ゲス共の戦場~球技大会編~⑥

「いいか! ゼッテーぶっ殺すぞ!」


『っしゃオラー!』


 整列と挨拶を済ませ、いよいよ決勝戦が始まる。今はチームひゃくぱぁっ☆セントの生命線と言っても過言ではない作戦タイムである。


「あの野郎……よりによってあんなにわかにオタクみてーな話を振られるとは……! この屈辱、この恨み、晴らさでおくべきかぁぁ……!」


「しかし少尉殿。あまり汚い手を使うと観客である女生徒達のヒンシュクを買うのでは?」


「そんなモンファック! 勝てばよかろうなのだァァァァッ! 民衆は勝者の元にこそ集うモノなのだ!」


『っしゃオラー!』


「で、秋? 何か作戦は?」


 周囲に比べてまだ頭の冷えている賢が問う。


「言ったろ。ゼッテーぶっ殺すって!」


 だが一番冷静でなかったのは、あろうことかキャプテンの秋色だった。


「最初にも増して作戦が曖昧だぞ、オメ―」


「問題ない! 今まで作戦だけで勝ってきたと思うか? 俺達は戦いの中で自分でも知らない内に進化を遂げていたのだ! 今や宗二の投げる球などスローモーションに……」


 そう言って秋色がマウンド上で投球練習をしている人物へと目をやる。


 そこには、銀髪に碧眼の美少年が立っていた。


「……誰? どっかで見たような……」


「アレがさっき言ってた留学生の片割れだよwww」


「……え、ピッチャー宗二じゃねーの!? あんニャロの性格上、ゼッテーピッチャーやりたがるだろ!?」


 見ると、宗二はセカンドで屈伸をしていた。


「ある意味ピッチャーやられるより厄介だな。あの位置にあいつがいるのは」


 賢が苦々しい声を出す。


「バカめ! チャンスではないか! いくらあんニャロが運動神経抜群だろうと、全ての球を処理するワケではない! ヤツのいない所に打ちゃいんだ!」


「でも他のヤツらも多分守備うめ―ZO」


「そ、ソレに、あのピッチャーの投げる球もすごい速さであります!」


「……誰?」


「だから、ウチのクラスの留学生だっつってんだろ! わざと言ってんのか!」


「あ、あー、そうだったな。何かこう、顔にモヤが掛かると言うか……ハッキリしねーな」


 秋色が首を傾げながら答える。


 ……いかんな。気をしっかり持たんと。


「問題ない! 今まで俺のオーダーに応えてきた諸君らなら、今回もその技能を存分に発揮してくれることだろうと期待している! さあいけケーツー! 伝説を始めよう!」


「チャ~!!」


 気合が入ってるんだか抜けてるんだか良く分からない掛け声を上げて、一番バッターであるケーツーがボックスに歩いていく。


「プレイボール!」


「今ここに産声を上げる伝説wwバットで快音打ち鳴らしww夜の打率も右肩上がり! 遠からん者は音に聞けwww近からん者は目にも見よ! 如月京一郎のもたらせし福音を!!」


「ストライク!」


「スットライク!」


「スッタライッ! バッターアウッ!」


「目が覚めましたwww始まりの終わりwwwそして終わりの始まりを感じますwww」


「あんだけの大見得切って一瞬で完全屈服してんじゃねー!」


 泣き笑いでベンチに戻ってきたケーツーに秋色の鋭いツッコミが入る。


「瞬殺かYO。ふ、俺にまかせNA」


 二番バッターのアンディが悠々とバッターボックスに歩いていく。


「スッタライ!」


「スッタライ!」


「スッタライ!」


「無理、無駄、無謀。コレから試合終了までイジメられるのかと思うと舌を噛み切りたい衝動に駆られます」


「コラ、アンディ語はどうした。キャラを崩すな!」


 と秋色が鋭くツッコむも、六球で連続三振である。


 チームメイト達の心に暗雲が立ち込めても無理はないといった空気である。


「ここは三番バッターのお前が何とかしないとな、賢?」


「ああ、いってくる」


 確かにこの流れは非常に良くない。三者凡退は避けねば。


 普段よりもいささか真剣な面持ちで賢がバッターボックスに入る。


「スッタライ!×3」


「本当は分かってたんだ……周りに比べて運動神経がいいワケでもない……喧嘩が強いワケでもない……俺のアイデンティティは一体どこにあるってんだ……」


「何なんだあのバッターボックスは。立った者のやる気を吸い取る鬼門でもあんのか?」

 さすがに強気一辺倒だった秋色もこめかみに汗を一筋浮かべた。


 ……マズイ。


 テンションと根拠のない自信だけで勝ち上がってきた勝汁ひゃくぱぁっ☆セントがソレらを失うことは、即ち敗北に繋がる。


 何せ彼らには今まで練習で流した汗や、幾度となくバットを振り続けた、などのバックボーンが全くと言っていい程にないのである。


 例えダメ元で振ったバットであろうと、そういった背景のない者には、勝利の女神は決して微笑まない。


 カキーン!


「あひゅぅぅううっっ!!」


 ズバーン!


「ぶへぇぇええっっ!!」


 事実、ここまで勝ち進んだことがまるで順当と言えないチーム勝汁ひゃくぱぁっ☆セントは、パカスカ打たれ、ズバズバ打ち取られた。


「……帰りたい」


「ノーヒットノーランの伝説になっちまうZE」


「公www開www処www刑www」


「できないと思ってるからできないんだよ! 気合と根性で何とかせんか!」


「人間には精神力で何とかなることと理不尽なほど如何ともし難いことの二種類がありましてコレは明らかに後者であります」


「長いんだよ! もっと簡潔にまとめろ!」


「……即時撤退を推奨します。荷物になる弾薬などは……ここに置いていきましょう」


「あー……あぁー……」


「……まるで……お通夜だな。だが……」


 そう言って秋色がバットを拾い上げる。


 今は三回の表、スコアは0―5である。


 あと二回の攻撃で六点を上げなければ勝てないのである。ソレも七番からの下位打線で。


 そしてチームメイト達の予想通り、七、八番バッターは瞬殺され意気消沈の極み状態だ。


「俺がもう一度お前らに魔法の杖を振ってやろう。必ず塁に出る。そしたら、もう一度だけ俺を信じて一緒に戦ってくれ」


 ソレでも不敵に笑ってみせた秋色の背中に燃える炎は、いささかも衰えていなかった。


「さて……どうしたモンか」


 バッターボックスに入ると、マウンド上のピッチャーと目が合う。


「大体こいつがハッキリしねーんだよ。本当にいたかこんなヤツ? 今日だけって海外から引っ張ってきたんじゃねーだろうな……でもどっかで見たような……男だったっけ?」


 秋色がぶつぶつ言ってると、第一球が放たれた。キャッチャーミットが快音を鳴らす。


「うおぉっ!?」


「スッタライ!」


「は、はえぇ……」


 初めて直にバッターボックスで見たその球の速さに、秋色が作戦を練り直すいとまも与えず、第二球が放たれる。


「くのっ!」


「スッタライ!」


 一応バットは振ったモノの、かすりもしなかった。


 ……やべ、マジでやべえ。こうなったら……!


「秋ー。バット投げたりすんなよー。したら乱闘起こすぞー。多分こっちが勝つぞー」


 セカンドの宗二がそう声を掛けてくる。


 ……読まれてるし。


 そう、先程まで秋色達が行っていた喧嘩野球殺法はあくまで自分達より気弱な相手にしか効果がないのだ。


 宗二の言葉通り、やったところで乱闘になり、しかも負ける可能性が高い。


 しかし、正攻法で戦っても負けは必定。


 ならば少しでも揺さぶりを掛けるしかない!


「……次で決める」


 なんと秋色は、あろうことかバットで外野の遥か後方を指した。ホームラン予告である。


 瞬間、相手チームから大爆笑が起こる。


「心配すんなエルク! どうせハッタリだから!」


 宗二のどこか呆れたような、しかしどこか期待するような色を含んだ声がする。


「こいよ。お前の祖国までかっ飛ばしてやる」


 ……どこだか知らんけど!


 秋色は周囲を無視してまたも不敵に笑った。マウンド上の留学生も多分笑った気がする。


 ……何なんだろう。見た端から記憶が消えていってるような、妙な感覚だ。


「うぅぅおぉぉおおっ!!」


 渾身の力と思いを込め、振るったバットに手応えがあった。


 だが、ソレは確かなモノでなく、いわゆる当たり損ねというヤツだった。ピッチャー前にボールが転がっていく。


「だぁっ! ちっくしょお!」


「だーっ! やっぱハッタリじゃねーか!」


 ベンチ方向から賢達チームメイトの声が聞こえる。


 絶望的な思いを抱え、秋色は走った。


 ……終わった! もう駄目だ! ごめん、優乃先輩! ごめん、おっぱい!


「……エル。まだ終わらないの?」


 チームメイト達の絶望の声、相手チームの爆笑の中で、秋色は確かにその声を聞いた。


「ね、姉さんっ! 応援にきてくれたの!?」


「……ん、まあ。頑張ってる?」


「うん! まだ一点もやってないよ! 姉さんは?」


「頑張ったけど負けちゃったの。悔しいよ、エル」


「ああ! 気にしないで姉さん! 女性はお淑やかなのが一番だよ! 代わりに僕が優勝してみせるよ! 姉さんの応援があれば――」


「……うん、ありがとう。でも、今試合中なんじゃないの?」


「……あ」


 ……何ゴチャゴチャやってんだ? 


 と秋色が視線をやると、目の前に転がったボールとこちらに交互に視線をやる相手ピッチャーが見えた……気がする。


 ちなみに秋色は既に一塁を踏んでいる。


 つまり、コレは……。


『っしゃオラぁぁああああっ!!』


 宣言通り秋色は塁に出たのだ。その瞬間、ベンチから鬨の声が上がった。


「わっはっはっは! 見たかオラぁ! 成せば成るのだよ諸君! 見たか宗二!」


「まだまだいけるZE! あとに続KE!」


「感涙が止まらないであります! 我々はまだ敗北しておりません!」


「うはwwwスーパーwwwみwwwなwwwぎwwwっwwwてwwwきwwwた」


「あー! あぁー!」


 もうベンチはお祭り状態である。


 対照的に相手チームは苦笑いしている宗二を残して、気まずい空気だ。


「え……と、あたしのせい? ごめんなさいね、皆さん」


「あー、いや、お気になさらずにー」


「ドンマーイ」


 災難を被ったといえども女子に文句を言うワケにもいかない。


 相手チームの面々はそんな声を出した。


 中でもミスをした張本人であるピッチャーは一際取り乱していた。


「姉さんのせいじゃないよ! 謝らないで! あそこの罪人がいけないんだ!」


「あ……じゃあ、彼が……?」


「続行キボンヌwwwこっちは準備万端ですずぇwww」


「ん、プレイ!」


 審判のコールが掛かり、ゲームが再開する。


 秋色は尚も揺さぶりを掛ける気満々だった。


 隙あらば盗塁してやろうと虎視眈々の心持ちである。


「ねえ」


 ……さて、行くべきだろうか? でも宗二だけは俺の性格を知ってるからなぁ。


「ねえってば」


 ……他の連中がこっちを警戒してない今がチャンスなのか? でもここでアウトになったら。


「ちょっと、聞いてる?」


 またも先程聞いた鈴を転がすような女性の声がした。今度は自分に話し掛けてきている。


「今取り込み中だから、あとにして――」


「あなた、名前なんだったかしら?」


「だ~! うるせ~!! 取り込み中だって言ってんだろボケっ!!」


 そう言って秋色が振り返ると、そこには髪の長い女生徒がいた。


「……!?」


「わ、びっくりした」


 言葉とは裏腹に、とても驚いているようには聞こえない声が返ってきた。


「……え?」


 秋色が驚きに目を丸くする。


 目の前にいたのは日本人ではなかった。


 長くてクセのないアッシュブロンドに大きな碧い瞳、決め細やかな白い肌の――どこかで見た覚えのある美少女だった。


「……り、リラ――にゃんんっ!」


 何か言いかけた瞬間、秋色は後頭部にとんでもない衝撃を感じた。


「姉さんを罵倒するなぁっ!!」


 倒れ掛かりながらの霞む視界に映ったのは、目の前の少女そっくりの少年だった。


「ね……姉さん? きょーだい? し、シスコン?」


 ソレだけ言い残して、彼の意識はブラックアウトした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る