第十六話
走る。
道行く人が奇異の目を向けてくるが、全く意に介さず、走る。
走る。
汗が止め処なく溢れてくるが、構わず、走る。
既に心臓がコレ以上はやめておけ、と警告を送ってきているが、厭わず、走る。
「ぅぅああああああああぁぁっ!!」
自分のリミッターを振り切る様に、俺は裏返り気味の声で叫んだ。端から見れば頭のおかしいヤツに見えるだろうが、構うモノか。
走る。走る。
既に呼吸は喘ぐ様に途切れ途切れで、許しを請う様に情けない音が混じっているが、ソレでも足を止めることは許されない。
やがて景色が流れる速度が落ち、足も思う様に回転しなくなってきたけど、ソレでも俺は滝の様な汗を流して、走る。
コレは罰だ。呆れる程に鈍感で、久し振りに会った現在でも、過去でも、俺にだけ送ってきていたサインに気づきもせずに『本当にあいつに問題なんてあるんだろうか?』なんて半信半疑で、リライの言う罪人候補があいつだということにすら懐疑的で、そのくせ『俺はあいつの言いたいことは大体目を見れば分かる』なんてどこかで自負していた愚か極まりない俺への。
俺がここで走っていたところで誰の為にもならない。
そんなことは分かってる。けど、今は他にどうしていいか分からなかった。足を止めたら、後悔の念に囚われ、まともな思考を失いそうだった。
「……っ!!」
小川に架かった丸太の橋を一足飛びに渡ろうとしたその時、俺はいつの間にか解けていた靴紐を踏みつけ、バランスを崩し、小川へと転がり落ちた。
伊達メガネが弾け飛ぶ。
「げ、ほっ! ごほっ……はぁ……はぁ」
転ばずともあと何分も走れなかっただろうが、図らずとも足を止めてしまった。さあ、自責の念と向き合う時だ。
「……は……はぁ」
頭から水を被って全身濡れネズミになった俺は、浅い小川の中に膝を付き、息を荒げた。
「……っ!!」
握り締めた拳に、力が込められていくのを抑え切れなかった。
ソレを水面に映った自身の顔に思い切り叩き付ける。
「何やってんだよおまえはぁっ!!」
元の時代で久し振りに会った変わり果てたまひるに対して、俺は驚き戸惑うばかりだった。
ソレでもあいつは俺に、かつての『自分に対していつも通りの俺』を求めてたんだ。わざと乱暴な言葉遣いをして、ソレを昔みたいに俺に咎めて欲しかったんだ。
「何が大体分かるだよ……何も分かってないじゃねぇかっ!」
こっちで出会ったまひるだって、確かに最初はツンケンしてたけど、俺の誘いや気持ちを蔑ろにする様なことはなかった。そして下手くそで不器用ながらも、俺に助けを求めていたじゃないか。
あいつは女としての自分を受け入れられないでいる。周囲の人間に期待するのをやめ、何より自分自身に期待するのをやめようとしてるんだ。少し前の、リライと出会う前の俺みたいに。
そして、ソレは全て昔の俺が何気なく言ったあの言葉のせいなんだ。
《あ、アキーロ! 大丈夫ですか? 落ち着くですよ!》
「……!」
……リライの声が聞こえた。もしかしたら先程からずっと声を掛けてきてたのかもしれない。
……そう。現在でも過去でも、今までの俺だったら、まひるのSOSに気づけなくても仕方ないさ。超能力者じゃあるめーし、と一笑に付したかもしれない。
だけど今の俺にソレは許されない。
何故なら今の俺には、リライと出会ったおかげで手に入れた力と責任がある。誰に強制されたワケでもないが、コレだけの力を持っていながら鈍感な為に人を救えなかった、ではお話にならない。三国一の大馬鹿者だ。
「……あぁ、落ち着いてる。大丈夫だ」
俺はそうリライに返事をして、小川の水に晒されていた伊達メガネを拾い上げた。
……そう、今の俺にはあいつを助けられるだけの力があるんだ。
「リライ……ありがとう」
《……ほへ?》
俺はリライのおかげで知ることができたんだ。自分を嫌いになったとしても、また好きになることができる。この世の中は、そこまで悪いモンばかりじゃないって。
だから今度は俺がソレをあいつに教えてやりたいんだ。コレはリライの手伝いでもあるが、例え誰に頼まれなくとも成就させたい俺の願望だ。
……そして、ソレは手遅れになってない。まだ間に合う。まだ叶えられるのだ。
俺はメガネを掛け直し、大きく息を吸い込み、今度は自分の意志でこの言葉を口にした。
「守ってみせる……! 今度こそ……必ずっ!!」
掛け直したメガネ越し、さらに濡れて視界を塞ぐ前髪越しに、俺は自分の拳が再び握り締められるのを確かに見た。
コレは俺の誓いだ。
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