ゲス共の戦場~球技大会編~⑤


「あ、あのっ……!」


「ん?」


 校舎裏の一角で試合までの空き時間をダラダラと過ごしていた3―Bの面々に、ショートカットに制服姿の女生徒が、緊張気味に声を掛けた。


「こ、コレっ!」


 なおも緊張で上擦り気味の声でそう言って、彼女が両手を差し出す。


 見ればその手には可愛いらしいデザインのランチボックスが握られていた。


「え……? コレって……」


「よ、良かったらどうぞ!」


 ソレだけ言って、一人の手にランチボックスを押しつけ、女性徒は走り去ってしまった。


「コレって、差し入れってヤツ?」


「マジか!?」


「おお! サンドウィッチじゃん! うまそ!」


「女子からの差し入れなんて、夢のシチュじゃん! 俯き気味で顔は見えなかったけど、愛いヤツよのう!」


 そう言って3―Bの面々は差し入れであるサンドウィッチへと手を伸ばす。


 ……ソレを、曲がり角から覗く二つの影があった。


「よーしよし。でかしたぞケーツー。ミッションコンプリートだ」


「フヒヒwww女声疲れたwww」


 そう言って女性徒の制服に身を包んでニヤけていたのは、ケーツーだった。


「さすが我がクラスで最も女装の映える男と名高い、残念な隠れイケメン、ケーツー」


 秋色はうんうんと頷く。


「いや今は二番目に、だね。今やNO・1の座は留学生の双子の片割れに取られたwww」


「……誰?」


「ソージーのチームにいる銀髪くんだよ。てかウチのクラスじゃんww」


「……?」


「さてww早いとこ制服戻してこなきゃwwバレたら委員長とサッシーに殺されるww」


「……何故わざわざハイリスクな制服をチョイスするのだ、お前は」


「アッキーこそ、何でこんなハイリスクなことしてまで勝とうとしてんの? あんまりこういうのに執着するタイプでもないと思ってたけど?」


 ケーツーが珍しくニヤけずに質問してくる。


「……お前には、話してもいいかもな。俺の戦う理由と、目的を」


 少し悩んだが、ことコレ関係に関しては同志と言ってしまっていい程に多大な理解を持つケーツーならばと、秋色は口を開いた。






「えー、3―B『TSUNAMI』はこないみたいなので、2―E『勝汁ひゃくぱぁっセント』の不戦勝です!」


「マジかYO! やったZE!」


「……しかし、もう二限目の時間なのに、一体どうしたというのでしょう、少尉?」


「……多分食べモノにでも当たって、トイレで『TSUNAMI』起こしてんじゃないか?」


「ダレウマwww」


「……?」


「とにかく! コレで二回戦突破だ!」






 その後も傍若無人かつ放埓極まりない勝汁ひゃくぱぁっ☆セントのはた迷惑な快進撃は続く。


「きぃぃぇぇええやぁぁああっ!!」


「ひぃいっ!」


「こ、コラー! バットをピッチャーに投げるなっ!」


 悪辣打法を続けるバッター、ケーツーの下へ審判の体育教師が慌てて駆け寄ってくるが、その間にするりと秋色が入る。


「わざとじゃないですよ、緊張してるんですよ。俺達緊張すると手に汗かくんですよ」


「そうそうwww」


「いやだって今、ハンマー投げの選手みたいな雄叫び上げてたじゃないか」


「球速があまりに速くて力んじゃったんですよ。もうちょっと遅ければ問題ありません」


 作戦を指示した張本人がしゃあしゃあと言ってのけた。


 既に使い古された喧嘩野球殺法だが、気弱な一年生チームである相手には効果覿面のようだ。


「そうそうwww」


「何がそうそうだ! 今度やったら没収試合に――」


「いいんですか先生?」


 体育教師の言葉を遮った秋色の瞳が怪しく光る。


「な、何がだ?」


「……バラしますよ?」


「な……何をだ!?」


「……いいんですか? こんなところで言ってしまって」


「きょ、教師を脅す気か……!?」


「いえいえとんでもない。友好な関係を築きたいだけですよ」


「ふざけるな! 聖職者がそんな根も葉もないハッタリに屈してたまるか!」


「そうですか、すばらしい。では放送室にいる友人に電話を一本――」


「プレイボール! 緊張しちゃったんじゃしょうがないな、うん!」


「……ありがとうございます」


『ええぇっ!?』という相手チームの抗議じみた悲鳴を完全に無視して、秋色はほくそ笑んだ。


 ちなみに、放送室に友人などいない。本当に根も葉もないハッタリである。


 押しに弱いこの体育教師が叩けば埃の出る身ならばと、試しに言ってみただけの作戦である。


 教師までも敵に回してしまうかもしれないリスクを背負ったが、おっぱいには変えられないのだ!


 だが、コレが通ってしまったからには、もう相手チームの気弱な一年生はスローボールで勝負するより他なかった。


 何せ速球を投げる度に、審判黙認のバットが飛んでくるのだから。







「もう自分は限界でありますっ!」


 昼休みになって、軍曹が異議の声を上げた。


「何だ軍曹! 上官に楯突くとは、貴様、軍法会議が怖くないのか!」


「知ったことか! 既に戦友ハギワラは度重なる酷使によりゾンビ状態なんだ!」


「あー……あー……」


 虚ろな目をして涎を垂れ流した萩原が半開きの口から呻き声を上げる。


「うーんwww正に生ける屍wwwかゆいうま状態www」


「オギワラは自らこうなる道を望んだんだ。んん? どうしたオギワラぁ?」


「あー……あぁー……」


「ふんふん、ナルホド。彼は『僕は大丈夫です。リーダーがゾンビになれと言えばなり、ダッチワイフになれと言えばなります。みんなもがんばろう!』と言っているぞ!」


「いや嘘吐けYO! 明らかにそんな長くねーだRO!」


「とにかく! コレ以上こんな真似を続けるなら、貴方にはついていけません!」


 そう叫ぶ軍曹。チームの内何人かは彼と同意見らしく、非難の目を向けてきている。


「まあやり方はともかく、秋も勝つ為に必死だったんだって」


 賢が弁護してくれるが、効果の程は怪しいモノだ。


「ああ、今後もついてくるのなら、勝利を贈ることだけは約束してやろう」


「ソレで俺達全員ゾンビにする気かYO!」


「そーだそーだ!」


「落ち着けって!」


「指揮官たる者もっと分別を――」


「あー! あぁー!」


「やっかましゃああぁぁああっ! 黙れええぇぇい!!」


 そう一際でかい声で叫んだのは、誰あろうケーツーだった。皆が驚きに言葉を呑む。


「コレ以上発情したメス犬みたいな耳障りな声を撒き散らすのなら、夕べ両親の寝室で見つけたバ◯ブをア◯ルにネジ込んで強で可動させるぞ! 大ダメージだぞ!」


「…………」


「…………」


『…………』


 ……いや、どっちかと言うと大ダメージなのは、息子の級友にそんなことを公表されてしまったお前の両親なのでは……と誰もが思ったが、雰囲気に気圧されそんなことは言えなかった。


「アッキー、かくなる上は、正直に戦う理由を教えてやるべきなんじゃないかな?」


「いや、しかし……」


「大丈夫だよ。個人的に聞こえるけど、そこには男子高校生の叫びとも言える願いが詰まっている。僕もソレを聞いてやる気になったんだからね。みんなにもきっと届くさ」


 逡巡する秋色を安心させるように、ケーツーはにっこりと微笑んだ。


「戦う……理由?」


 軍曹がぽつりと呟き、こちらに不思議そうな視線を送ってきている。


 見ればチーム全員が、賢すらも促すような目でこちらを見ていた。


「……俺は」


 覚悟を決め、秋色は大きく息を吸い込んでから、言葉を紡ぎ出した。


「俺は……漢になりたい」


「……おとこ?」


「ああ……お前達、みんな今は童貞だが、いつかは脱出できるだろう、なんて考えてないか?」


「そ、ソリャいつかは――」


「無理だよ。このままじゃな。何故ならここにいるチームβの俺達には、異性から愛されるような才能も、異性に声を掛ける勇気も、ギャルゲーの主人公のような何故か異性が向こう側から寄ってくるような運もないんだから」


「そ――」


「だから! 俺達がそうなるには、愛されるには、勇気を手に入れるには! まず俺達自身が変わらなくてはならない! 俺達自身が自分に自信を持たなくてはならない!」


「…………」


「俺にも、この人と添い遂げたいっていう、大切な人がいる……この人に相応しい男になりたいっていう、最愛の人がいる!」


「……少尉殿」


「……秋」


「だから俺は戦うんだ。だから俺は勝ちたいんだ! 今まで、そ知らぬ顔でただ流されていた自分と、決別する為に!」


「…………」


 ソレだけ叫んだあとで、暑苦しく語ってしまったことへの羞恥心が襲ってくる。


「だから……俺にもうついてこれないと言うならソレでもいい。だけど、今日だけは――」


 秋色は荒い息を吐きながら、俯いていた視線を怖々と上げた。


「何やってんだよ秋、早く来いよ」


「リーダーがいねーとしまらねーZE」


「存分に檄を飛ばしてください、司令官殿!」


「うwwwはwwwみwwwなwwwぎwwwっwwwてwwwきwwwた」


「あー……! あぁー……!」


「……!」


 そこには、あと一人で完成する円陣を作ったチームメイト達がいた。


「お前ら……。よし、絶対に優勝するぞ、覚悟はいいな!」


『押忍!』


 円陣に加わり、秋色は叫んだ。


「チーム! 勝汁!」


『ひゃくぱぁっ☆セント!!』






「死ねYAぁぁああっっ!!」


「ぎゃあああ!」


「コラー! バットを投げるなー!」


「違いますよ、わざとじゃないですよ。すっぽ抜けたんですよ」


「そうそうww」


「いや、今『死ねやー』って叫んでなかった!?」


 そんなワケで、心が一つになったチーム勝汁ひゃくぱぁっセントは、以前にも増してえげつ極まりない戦い方で、順調に決勝へと駒を進ませるのだった。


 一方、そんな秋色達とは対照的に、クリーンな野球で相手チームを圧倒するチームがあった。宗二の属するチームα、『バリ固、油少な麺ズ』である。


「キャー! 宗二くーん!」


「エルクくーん! かっこいー!」


「あのっ! タオル使ってくださいっ!」


 イケメンチームお決まりのオプションのように黄色い声を上げる女生徒達。


「おいおいおいおいおい、何だこの青春臭さは」


「リア充の群れwwwテロ起こしてぇwww」


「大丈夫なのKA? こいつら敵に回しTE」


「敵は正統派故につけ入る隙も見当たらないかと……!」


「あぁー……」


「ふん、ビビるなお前達。俺達が勝てばあの頭の軽い女共はみんなこっちのモンだ」


「だ、だよな!」


「うはwwみwwなwwぎwwっwwてwwきwwた」


 常識で考えればそんなはずがないのだが、既に悪質な集団催眠に掛かっているチーム勝汁ひゃくぱぁっセントの面々は、教祖秋色の言葉を信じて疑わなかった。


「ゲームセット! 5―0でバリ固、油少な麺ズの勝ち!」


『キャー!』


 試合終了のコールが告げられ、ビジュアル系ライブの失神者予備軍の如き女生徒達は歓喜の声を上げた。


「おー、秋に賢。応援しにきてくれたのか?」


 モーゼの如く女生徒の人海を割り、キラキラ汗を爽やかに輝かせながら宗二が近寄ってくる。


「寝言は寝て言えボケ。決勝戦の相手の敵情視察だよ」


「えっ!? もしかして決勝の相手ってお前らなの!? 一体どんな魔法使ったんだ!?」


 宗二が本気で驚いた顔で言う。


 本人に悪気はないのだが、ソレが秋色の目には自分達が眼中にないことをアピールしているのだと映った。


「楽勝だっつーの。オメーらの弱点もバッチリ観察できたしな。最早見えたな次の勝負」


「だははは! 無理すんなって! ここまできただけで大健闘だろ。決勝戦の両チームがウチのクラスだなんて、すごいことじゃねーか!」


 あくまでも余裕の宗二。


 自分達が負けるなんて微塵も思っていない面持ちだ。ソレがイチイチ秋色の勘に障った。


「……はっ。そうやって余裕こいてな。そのニヤけ面が惨敗を喫したあとにどう歪むのか、今から楽しみだぜ」


 精一杯憎たらしく言ってやった。さすがに宗二もカチンときたようで、


「おいおい秋。何アツくなってんだよ。どうせ勝つのは俺達なんだから、お前らの運もここまでだよ。魔法もネタ切れだ。『MPが足りない!』って言うんだっけ?」


「……なめんなよ。俺達はマジで優勝狙ってるんだ。女をデートに誘う為に頑張っちゃってるナンパ野郎に負けるかよ」


 自分のことを棚に上げまくって秋色は不敵に言った。


 二人の背後に炎が揺らめく。


「あっ! 魔法で思い出した。秋、どうしても俺達に勝ちたいんならドラゴ●ボールでも集めてみたらどうだ? 何でも七つ集めると願いが叶うらしいぜ。ソレが一番……現実的だろ」


「はっはっはっは!」


「あっはっはっは!」


 二人は朗らかに笑った。だが、その胸中にはドス黒い炎が燃え盛っていた。

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