第十九話
「らぁっ!!」
「……っ!」
やべっ、と頭の中で鳴る警鐘に反応して俺は後方へと飛び退こうとした。
だがその途中、追い縋って来た拳に半ば当たり損ねとはいえ顔面を打ち抜かれ、俺の身体は最初に立っていた位置を追い越し、まひるよりも後方へと弾き飛ばされた。伊達メガネもスっ飛んでいく。
「秋にぃっ!」
《アキーロ!》
二人の悲鳴に応えるつもりは微塵もなかったが、俺は即座に立ち上がった。
……本当のことを言おう。勢いが付き過ぎてて、偶然地面で一回転したにすぎない。
いや、ソレより。
……こんな、こんなにまで違うのかよ……! 前にケンカした賢とは、体格も、体捌きも、与えてくる痛みも、何もかも違い過ぎるだろ……。
「……!」
汗か? ヨダレか? 頬に液体の感触を覚えて、俺は手の甲でソレを拭った。そして視界に入る赤。俺の手の甲は血に染まっていた。汗でもヨダレでもなく、血だったんだ。
「謝るなら早いウチにしとけよ。病院のベッドで後悔してもおせーぞ」
そう言う三山の方を見てみると、さっき俺を殴ったのであろう右拳が俺の血で真っ赤になっていた。
おいおい。あんな当たり損ねでここまで血が出るのかよ。ここまで痛えのかよ。
……マジかよ。どうすりゃいいんだ?
俺はビビッてる。たった一発でビビらされている。
正直おっかない。逃げてしまいたい。
まひるにも、リライにも、ヤツの妹にも、そんな情けない姿は見られたくない。
でも、でも……こんなヤツに、勝てるワケないじゃないか……。
「今更ビビってんじゃねーぞ!」
三山が突っ込んで来る。どうする。どうする!?
避ける……避け切れるモンなのか?
逃げる……逃げ切れるモンなのか?
受ける……受け切れるモンなのかよ!
カウンター……あり得ない!!
「……っ!」
結局俺は反射的に腕で目の前を覆った。
ソレはガードというより、視界に映る脅威から隠れたいが為の拒否反応に近かった。
「……ぐぅっ!」
当然そんなお粗末な方法では何の解決にもならない。
「ぐ……ぁ!」
好きな様に殴られ、蹴られた。
「オラ最初の勢いはどーしたんだよ! 謝らせてみろよ!」
「秋にぃ! もう、もういいから!」
《アキーロ! 生きてますですか!? このままぢゃマヂで死ぬですよ!》
もうワケが分からない。
ドレが誰の声だかまるで分からない。
口の中は鉄の味で一杯だ。視界も真っ赤で役に立たない。もしかしたら涙も混じってるのかも。
「……口程にもない、てのはこいつのことをいうんじゃねーか?」
頭上から三山の声がした。気づいたら目の前には地面がある。
俺はいつの間に倒れたんだろう?
一度倒れたらもう立てないと思って耐えていたのに……。
いや……仮に耐えれたとして、どうするんだ俺は?
殴られる時間と回数が増えるだけじゃないか?
耐えることで、誰かに伝えられる何かがあるとでも言うのか?
誰かって誰だ。何かって何だ。
俺がそう思って首だけもたげ視線を上げると、ゴツイ男の背中が小さな女の子に近寄っていくのが見えた。
「ひでー従妹だな。お前が自分の非を認めないからあいつあんなになっちまったぞ」
「…………」
「いい加減謝ってくれねーか? そうしたら収まるだろ。あいつも死なないで済むし」
「…………」
……まひる!
そうだ。まひるだ。あいつを救わなきゃならなかったんだ俺は。
――どうやって?
……知るか。あいつに教えてやりたいことがあったんだ俺は。
――何を? 耐え忍ぶことで世の中にはどうしようもないことがあるって?
……黙ってろてめぇは。いいから立て、立ってあの無防備な背中に今度こそ……
――そっちこそもう少し黙ってれば、終わるわよ? 彼女が謝ってくれる。
……ふざけんな! なんで間違ってないあいつが謝らなきゃなんねぇんだよ!
「……ぁ」
……なんで声出ねぇんだよ! 何で足に力入んねぇんだよ! コレじゃダサ過ぎんぞ!
――何を今更。
「……まひ、る」
ぎゅ、と唇を引き締めたまひると目が合った。目には涙が溜まっていて、身体は震えてる。
……声出ろよ! 謝るな、って叫ばせろよ!
――いい加減にしなさい。本当に死ぬわよ?
……このままじゃまひるが死ぬんだよ! 今じゃなくても、いつか、人を信じられなくなったあいつが、誰かを、自分を、人生を殺しちまうんだよ! 終わっちまうんだよ!
……つーか、誰だ? 俺は誰と会話しているんだ? リライか?
俺は薄れゆく意識の中でそんなことを思っていた。視界が暗くなっていく。
「あ――」
「…………」
「――謝らないよ。まひる」
「……!」
「……まひるは、間違ってないモン」
……まひる!
俺はいつの間にか下げていた視線を再度がばっと上げ、まひるを見た。
そこには、精一杯溢れそうな涙を堪え、震える身体を支えている少女がいた。
「てめぇいい加減に……!」
「殴りたいなら殴れば!? まひるは絶対謝らない! でももう秋にぃには手を出さないで!」
そう言った少女に向かって、ゆっくりと腕を振りかぶる三山。
……何を、何をやってんだよお前はっ!
ソレはまひるにでも、その正面のゴリラにでもなく、俺自身に対して思った言葉だった。
『守ってみせる……! 今度こそ……必ずっ!!』
……あの言葉は嘘かっ! 戸山秋色!
「……ぐっ!」
立て、今すぐ立ち上がって叫べ。『てめーの相手は俺だゴリラ!』って!
だが、爆発的に渦を巻く意志に反して、身体には力が入らない。
……なんで、なんでだよ! ここがカッコつけどころじゃなかったらどこかそうだっていうんだよ!
もう間に合わない。ヤツの振りかぶった腕がバックスイングを終え、まひるに襲い掛かる。
襲い掛かろうとした……その時だった。
『ちょっと待ったぁっ!!』
どこからともなく聞こえた声に、そこにいた全員が視線をやる。この声は……!
「……てめーらは、確かウチの学校の……」
「……宗二……賢」
そう、どうやって上ったのかは謎だが、公園に設置されたソレゾレのバスケットゴールの上に佇んでいたのは、俺の親友、井上宗二と、石田賢だった。
「俺か? 俺は……『南中の救世主』井上宗二!」
「同じく……『南中の狂犬』石田賢!」
「……あ?」
《……ふへ?》
『そして――!!』
コレでもかってくらいの登場を果たした二人が、同時にまひると三山の背後――即ち、いつの間にか立ち上がっていた俺へと指を差し、叫んだ。
全員の視線が俺へと集まる。
「俺が……『罪魂の救済者』……戸山秋色だ……お前の罪を……浄化してやる」
ふらふらの起き上がりこぼしみたいな状態でありながらも、俺は思い付きの大見得を切った。
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