうだな。勝つのはいつも前に出る者だ。そして、俺はお前達となら前に進める!」
『押忍!』
「コレが最後の攻撃だ。今こそ俺達はこの世界にのさばる無知蒙昧な豚共を駆逐し、頭と股の緩い女子ごと啓蒙してくれる! 行くぞ! チーム! 勝汁!」
『ひゃくぱぁっ☆セント!!』
限りなく危険思想じみた激励だったが、既に秋色を教祖として崇めつつあるチームメイトはコレ以上ないと言う程に奮起するのだった。
結局戦術的なアドバイスはないに等しかった。
無意味ではなかったかもしれないが、気合だけでひっくり返せるような点差でも、またない。
「ボール!」
「ボール!」
「ボール!」
「ボール! フォア!」
だが、ピッチャーはボールを連発し、バッターを一塁上へ送ってしまった。
「おいおいおい! 大丈夫か? どっかおかしくしたのか?」
「大丈夫です、はい。僕を信じて」
チームメイト達の心配する声に笑顔で応えるピッチャー。
……その様子を見て、秋色は胸中で笑みを浮かべていたのだった。
「やったぜ! チャンスだ!」
「うはwww何らかのデメリットスキル発動www」
「我らの気迫が奇跡を呼び寄せたのでしょうか?」
「奇跡は人の手でこそ起こすモノ……か。道が拓けているのかもしれんな。ヤツが不調ならば、ソレにつけ込ませてもらうまで。ストライクがくるまで手を出さなくていい。自滅を誘うぞ」
秋色の言葉通り、チーム勝汁ひゃくぱぁっ☆セントの面々はバットを振らなかった。そして次の、さらに次のバッターもフォアボールで塁へと歩を進めた。
「ちょっと待て! 本当に大丈夫なのか? 絶対に勝たなきゃならないんだぞ!」
さすがにシビレを切らした宗二がピッチャーへと詰め寄る。
「大丈夫。僕はどこもおかしくしてないです。はい」
「でも……」
「お願いだよ。何かあったら責任は取る。全員分のチケットも用意する。だから僕の好きにやらせて欲しい」
「…………」
こうまで言われては宗二も二の句が継げなかった。
ソレだけ彼が本気で秋色を倒すつもりで、その自信があるということだ。
そして、とうとう押し出しで一点が献上された。
ソレでも相手ピッチャーは狼狽するチームメイトとは対照的に涼しい顔をしている。
いや、チームメイトだけではない。突然の連続フォアボールという狂気の沙汰とも言える行為に、チーム勝汁ひゃくぱぁっ☆セントの面々もどこか不気味なモノを感じていた。
今や彼はグラウンド上でただ一人を除いて、誰よりも穏やかな笑みを浮かべていたのだった。
まさか……とそこにいた誰もが思っていた行為が行われた。
次のバッターすらも押し出しになってしまったのだ。
「いやはや……親切極まりないね。別にツーアウトでも良かったんだぜ?」
そして、グラウンド上でただ一人戦慄していなかった秋色の打順が巡ってきた。
「必要ないよ。もう一人も進ませない」
そう言い返す彼の顔にもう笑みは浮かんでいなかった。秋色にはハッキリと見えなかったが。
「コレで打たれたら究極の間抜けだな。ここにいる全員の信頼を失う。ま、俺の知ったこっちゃないがね」
「全部失うのは……お前の方だよ!」
そう言ってピッチャーが腕を振ったかと思うと、秋色の背後で凄まじい音がした。
「はっ……」
『はえぇぇえええ!!』
チーム勝汁ひゃくぱぁっ☆セントのベンチから悲鳴じみた声が上がった。
先程までとは比べ物にならない程の剛速球だった。
「秋!」
「問題ない!」
「しかし少尉!」
「言っただろ軍曹! 奇跡は人の手でこそ起こすモノだってな!」
そう言って秋色はバットを振る。
だが完全に振り遅れていた。ボールにかすりもしなかった。
「次で終わりだ。コレでお前は全てを失うんだ」
そう言ってピッチャーが振り被る。完璧に秋色以外眼中にないのだろう。その瞬間――
「しっかりしなさい罪人! 約束したんでしょ!」
――風になびく長い銀髪。観客の中にいた保健委員の彼女が叫んだ。
「――っ!? ね、姉さん!?」
コレ以上ないというくらいに気を逸らした相手ピッチャーの手から蝿が止まらんばかりのスローボールが放られる。
先程の球威は見る影もない。最早アイドルの始球式レベルだ。
瞬間、秋色の口角が悪魔の如く反り上がる。
「全てを失うだって? はっ。分かっちゃいねーな。俺達には! 失うモノなんかない!」
「秋!」
「アッキー!」
「少尉殿!」
「――だから! 振り返らずに前に進めるんだぁぁっっ!」
快音が響いた。
完璧に捉えた。打球がピッチャーの頭上を疾る――!!
「ヒャーッハッハッハァ! 見たか! 万雷の拍手を贈れ世の中のボケ共! あの世で俺に詫び続けろシスコ――」
そう叫んで秋色は一塁を睨む。伊達メガネが、弾け飛びそうで……飛ばなかった。
ボールは、ピッチャーの頭上を疾り――跳躍した宗二のグラブへと突き刺さった。
「――え?」
そのまま宗二は二塁の上に着地する。
「ふへ……!?」
既に投球体制に入っていた宗二が一塁へ矢のようなボールを放つ。
「ほへぇぇええっ!?」
一塁手のミットへとボールが突き刺さる。
「スリーアウッ! ゲームセット!!」
審判のコールが高々と空に響く。
「ば、ば、バカなぁぁああああっ!!」
秋色はまだ走り出した時の片足を上げた非常口の人みたいなポーズのまま叫んだ。
「…………」
『…………』
そして視線を巡らせると、コレ以上ない侮蔑の意を込めた視線が八方から注がれていた。
……ジリ。
大きく深呼吸をして、憑きモノの落ちたようなスッキリした表情で、秋色は口を開いた。
「……ふ、訂正するよ。失うモノなんかないと言ったが、アレは嘘だ。俺には、こんな俺についてきてくれた最高の仲間がいる。だからここまで戦えたんだ。負けてはしまったけど、俺達は勝利なんかよりもっと大切なモノを手に入れたんだ! そうだろみんな! だから……!」
『だから?』
「だから……その振り被ったバットを……振り下ろしちゃらめぇぇえええっ!!」
振り返る秋色に、暴徒と化したチームメイト達が襲い掛かる。
断末魔が空に響いた。
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