ゲス共の戦場~球技大会編~④

 そしてあっと言う間に球技大会当日がきてしまった。


 全校生徒が参加している為、イニングは五回まで、試合開始までに人数が揃ってない場合は試合放棄とみなし不戦敗、とかなりサクサク進めるシステムを取っているらしい。


 そして朝の九時から野球なんてやってられっかよ、といった生徒が大半らしく、所々で不戦決着が発生している。


「コレ、俺達一回戦不戦勝なんじゃね?」


 隣に立った賢が呟く。


 そう、一回戦目の相手チームの三年生達がまだ揃ってないのだ。


「えー、3―D『喧嘩上等』はメンバーが揃ってないようなので、不戦敗と……」


 審判を務める体育教師がこちらの不戦勝を宣言しようとする。


「よしゃ。もらった! ソレにしても『喧嘩上等』って……」


「ワロスwww」


「そういやケーツー。俺達のチーム名、結局いいのが浮かばなかったから体育委員のお前に任せちまったけど、どうなった?」


「カwwwンwwwペwwwキwww『絶対勝つ』って意味を込めたチーム名、ちゃんとでき上がってるおww」


 秋色達がそう小声で話していたら、突然相手チームから異を唱える声が上がった。


「ちょっと待ってくれよ! ぜってーもう少しでメンバー揃うからさ、待ってくれよ! せっかく一限目からきたのにこんなのやってらんねーよ!」


「いやそうは言うがな……」


「頼むよ先生よぉ! コレで負け扱いだったら俺ら何すっか分かんねーよ?」


 なおも相手チームは食い下がる。


(自分らが揃ってねーの棚に上げて何か言ってんぞ。文句あんならちゃんと集まっとけよ)


(激しく同意。こっちもねみーの我慢してんだから)


(必www死www乙www)


「じゃあ揃うまで俺ら六人でやるからよ! ソレならいいだろ!?」


(いやいいワケねーだろ。なんでお前らがキレてんだ)


(譲ってやるよ的な?)


(逆wwwギレwww乙www)


「なあ、頼むよ先生。こんなんで負けにしたなんて、あとからきた三山くんが知ったら、何されっか分かんねーよ? 多分すぐくるからさ」


「う、うーん、ソレならいいか……」


「えぇっ!? 一回戦目から公言したルール無視!?」


「おいおい、俺らの勝ちだろっ!?」


「あぁんっ!? 黙ってろ二年! 俺らがいいって言ってんだろ!?」


「……今日はいい天気だな。正に五月晴れってヤツか」


「……野球日和だな」


 抗議するも、相手チームの恫喝で即背中を向け空を仰ぐ秋色と賢。


 宗二のいないこいつらなど、こんなモンである。


「つーか、マジスか先生?」


「……うん。ごめんなお前達。先生あいつら怖いんだ」


「ちょwww素www直www」


「ではコレより3―D『喧嘩上等』対2―E『勝汁かじゅうひゃくぱぁっ☆セント』の試合を始めます!」


 審判のその言葉を聞いた瞬間、ケーツーを除いたチーム全員がズドドド! とコケた。


「ケーツー! 何だこのチーム名はっ!」


「イケてるっしょwww神が舞い降りたwww」


「何だこいつらのチーム名! 何考えてんだ!?」


「ぎゃはははは!」


 よりによって『喧嘩上等』に爆笑されてしまった『勝汁ひゃくぱぁっ☆セント』であった。






「いいかオメーら、ゼッテーぶっ殺すぞ」


 自軍のベンチ前、秋色は円陣の中心で低い声で言う。


「おう」


「ういwww」


「おうYO」


「了解であります」


 しかしここで不安気な声を上げるメンバーが一人いた。


「でもよ。向こうのまだきてない先輩ってマジでこえーんだよ。俺同じ部活だから――」


「案ずるなオギワラ。我に秘策あり」


「萩原だよ! 秘策って何だよ?」


「相手チームが喧嘩っ早いならソレを利用させてもらうまでだ。とりあえず一点取れオメーら」


「作戦が曖昧だぞオメー」


「問題ない。六人しかいないなら外野に飛ばせばランニングホームランだ」






 そうして試合が始まった。一番のケーツーはあっさり三振し、二番のアンディも凡打アウト。


「役に立ちゃしねえ」


「フヒヒwwwサーセンwww」


「お前が打ってみろYO!」


「アホ。俺は頭脳労働者なんだよ。だから九番なの。賢、打てよ」


「おう!」


 元気良く返事して打席に向かう賢。その時だった。


「みんな頑張れー! 賢ぃ、打ちなさいよ!」


 声のした方を見てみれば、体操服姿の委員長が立っていた。


「な、何しにきたんだよオメーは!」


「何よ、わたしらの試合まで時間があるから応援にきてやったんじゃない!」


「……委員長、他の女子は?」


「みんなAチームの試合見に行っちゃったよ」


「宗二め……許さん」


「頑張れー賢!」


「うるせ! どっか行け!」


「……アツアツだNA」


「リア充www爆発しろwww」


「打たねーと殺すぞ賢! 打っても殺すけど!」


「何でっ!?」


 アホな会話もそこそこに、賢はピッチャーの放った球を見事に捉えた。ソレも作戦通り、外野へのヒットだ。


「おっしゃぁ!」


「きゃあ! やったあ!」


 賢と、委員長の黄色い声が上がる。


「おお! やったぜ賢! 委員長! 何かご褒美やってくれ!」


「そそwwご褒美に委員長の太もものwwちょっと柔らかいところww甘噛み希望ww」


「……は?」


「黙れケーツー! 殺すぞ変態が!」


 ベースを回りながらの賢の怒鳴り声が聞こえてくる。


「でも想像してみてよサッシー! いつも真面目な委員長が『恥ずかしいけど約束だから』って甘噛みさせてくれるんだよ!? 恥ずかしさと悔しさのない交ぜになった表情を一瞬歪ませて彼女は呻くんだ!『んっ……!』って! やべwww興奮してきたwww」


「ちょ、ちょっと! 何言ってんのよ変態!」


「黙ってろテメー! そっち戻ったらゼッテー殺す!」


「賢! あんたも前屈みになってないでちゃんと走りなさいよ!」


「無茶言うな!」


 ……ケーツーは悪い意味で、このクラスで一番早く新聞に載るかもな……


 などと、秋色は青い空を見上げながら一人物思いに耽っていた。






「とにかくwww無事に一点取りましたずぇwwwリーダーwww」


「お前は無事じゃないけどな」


 片方の頬に平手打ちの痕、もう片側に拳の痕をつけたケーツーが笑みを浮かべる。


 委員長はケーツーに一発入れたあと、既に体育館へと姿を消してしまった。


「つーか辛くもセーフだったから良かったけど、アウトになってたら俺がもう一発ブチ込んでたよ」


「もう向こうのメンバー揃っちまったしNA」


 そう、相手チームの言っていた通り、遅れていたメンバーが到着してしまったのである。


 コレだと良く訓練された猿よりも劣る『勝汁ひゃくぱぁっ☆セント』の力では今から追加点を取るのは不可能とまでは言えなくも、難しい。


「で、秘策って何だよ? 早く教えろ。どうせ軍曹すぐアウトになんぞ。虚弱だから」


「うむ。じゃ、ピッチャーのオギワラに秘策を授ける」


「え、俺?」


「そうだ。聞き漏れてきた情報によると、相手チームの一番バッターは遅れてきた三山とかいうアウトローらしい」


「そうだよ。あの人マジでおっかねーんだぜ。喧嘩っ早いのなんの」


「よし。まず、初っ端からその先輩に当てろ。怒りと哀しみのデッドボール作戦だ」


「え」


「で、すんませ~んプスス、って頭を下げつつもニヤニヤしてろ。コレで完璧だ」


「ヤダよそんなの! 乱闘になるって!」


「だからいんじゃん。無抵抗主義を貫け。コレで没収試合、試合放棄扱いで俺らの勝ちだ」


「ふざけんな! 殺されちまうよ! 無理だって!」


「できるできないは聞いてない。『やれ』と言ってるんだ」


「やだ! お前をぶっ飛ばしてでも俺はやらん!」


「……オギワラくん? キミ、妹いるよね? まだ中学生になり立ての」


「……は?」


 突然声のトーンを変えた秋色に、猛抗議していた萩原は唖然としてしまう。


「コレは例え話なんだが、もしキミの妹がキミの鞄からはみ出した女子の体操服や下着を見たらどう思うかな?」


「お、おま、脅す気か……?」


「今あの先輩に殴り殺されるのと、社会的に抹殺されるのとどっちがいい?」


「お前は鬼か!」


 そう言って萩原が秋色に掴み掛る。


「こいつ……鬼だ」


「……鬼DA」


「……鬼だwww」


「申し訳ありません少尉! 凡退してしまいました!」


 ちょうどその時、軍曹が言葉通り申し訳なさそうな顔で戻ってきた。


「ご苦労軍曹! さあ守備だ、守るぞ! ……色んなモノを、な」


 そう言って秋色はチラっと萩原の方を見てニヤリと笑みを浮かべた。






「おお、萩原じゃねーか。どうすりゃいいか、分かってんだろうな?」


 一番バッターの三山とかいう打者が、ニヤリと笑って言う。


「……はい。決めました」


 そう言って萩原は両腕を振りかぶり、初球を放った。


「いって!! 萩原テメー!」


 殺気づく三山氏。作戦通りのデッドボールを放った萩原は、引きつった笑みを浮かべる。


「あ、すんまっせ~んプススっ!」


「……殺すっ!!」


「うおぉぉっっ妹よ!! 兄ちゃんは勇敢に戦ったぞおぉぉっ!!」


 ソレが彼の断末魔だった。


 解き放たれた猛獣のように、ピッチャーマウンドに突っ込んで行く三山氏。


「う~ん。計画通りだ」


「さすがアッキーwww悪知恵パネエwww」


 ライトの秋色とセンターのケーツーはうんうんと作戦の成就を確認しあった。


「ソレだけ本気だということだよ……ただ一つ、誤算があるとすれば」


「すれば?」


「血気盛んな相手チームの他メンバーが、こっちにも向かってきてることかな」


「ちょwww笑えないwww」


「笑ってんじゃねーか」






「おし! 一回戦突破!」


 顔にいくつかの痣をつけながらも快活に秋色が叫ぶ。他のメンバーも似たり寄ったりだ。


 秋色の計画通り、相手チームは試合放棄扱いとなり、無抵抗主義を貫いたチーム勝汁ひゃくぱぁっ☆セントは次戦へと駒を進めた。


「しかし、ハギワラ氏が半死半生ですが……」


 軍曹の言葉通り、憐れ萩原はパンチドランカー状態だった。


 他にも例の三山氏に、『テメーが首謀者か、テメーのツラと名前は覚えたぞ』などと言われるなどのリスクを背負ってしまったが、おっぱいには変えられない。


「アレは尊い犠牲だ。彼の死に報いる為にもこの作戦、成就させねばな」


 しゃあしゃあと秋色は言ってのけた。


「あ、でも人数ギリギリだから試合には出てもらうけど」


「鬼だwww」


「しかし少尉殿、コレではあまりに……」


 人の不幸を笑うゲス共の会話に軍曹が異議を申し立てた。


「何だ。じゃあ他にどうやって勝つと言うのだ。貴様に代案があるのか軍曹?」


「いえ……しかし」


「ならば黙っていろ。そもそも上官に意見するなど十年早い。雄雄しく戦って散る正義などナンセンスだ。草を食んででも泥水を啜ってでも我々は進む」


「…………」


「何だその目は! 貴様らは司令官の言うことに従っていればいいのだ! 俺が『民間人を射殺せよ』と言えばその通りにし、『捕虜をファックしろ』と言えば従え!」


「あ、あなたは……!」


「キミに状況を好転させる力があれば楽なのだがね。話は以上だ。次の戦いに備えろ」


「…………」


 そう言って秋色は背を向けた。


「お前ノリノリじゃねーか」


「……ノリノリかも。最初はあいつにつき合ってテンション合わせてるだけだったけど」


 賢の言葉に、秋色は満足気に頷いた。

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