第十八話
先程の様に変にリライに返事をして、奇妙に思われるのは上手くない。だから『うるさい黙れ』とすらリライに伝えられない俺。しかしそんなことはお構いなしに、
《うおー! 何ですかコレわ!? すげーうまそーですよ! たまごかけご飯とどっちがうめーですか!? ふおー!》
俺達の昼食を見て騒ぐリライ。
《うへー! 何ですかアレわ!? めっちゃキレーですよ! やべーですよ! どへー!》
ナイトパレードを見て騒ぎまくるリライ。
俺がこめかみをビキビキさせていると、
「すごい……綺麗だね」
隣でうっとりと目を輝かせる優乃先輩に気づいた。俺の手がきゅっと握られる。
とある言葉が頭の中を駆け抜けたが、コレは言えない! 何たって『二次元やドラマではよく使われるが、リアルで言われたら引く言葉ナンバー1』に違いない!
ソレに、万が一この言葉を口にしたとして、ソレが不自然にならない程の経験値が、童貞の僕にはありません!
でも、ホントに思ったんだ。『優乃先輩の方が綺麗です』……て、言えるか!
「……はい。すごく綺麗です」
だから俺はこう言った。そして手をぎゅっと握り返す。
「……!」
先輩が少し驚いた顔でこちらを見る。俺の声が真剣さを含んだモノだったからだろう。
俺も先輩を真っ直ぐ見る。その時、俺達の頭上で夜空に大きな花火が咲いた。
「……わぁ」
……何て可愛い『わぁ』なんだろう。色とりどりの花火が何発も空を染めていく。
「……先輩」
「……ん?」
……ここしか、ないよな。何より、この胸の中でどんどん大きくなっていく気持ちを、言葉にして吐き出さないと、パンクして身体が張り裂けてしまいそうだ。ホントだな宗二。コレが告白ってヤツなんだな。
「……俺」
「…………」
《うひゃー! アキーロ! アキーロ! 何ですかアレわ!? すげーですよ!》
「……んが」
「……んが?」
人生を決めたかもしれない告白なのに、リライのバカ騒ぎによって俺は文字通り閉口した。教習車の如く強制的にブレーキを踏まれた感じだ。
というか、俺はさっきまでの一瞬、リライの存在を忘れていた。そして思い出したからにはもう気になって仕方がない。
「……どうしたの?」
優乃先輩が怪訝そうな顔で尋ねてくる。
「……俺、今日先輩とここに来れてよかったです。すごい息抜きになりました。先輩は、どうでしたか? 俺、ちゃんとエスコート出来てましたか?」
俺はそう質問することにした。
「……うん! もちろん。すっごい息抜きになったよ。楽しかった! ……けど、『出来てましたか』って、まだエスコート終わってないよ? 『ウチに帰るまでがデート』だよ!」
「……あ、はい。そうですね!」
「よろしい。帰ろっ」
《ええっ!? 帰るですかぁ……?》
そう言って俺達はまだ手を繋いだまま、ネズミの王国を後にした。当然リライの文句は無視だ。答えようがない。
帰りの電車の中で、いつしか優乃先輩は俺の肩にもたれて眠ってしまった。きっと家でもギター練習に明け暮れ、疲れていたんだろう。ソレでも手は繋いだままだ。
「すー……すー……」
「…………」
考えない様にしていたけど、なんで優乃先輩はこんなに俺に優しいんだろう?
そして、なんでこんな風に手を繋いだり、もたれ掛かったまま、あどけない寝顔を見せてくれるんだろう。コレらが、どの程度だかは知らないが、気を許してくれている証拠だというのは分かる。では、何故……気を許してくれているんだ?
……出会った時、俺がフラれて泣いてたから?
「あ……」
……そうだ。優乃先輩は俺があの時失恋したのを知っているのだ。そんな俺が今、優乃先輩に好きだと言っても軽薄な男だと軽蔑されるんじゃないか?
車内アナウンスが、次の駅が俺達の降りる駅だと告げてくる。そして減速し、ガクっと揺れる車内。その振動で優乃先輩の瞼が一瞬震えた。
「ん……」
ゆっくりと開かれる瞳。眠り姫のお目覚めだ。カメラがあれば寝顔を撮っておきたかったとこだが、生憎、中二の俺は携帯なんぞ持っちゃいなかった。
もうすぐ駅に着いて、そこで別れて、また学校で文化祭まで屋上で二人で過ごして……
「……ん?」
彼女の視線が俺に定まる。意識がハッキリしたみたいだ。
そして、文化祭が終わって……話す機会が減って……やがて先輩は卒業してしまう……。
「……あ、あたし寝ちゃってた!? ごめんなさい。あっ! やだ。ヨダレ……ごめんなさい!」
気づけば俺の肩が円形に湿ってた。目覚めての突然の事態に、優乃先輩がわたわたする。
「……? 秋色、くん……?」
「……好きだ」
気がついたらそんな言葉が口をついて出ていた。
「……!」
「……好きです。優乃先輩」
今度は自分に確認するかの様に、ハッキリ自分の意思で、俺は真っ赤になって驚きに目を見開く優乃先輩に想いを告げた。
「あ……え、と」
「……あ、もう駅着いてますよ。降りないと」
そう言って俺は彼女の手を引いて電車を降りた。
「ホントに送っていかなくていいんですか?」
「……うん。迎えが来てくれるみたいだし」
「そうですか……じゃあ、ここで」
改札口を出た後、小さな駅前広場で俺達はそんな会話をしていた。
「あの、秋色く――」
「先輩を困らせるつもりはないんです」
「…………」
「正直、自分でもまだ早いかな、って思ったけど……文化祭が終わったら、先輩と話す機会も減って、先輩が卒業しちゃったら……離れ離れになっちゃうんだなーって……」
「…………」
「そう思ったら、急に焦っちゃって。あと……」
「……あと?」
「先輩の起きた時の反応が可愛過ぎて、気づいたら好きって言ってました」
「……う」
ぼん! と煙が出るんじゃないだろうか、と心配になる程彼女の顔が赤く染まっていく。
「……何か、先輩が俺のことで余裕なくしてるのって、ちょっと嬉しいかもです……でも、先輩が気まずくなっちゃって屋上での時間がぎこちなくなっちゃうのは嫌なんで、普通に接してくれると嬉しいです」
「……うん」
「……でも、俺本気ですからね。本気で優乃先輩が好きです」
「う、うん!」
またも頭からばふっ! と煙を吹きながらも、優乃先輩は大きく頷いた。
「じゃあ、コレ以上いると踏ん切りつかなくなるんで、そろそろ行きます」
「……あ」
「じゃあ、また屋上で!」
俺は優乃先輩にそう言って、自転車の停めてある方向に走り出した。
「う……うん! 学校で!」
優乃先輩もそう言って大きく手を振ってくれた。
「ふ~ん。ふふ~ん」
俺は鼻歌交じりに自転車を漕ぐ。安物のギアなしチャリなのにペダルが軽い軽い。
《……ご機嫌さんですねぇ》
「おー、リライか。いやー幸せだー。お前のおかげだぜ。ありがとな!」
《ぢゃあぢゃあ、今日アキーロが食べてたの、自分も食べてーですよ!》
「おーけーおーけー。連れてった時に食わせてやる」
《ゼッテーですね! 約束ですよ!》
「ああ、優乃先輩とうまくいくんならそんなの安いモンだ」
《……アキーロ》
「……どうした?」
《……自分、自分が最初アキーロにさっさと転生するよーに言った時、何でアキーロが怒ったかちょっと分かった気がするですよ》
「……そっか」
そう。俺が怒った理由、ソレはリライが苦痛の果てに肉体が朽ち果てることだけを死と認識していたからだった。
むしろソレは正確には死ではないとすら俺は思っている。その人が消えても、周囲の人間達の記憶の中に、その人が生み出した歌や感動の中に生きた証を残せれば、ソレはまだ生きていると言えるのではないか?
ソレらを初めからなかったかの様に奪うことに、リライが何も疑問を感じていなかったことに俺は腹を立てたのだ。
でも、本能的になのか、本当はこいつも分かっていたはずなんだ。
俺が一度ドアの外に追い出した時の涙と言葉が、そしてアスカちゃんにフラれ、宗二とも気まずくなった俺にリライが放ったあの言葉がソレを証明している。今の俺はソレに気づいているから、そんなに腹は立てていない。むしろ感謝しているくらいだ。
《でも、いーですか? アキーロ……ユノとうまくいったら、ますます次の人生に移るの、辛くなるんぢゃねーですか?》
「何だよ。お前がそうさせようとしてたくせに。その為に来たんだろ?」
《……ですね。……自分、よく分かんなくなってきたですよ。仕事なのにこんな気分になるなんて、やっぱり自分、失敗作なのかもしれねーです》
「ば、バーカ! 失敗作が人をこんなに幸せな気分に出来るかよ!」
俺は何故だか慌ててそう言った。
《アキーロ……》
「ソレを言うなら、二十五にもなって職も金も彼女もいない俺の方がよっぽど失敗作だっつーの! ソレに、そんな俺でも今お前のおかげでこんな幸せな気分になってるんだぞ!」
《…………》
「だから、自分を失敗作とか言うな。リライ」
《……はいですよ》
「ソレにだ! もし俺がこのまま優乃先輩と付き合ったら、俺は真面目に就職して結婚して幸せな家庭を築いて、自殺なんてのとは縁遠い人間になるかもしんねーぞ! そしたらお前も任務完了ではないか!」
《そんなうまくいくですか? またアスカん時みてーに泣きを見るんぢゃねーですか?》
「いくね! さすがに今回は手応えがある!」
《……まぁ、確かに今回わ自分の目から見ても何となく上手くいってる気がするですよ》
「そうだろそうだろ!」
そんな会話をしながら俺は帰路を急いだ。
休み明けの月曜日。優乃先輩は学校に来なかった。
次の日も、その次の日も来なかった。
このあと俺は、容赦ない現実に幻想をぶち壊され、打ちのめされることになるが、そんなことになるなんて、頭の中は幻想でいっぱいで、幸せに浸りまくって鼻歌なんて口ずさんでいたこの時の俺には、知る由もなかった。
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