第二十二話
「……マジなんだな。秋?」
息を切らせながら賢が聞いてくる。俺達三人は体育館の舞台袖で小さな円陣を組んでる。
「大マジだ! 頼むぜ二人共!」
『……おし! 行くぞ!』
俺と宗二はギターを肩に掛けて走り出した。
『えーソレでは、演奏予定だった三年の久住さんは今日欠席されているということで――ぐわっ!』
「元気ですかー!!」
俺は進行役のマイクを奪い取り、アントニオ●木の如く叫んだ。体育館中がどよめく。
「えー、皆さんこんにちは! 突然ではありますが、一曲でいい! いやワンコーラスでもいい! 歌わせて下さい! 今からやる曲は、オリジナルなんですが、ずっとずっと、長いこと歌詞を完成させることができなくて、ついさっき出来上がったばかりの曲なんです! タイトルもさっき思いつきました!」
俺がそう言った時、入り口にマジギレしているジュンコ先生と、その手に先程弾け飛んだ俺の伊達メガネを握り締めている優乃先輩の姿が見えた。
……そう。この曲は、彼女への曲だったんだ。記憶を失っていた俺に、完成させられるはずのない曲だったんだ。
「何のつもりだ戸山っ!」
そう言って教師連中が俺達を引きずり下ろさんと迫ってくるが、想定内よぉっ! 袖も正面も俺プロデュースによる、賢を筆頭とした男子生徒達の壁に阻まれて近づけないでいる。
コレを仕込むのにコレクションのエロ本を、何冊か消費したくらいなんだ。頼むぜ野郎共!
そして宗二! お前から見れば、俺が実はギター弾けるのを隠してた様にしか見えなかっただろうに……文句一つ言わずに、自分自身でも何故未完成なのか分かっていなかった俺の下手な教え方なんかで、たった二日で覚えてくれてありがとう! やっぱお前は親友だよ。愛してんぜ!
さぁ、始めようか。こんな田舎の片隅の体育館のステージで行われる、戸山秋色の一世一代のワンマンライブを!!
「聴いて下さい! ライフ・ウィズ・ミー!」
俺はほんの数分前に名付けたばかりのタイトルを叫び、フォークギター部からパクってきたクラシックギターのナイロン弦をかき鳴らした。
コレがついさっき出来上がった歌詞……何年、何十年経っても中学生の、思春期のガキのまま、変わらない……恥ずかしいくらいに変わることのなかった彼女への真っ直ぐな思いを綴った歌詞だ。
僕はキミの涙を奪えたのかな?
そこに残る何かを刻めたのかな?
何もかもが 曖昧な世界で 忘れていたけれど
キミの声が くしゃくしゃの笑顔が 恋しい
そこに何も無くても それでもいい
キミが僕の隣で笑っていれば
愛も夢も涙も 分かち合いたい
それが 僕の見つけた 答えでした
以上の歌詞を、俺は何故か溢れそうになった涙と懸命に闘いながらも歌い上げた。
「ありがとうございました!」
汗だくの俺がそう言うと、予想以上の拍手が飛んできた。
「あの! どうしてもある人に伝えたいことがあって! もう少しだけ時間下さい!」
俺はマイクに叫ぶ。宗二がギターを放り出して教師達の阻止役に加わる。
「俺も人とは違う夢追っかけててさ、色々あって、ソレが叶わなくなっちゃったんだよね」
……見つけた! 人ごみの中に優乃先輩がいた!
俺は彼女を見ながら続ける。
「でもさ、叶わなかったけど、すげー悔しかったけど! 挑戦しないで後悔するよりよかったって、今なら思えるんだ! 他人と違うことしてたからってその分出遅れたなんて思っちゃいない! いや、事実出遅れてんだけど、俺は後悔はしてない!」
《アキーロ……》
「ソレにさ! 歌手とか役者になるとかだけが夢じゃないじゃん! もっと小さくてささやかな夢もあるんだよ! 例えば、俺は年上の彼女が出来たら、俺は年下のくせに彼女を呼び捨てにして、向こうには『秋くん』か『秋ちゃん』て呼んでもらいたい! でもコレって一人じゃ叶えられないじゃん!」
観衆から笑い声が漏れる。
「……だからさ、こういうのも誰かが手伝ってくれなきゃ叶わない夢の一つじゃん! ずっと生きてりゃこんな風にいくつも新しい夢が見つかるんだよ! 可能性は無限にあるんだ! だから、自分で諦めたり、可能性の芽を摘み取らないで欲しいんだ!」
「まだか秋!? もう限界だ!」
宗二の声が聞こえる。
「あと十秒でいい! 踏ん張ってくれ! ……確かにさ、生きてるとめっちゃくちゃ腹立つこととか、ホント死んじまおうかって思うくらいに辛いこととかあるよ! 自分なんて生きてても仕方ないんじゃないかって、大っ嫌いになっちまったりさ!」
俺がそう言ったところで、とうとう生徒達の壁が破られ、教師がこっちに走って来る。くそ、言えてあと一言ってとこか?
……そもそも言ったところで届いてるかも怪しい。
だって過去に来ている、今の俺の言葉は、俺自身がそう信じてないと相手に伝わらないのだから。
……でも! そんなこと! 考えてる場合じゃねぇ!
「けど、自分のことを嫌いになっていったんなら! 逆に好きにだってなっていけるはずなんだ! 俺だって自分のことなんて大っ嫌いだったけど! 今の俺は結構好きだっ!」
そこまで言ったところで、何本も伸びてきた教師の腕が、俺の髪やら服やらを掴んだ。マイクも遠ざけられる。
まだ言い足りねぇぞ! いいや! 肉声で伝えてやる!
「何だっていい! 他人に預けないで、自分で自分の生きる理由を見つけてくれよ! だって、だって……!」
俺は、無理矢理口を塞いできた教師の指に思いっきり噛み付く。
……まだ言い足りない! 伝えたりないんだ! 邪魔をするな!
一瞬だけ手が外れたその瞬間、俺は大きくを息を吸い込み、叫んだ。
「だって自分の人生の主人公は! 自分しかいないんだよっ!!」
言えたのはそこまでだった。あとは床に組み伏せられて、呻き声くらいしか出せやしない。
……先輩。
優乃先輩……
優乃先輩……!
届いてくれ。届いていてくれ。今だけでいいから。コレさえ出来ていれば、俺はどうなったって構わないから!
俺が何とか先輩の方を見ると、先輩は俯き、両手で俺の伊達メガネを握り締めながら身体を震わせていた。
やがて視線を上げた彼女の顔は、涙でぐしゃぐしゃになっていた。
そして――俺と目が合ったことに気づくと、一度だけ、ハッキリと――大きく頷いた。
と――
《――届いた! 届いたですよ! アキーロ!》
リライの涙交じりの声が聞こえる。
……あぁ。ああ! 届いた。届いたんだ!
「オラ! 主犯一、二、三! 指導室来い!」
襟首を掴まれ、屈強な教師達に連行されていく宗二と賢、そして俺。
「……キミもバカなことをしたな?」
俺を連行しているのは、原田だった。
……そーいや……まだあったなぁ。やること。
「……どっちがだよ」
「……何だって?」
「……先生、結婚するんだってね」
「ソレがどうした?」
「じゃあ……優乃先輩は俺がもらっていくぜ。このロリコン野郎」
「……!!」
襟を掴んでいた手が緩む。ここしかねぇ!
「そうだ! フォークギター部から借りてたコレ、返すぜ!」
俺は床に放置されてたクラシックギターを拾い上げ――
「極めて普通の! ギタぁぁあああ――っ!!」
――思いっきり原田の頭に振り下ろした。
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