第十二話
「うおっ!?」
目を開けると目の前に汗だくのリライがいる。その背景は見慣れた自室だった。
「……お腹、減ったですよ」
色濃い疲れの出た瞳で、リライが弱々しく言う。
リトライ時に俺の記憶を読み取り、過去へと今の俺の記憶を持ち越させるのは相当のエネルギーを消費するらしい。一時中断だな。
「休憩するか。メシにしよう」
俺はそう言って、密着していたリライから身体を離した……が、
「……アキーロ」
リライが俺の両手首を掴んで、碧い瞳を向けてきた。
「……ん?」
「マヒルわ……マヒルのことをマヒルって呼ぶですね」
「……そういや、昔からそうだな」
何なんだ? 質問の意図が分からん。
「リライも……リライのことリライって呼んだ方がいーですかね?」
「……へ?」
「そのほーが女の子らしーですかね?」
ますます意図が分からん。どういうこった?
「自分なんて呼び方……変ですかね?」
俺が訝しげな顔をしていると、リライがそう続ける。
「……いや、別に無理に変えないで、いいんじゃない?」
「……そう、ですか……」
「……どうしたんだリライ。誰かに何か言われたのか? ググリ先生とか」
俺がそう聞くと、リライはふるふると首を左右に振った。
「……自分、変ですよ。ユノやマヒルのこと、ずりーって思ってるですよ」
「え……なんで?」
「……分からねーです。アキーロが前にユノを死にそーになりながら助けた時や、今マヒルを助ける為に必死になってるのとか、ソーヂやサトシと楽しそーに話してるのとかを見ると、自分もそっちに……アキーロの記憶に一緒に行きたい、って思うですよ……変ですよ」
……もしかして、もしかすると、嫉妬……しているのか? ソレか寂しいのか?
「ソレで……アキーロのパパと一緒にだっはっはって笑って、ママの作ったご飯をみんなで食べて、アキーロと一緒に学校に行って……友達ができたら、アキーロを『リライのお兄ちゃんですよ』って……紹介したい、ですよ……」
パパ? ママ?
俺はリライの前で両親をそう呼んだことはないんだが、今のリライの言い方はそう呼び慣れているかの様に自然だった。……こいつにも、両親とかいるんだろうか?
「リライ……」
いや、いないはずだ。こいつには執行者として存在していることだけが全てで、ソレ以外の記憶や知識は一切ない、と本人が言っていた。
思えばリライは俺の仕事中は留守番ばかりしていて、友達も優乃先輩か猫くらいしかいない。俺は思った以上にこいつに孤独な思いをさせていたのかもしれない。
「アキーロ……もしリライがユノやマヒルみたいになってたら、あんな風に必死になって助けよーとしてくれますか?」
「…………」
……もちろん答えは決まっている。何と言って説明しようか。
「アキーロ……リライ、かわいーですか?」
「……うぇ?」
いきなり別の質問を投げ掛けられて、俺は間抜けな声を出した。
「かわいー、ですか?」
そう繰り返し、俺の手首を掴む手に力が込められる。一体どうしたというのだろうか?
「ユノわ自分のこと、かわいーって言ってたです。アキーロわどー思うですか?」
「……え、えぇ?」
「さっきマヒルにかわいーって言ってたですよ。前にもユノに好きだ、って……」
あ……ソレでか。こんな妙なことを言い出したのは。
「自分、アキーロと同調してるから、アキーロがホントにあの二人を大事に思ってるのが伝わってくるですよ。なのに、自分がこんな気分でいたらソレがアキーロに伝わっちまうですよ。アキーロが影響されちまうですよ……そんなの嫌ですよ!」
リライが瞳に涙を浮かべ、迫って来る。眉間には痛みに耐える様な深い皺が刻まれていた。
俺の意志は尊重したい。でも寂しくて嫉妬してしまう……か。
もしかしてもしかすると、コレは……甘えてるのか? 子供が親や兄弟にちゃんと愛されているか自信がなくて、ソレを確かめる様に。
「……バカだな」
「ふへ?」
一つずつ答えていくことにしよう。
「最初の質問だけど、リライは今の一人称でいいんじゃないかな?」
「……いちにんしょーって、何ですよ?」
この問答も久し振りだな。俺はかく、と首を小コケさせる。
「自分をどう呼ぶかってこと。リライはそのままでいいよ。もうその方がリライっぽい、って思うし」
「……ホントですか?」
「おう。ソレで二つ目の質問だけど……当たり前だ。リライに何かあったら、全力で助ける」
「…………」
「……優乃先輩を助けることができたのも、今まひるを助けに行くことができるのも、元を返せば全部お前のおかげなんだ。俺は本当に……本っっ当に、心からお前に感謝してるんだぞ」
……そう。お前は夢破れて平凡に生きるしかないのか、って思いかけていた俺に舞い降りた奇跡なんだよ。
恥ずかし気もなく言わせてもらうなら、人事も尽くさずに天命を待っていた俺に生きがいを与えてくれた天使なんだ。
「ソレに、お前はもう優乃先輩やまひるや、宗二達と同じで俺の身内なんだよ。優乃先輩に説明する時に言っただろ? お前は俺の妹だ……大切な、俺の家族だ」
「アキーロ……」
「だから、家族が困ってたら、助けるのが普通だろ?」
「……アキーロぉ……」
リライの両目から雫が溢れ出る。ホント、涙もろいヤツだ。
「ふっ……お腹減っただろ。メシにしよう」
「まーだーでーすー!」
そう言って再び両手に力を込めて、頬を膨らませながら、いい感じにまとめに入ってた俺の目を力強く見つめてくるリライ。
「リライ、かわいーですか?」
……ソレそんなに聞きたいのか? 正直逃がして欲しいんだが。
……ぢー。
……逃がして……くれないね。あぁテレくせー!
「り、リライは……か、かか、可愛いよ」
な……何なんだろーね。自分から言うのはともかく、言え! と催促されて言うのは恥ずかしいことこの上ない。ソレが本当に可愛いと思っているヤツだったならなおさらだ。
正直に言わせてもらうと、さっきまひるに言った時は内心『俺がそう思ってなかったら聞こえないだろうし、いいか』なんて思ってたんだよ。じゃなきゃ言えるか。童貞だぞ。俺は。
「どのくれーかわいーですか?」
……うぅ、ぐいぐい来るなぁ。
しかし恥ずかしくてもしっかりと愛情を注いで向き合うのが育児というヤツだ。コレは奇跡をくれたリライに対する恩返しでもある。妹を立派に育てるのは兄の義務なのだ。
「……猫くらい、可愛いよ」
……って、何言ってんだ俺は! 気恥ずかしさに勝ち切れなかった!
しくった、と俺は思ったが、言われた当のリライは、
「ホントですかっ!? 嘘ぢゃねーですか!?」
最上級だと言わんばかりに、顔をぱぁっと明るくさせた。
「う、嘘じゃねーですよ」
アリなんだ……。こいつ相当猫好きだな。
「アキーロが、そんなに自分のことかわいーと思ってるとわ知らなかったですよ……ぬふふ」
……喜色満面、というのはこういうのをいうんだろうね。
コレ以上なく上機嫌な顔で、ソレこそ猫の様に俺の膝に頭を乗せ、顔を擦り付けてくる。
「エサ……あ、いや、ご飯にしよーか」
「……ニャー」
何だかどっと疲れた俺がリライの頭を撫でながらそう言うと、リライは上機嫌に返事をした。
……ふう。人の気も知らないで気持ちよさそーにしやがって。でも、この姿は確かに可愛いと思うけどな。
「リライ……今度キャッチボールしようか。グラブ買ってくるからさ」
「するですよっ! 約束ですよ!」
「分かった。約束だ。ご飯、何がいい?」
「たまごかけご飯ですよ!」
「……はいはい」
「ニャー」
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