第十三話

 こっちに戻って来て一週間が経った。


 夜には相変わらずまひるとキャッチボールをしている俺だが、新しい情報はコレといって掴めていない。


 正直袋小路に入ってしまった感がある。


 まひるに直接探りを入れても、本人が自殺等に至る様な問題を自覚してない可能性がある。


 そもそも本当にあのまひるが殺人や自殺なんてするのだろうか? リライには悪いが疑わしいモノだ。


 今のところ分かっているのはあいつが女である自分を受け入れていなかったことくらいだ。


 ソレが原因なのだろうか? 


 でも女である自分を否定したいのなら髪を伸ばしたりするだろうか? ただ切るのが面倒だったから、って理由にしては手入れが行き届いてる。


 そもそも一体、何故なにゆえに彼女は女である自分を、どこか受け入れがたく思っているのだろう? 


 そこが今回の件では重要なファクターな気がする。


 いずれにしても、このままじゃ埒が明かないと思った俺は、まひるの周辺、友達やクラスメイトなどの外堀から埋めていこうと考えた。


 いわゆるアレだ。『美女を射んとすればまずブスを射よ』というヤツだ。あ、違う。コレは合コンの時の教訓だ。行ったことないけど。


 俺が言いたかったのは『将を射んとすればまず馬を射よ』だ。


 今は放課後だ。待ち合わせているワケでもないが、まだまひると会う時間には早い。


 そんなワケで『放課後探偵・戸山秋色の事件簿』の始まりというヤツだ。


 燦々と燃える太陽が目に沁みるぜ。


 俺がハードボイルドな空気を醸し出してまひるの中学へと歩を進めたその時――


「あ、待って待って、一緒に帰ろっ?」

 

 ――と背中に声を掛けられて、振り返った俺の視界に映ったのは、銀髪の長い髪、下から覗きこむ様な碧い瞳。アルルこと、アルテマ・マテリアルその人だった。


「……ふへ?」


 予想外の言葉に俺は間抜けな顔で間抜けな声を上げてしまった。


 ソレもそうだろう。


 誰の目から見ても美人であると言って差し支えない妙齢の女子が、お近づきになる為一緒に帰りたがる数多の男子生徒の願いを蔑ろにして、俺に接近して来るなんて、おかしいではないか。


 俺の考えを裏付けるかのように、校門の影から、または通りすぎる際に何人もの男子生徒が妬みの視線を送ってきている。


「罰ゲームか? ソレとも賢の差し金か? カメラはどこだ?」


「えっ?」


 そんな声を上げた後、険しい表情で辺りを見渡す俺の視線を追う様に首を動かすアルル。


「……ふむ、辺りに怪しいヤツはいないな。で、何だって?」


 俺はまだ警戒を緩めずにアルルへと視線を戻し、質問した。


「だからぁ、一緒に帰ろ、って」


 そう言って彼女はニッコリと笑顔を咲かせた。


「…………」


 ……ハッキリ言って可愛い。こんな笑みと声でこんなことを言われたら、大抵の野郎は恋に落ちてしまうんじゃないだろうか?


「……悪いけど、俺、今から用事があるんだよ」


 だが俺はこう返した。正直、その他大勢の様に彼女に魅了されるのも悪くない。と、いうか、自然とそうなってしまいそうな勢いだったんだが……俺の中にあるこの娘への疑問と警戒心が何とかソレを防いでくれた。


「……用事? どんな?」


 アルルがその碧眼で俺を見上げたまま首を傾げる。やっぱりリライに似てるな、この娘。


「……調べモノ、かな」


「……じゃあ、手伝ってあげる! あたしも一緒に調べるっ!」


「え」


 またもや予想外だ。まさかこんなことを言い出すとは。


《アキーロ! 駄目ですよっ!》


「おわっ」


「?」


 いきなり頭の中にリライの声がして、俺は思わず声を上げてしまった。アルルが訝しげに先程とは逆方向に首を傾げる。


《この女とわ関わらねー方がいーですよ! 得体が知れねーですよ!》


 確かにリライの言う通りだ。俺の記憶にいない銀髪碧眼のクラスメイト。こんな娘がクラスにいたら絶対に忘れないだろう。


 さらにその記憶にないクラスメイトがリライにそっくりだなんて、何かの偶然とは思えない。


《早く断るですよ! アキーロ!》


「あー……」


「んー?」


「……何で、一緒に来たいの?」


 気づけば俺はリライの指示に反し、そう質問していた。仕方ないだろ? 得体が知れないのなら、そいつが何者なのか知りたくなるのは当然の精神活動だ。


 ソレにこいつは俺に敵対心は持ち合わせていないみたいだし、また何か含むところがあるのなら、泳がせてみるのも一計だ。


《アキーロのアホっ! ノーと言えねー男ですよ!》


 リライの野次が反響する。うるせ! 確かに俺は自分に好意的な人間に冷たくすることに胸が痛む人種だが、ソレとコレは関係ない!


 ……と、思う。多分。


 俺の質問に彼女は一瞬気恥ずかしそうに視線を逸らした後、照れ笑いを浮かべ、こう答えた。


「……何でって、あなたに興味があるの……佐山くん」


「……戸山です」


 ……読めん! 何者なんだこの女は? 普通興味ある男の名前を間違えるか?


「……悪いけど、一人でなきゃ難しい調べモノなんだ」


 先程より幾分か頭の冷えた (萎えたとも言う)俺は意を決して彼女の申し出に却下を下した。真面目な話、こんなキレイで目立つ娘を連れていたら聞き込みもできやしない。


「ええっ、あたしも行きたい! お願い、邪魔はしないから連れてって!」


 だが、彼女は思いの外、頑なだった。


「でも――」


「お願い! 一緒にいてくれるだけでいいから……駄目?」


 そう言って瞳を潤ませるアルル。一体何が彼女をここまで駆り立てるのだろうか?


「…………」


 ……で、どうする? ゲームだったらここで選択肢が出るんだろうな。セーブポイントだ。


 …………。


「……遠いよ?」


「大丈夫!」


「……電車乗るよ?」


「大丈夫!」


「……遅くなるよ?」


「大丈夫!」


「……暗くなるよ? 男と二人で出掛けるなんて何があるか分からないよ?」


「その時は逃げるっ!」


 ……大丈夫とは言わねんだ……。


「はぁ……分かったよ。でもなるべく目立たない様にしてること」


「……! ほ、本当!?」


 俺が頭を掻いて溜息を吐きながらそう言うと、彼女はぱあっと笑顔になった。


《あ、アキーロのドアホっ! ナル男っ!》


 再びリライの罵詈雑言が脳内で炸裂する。意味分かって言っとんのか!


「ホラ、早くしなきゃ時間がなくなっちまう。行こう。ソレとあとから文句は受け付けないぞ」


 俺は先んじて歩き出した。目指すはまひるの在学している中学校だ。


「あ、ありがとう……香山くん!」


「……戸山です」

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