第十三話
思うに、あの時の俺は浮かれていたんだろう。過去に戻ることが出来て、自分のことを好きだったって聞いていた、憧れの人に再び出会うことが出来て。
そして、その憧れの人の前で見事にカッコつけることに成功して。さらに言うなら、決して理解し合えないと思っていた賢と友達になれたことをそこに含めてもいい。
あと、一度しかないチャンスだと聞いて、少しばかり焦っていたのかもしれない。今度こそは、と必要以上に力んでいたんだろう。
だから、過去の記憶と目の前の彼女との、些細な違いに気づかなかったんだ。いや、気づきはしたけど、ソレが何故なのかまでは、考えが及ばなかった。
だというのに、このリトライをゲームに喩えたりして、本質的な意味で理解していなかったんだ。ノーコンティニュー=最初からとでも思っていたんだろうか。
いや、二周目だから、強くてニューゲームだから、コンティニューなんて必要ないと思っていたんだ。
「無理して送ってくれなくてもいいのに。家、逆方向でしょ」
俺の隣を歩く彼女が苦笑いをする。
「気にしなくていいよ。最近日が短いし、物騒じゃない。ほら、もう真っ暗だよ」
俺は彼女の歩幅に合わせながら、余裕のスマイルを浮かべた。
そう、放課後学校に残って文化祭の準備をしていたら、すっかり日が暮れてしまったのだ。そこで俺は、彼女を送って行くナイト役に立候補したというワケだ。
つい最近(元の時代の方ね)開かれた同窓会で会った彼女は、俺のことを好きだったと言ったが、正直彼女が俺のどこを好きになったのかさっぱり分からない。
今と違い、オシャレにも全く無頓着の上、この子の前に出るとまともに顔を見つめることも出来なかったし、アガってしまって面白い話題の一つも振ることが出来なかったのに。
……ソレでも、彼女と一番言葉を交わしたのは、この時間。つまり彼女を家までエスコートしてる時だったと思う。だから、この時に彼女は俺を好きになってくれたんだと思う。
……アレ? でもあの夢の舞台は屋上ではなかったか?
いや、アレは実際には意味のある啓示なのか、単なる俺の望む妄想かも分からんのだ。実際に記憶にあることの方が優先度は高い。
……でも、この時の俺が特別男らしかったかというとそうでもない。実を言うと、昔の俺はこのエスコート役を担っていた時も、『一人じゃ何を話していいか分からないから』と、無理矢理宗二に付き合ってもらっていた程の体たらくだった。
しかし今の俺は違う。何せ童貞とはいえ二十五年分の経験値があるんだから、一人でも中学生を退屈させないくらいの話題なら持ち合わせているさ。
しかし、本当に整った顔をしているな。俺以外にも彼女を好きな男が腐る程いるワケだよ。だから俺がこうやって抜け駆けして、彼女と二人きりで語らう時間を過ごしていると知れたら、俺を亡き者にせんとするライバル共は、枚挙にいとまがないと言えるだろう。俺の家に鈍器を持った男達が、
昔の俺はソレにビビっていたが、今の俺は一味違うぜ。そんな風に抜け駆けをするのはずるいと言う輩が出て来たら『しない方が悪い』と正論を叩きつけてやるさ。恋は戦争なのだ。コレは俺のジ・ハードなのだ!
今や恐れるモノはなし。『磐石』の二文字が相応しいと言えよう状態にもかかわらず、気になることが一つ。
……何だか、隣を歩くアスカちゃんが、元気がないような気がするのだ。
昔、宗二と一緒に送っていた時は、もっとハイテンションだった気がするんだが。アレか? 二人きりだからテレているのか?
会話をする時も、俺の顔を見ようとしないのだ。話題を振るのも殆ど俺からだし。
もしかして、俺のいた時代と、この時代じゃ、笑いのセンスが違うのかな。
「そう言えば、急にメガネする様になったね。目、悪かったの?」
彼女からそう話題を振ってきてくれ、俺は嬉しくなった。
「あ、コレ伊達なんだよ。オシャレだなって思ってさ。アスカちゃんこそ、髪切った?」
そう、あの夢の彼女はサラサラとしたロングヘアーだった。さすがに今の彼女の髪の長さから短期間でああなるとは思えないし、リライは彼女と付き合うならこの時期みたいなことを言っていた。つまりあの夢はこのリトライ以前の話で、アスカちゃんは髪を切ったばかりと考えるのが自然だ。
「え? 切ってないよ?」
しかし彼女は不思議そうにそう返してきた。
「へ? そうなの?」
どういうことだ? あの夢はもしかしてずっと以前の話だったのか?
「うん。ずーっと子供の頃に伸ばしたことはあったけど、中学入ってからはずっとこの長さだよ」
あ、あれぇ? どういうことよ、リライさんよ?
「の、伸ばしてみたら? 多分似合うと思うよ。今のも十分似合ってるけど」
残る可能性は、あの夢がもっと先の、俺と彼女が付き合ってからの青春の一ページだった、ということくらいだ。俺がここで伸ばすことをリクエストしたから、彼女はソレに応えた……うん。
でないと俺は、一体どうやってあのサラサラとした、癖一つない、腰まで伸びた髪に出会えるというのだ。
「あー、私って髪伸ばすと、癖っ毛になっちゃうんだよね。手入れも大変だし、肩くらいまでが限界かなぁ……」
「…………」
ど……どういうことだってばよ?
あの夢はもしかしてマジで俺のただの妄想なのか? 理想の彼女を脳内で作ってドキドキしてただけなのか? だったら喋れなかったり動けなかったり、彼女の名前はおろか顔すら知らないのは何故だ? ドMか俺は?
「そ、そうなんだ? つ、ついでに聞きたいんだけど、俺とアスカちゃんて、屋上で話したこととかってあったっけ?」
「……ないと思うけど。ソレにウチの学校て屋上鍵かかってるから入れないし」
……妄想確定。俺は夢の中の理想を、彼女に押し付けて重ねていただけの阿呆だったのか?
ゆ……夢は所詮夢でしかないのだ! 大切なのは目の前の少女の心を射止めることだろう秋色!
「……誰かと、間違えてる?」
「いやごめんごめん。特に意味はないんだ、きっと。なんとなく身だしなみの話からロングも似合いそうだなって」
「ふぅん。あ、身だしなみと言えば眉毛もイジったでしょ?」
誤魔化す俺を多少は妙に思っただろうが、気を取り直すように彼女は俺の顔を覗き込んで、新たな発見にいつものぱっと花が咲く様な笑顔を見せてくれた。
「う、うん。ちょっとやってみた。変かな?」
好きな人が自分の変化に気づいてくれた。俺は嬉しさに震えそうになりながら答えた。
「ん~ん。カッコいいよ」
叫び出したいくらい嬉しい! よかった。俺の心配は杞憂だったみたいだ。過去を美化するあまり、必要以上に彼女がはしゃいでいた風に錯覚をしていたのかもな。
「そう? 嬉しいな。今度宗二みたいに、セーターも買ってこようかな」
「あー。そう言えば宗二くん学校指定外のセーターだもんね。だけど、指定のよりあっちの方が似合ってるよね」
確かに。宗二が指定のイモいセーターを着てるのは想像出来ないな。
「うん。あと似合ってないけどもう一人、指定外着てるヤツいるけどね。あいつら二人共そうなのに、俺だけ指定のなんてずるいじゃん」
「ソレって石田くんのこと? そう言えば、友達になったんだね~?」
「まぁ……成り行きで。俺が言い出したんだけど、宗二もあっさり承諾してくれたよ」
「へぇ……さすが宗二くんだね。あ、そうそう。あの時はびっくりしたよ。いきなり宗二くんがセーターとYシャツ脱ぎ出して……」
「ソレって……俺が賢と出て行った後?」
「そう。うんうん唸ってたかと思うと、いきなり服脱いで『ちょっと筆貸してくれ!』ってあたしの持ってた筆で胸に変な星描き始めるんだモン」
あ、アホだ……。水性だってのに。しかし、俺がタイマンだって言ったから、助太刀しに来づらかったんだろうけど、いくら何でも――
「――あんなバレバレの変装するか? 普通」
「ね。あたしも何だろうと思っちゃった。でも、友達思いなんだね」
「う、うん……汗だくになって胸の絵の具が滲んじゃってやんの」
「あははは! 可笑しい! でも、そんな必死になって心配してたんだね」
「…………」
「いいなぁ……羨ましい」
……嫌な予感がしたんだ。
「……お、俺さ、今度の文化祭でさ、ライブでヴォーカルやれって言われてさ」
「……え? どういうこと?」
「いや、誰かの演奏の時間に乱入してステージ奪っちゃおうって話が出てるんだ」
「えぇ、そうなの? すごいね!」
まぁ、結局ソレは教師連中に阻まれて叶わなかったし、俺としては今回は実行するつもりもないんだけどね。けどやれって言われたのは事実だ。嘘ではないだろ? 今んとこ。
「だから、もしよかったら観に……」
「てことは宗二くんはギター?」
「…………」
「すごいよね。ギター弾けるなんて。あ、ステージ奪うなんて無茶なこと言ってるのって、宗二くんでしょ!? いかにも言い出しそうだモン!」
「…………」
嫌な予感がしたんだ。根拠は何もない。きっとまた杞憂だ。そうに違いない。
「でもホントにそうなったらすごいよね! あたし絶対観に――」
「アスカちゃん」
……だせぇな俺。うろたえるな。どうせ杞憂だってのに、不安になるな。
「ん……何?」
……でも、もし、もしだよ? この予感が杞憂じゃなかったとしたら、俺はもっとだせぇ感情を抱いてしまいそうで、ソレだけは絶対に抱きたくない感情だから。
「俺さ」
だから、安心させてよ。
「…………」
頼むから。お願いだから。
「俺……アスカちゃんが好きだ」
だって、キミは俺が好きなんだろう?
「……っ」
突然の告白に固まる彼女。
……何を焦ってんだ俺。まだエスコート役に着任してから一日目だぞ。昔はもっと何回も送って、何回も他愛のない話をしたのに。
「…………」
アスカちゃんは俯いてしまった。ちょっと、早かったんじゃないか?
「……あ」
彼女が顔を上げる。その顔を見た瞬間、俺の背中に冷たいモノが走った。
だって、彼女は明らかに困った顔をしていたからだ。
やばい、コレは……
「……ごめんなさい」
なんちゃって。でも嘘ぴょんでもいいから、誤魔化すべきか。なんて思いかけてた俺の頭は真っ白になった。
ほら、やっぱり時期尚早だったんだよ。もっとじっくり段階を踏むべきだったんだ。この先何日も一緒に帰る機会があったんだから。もしかしたら、彼女はその間に俺のことを好きに――
「あたし、ずっと……宗二くんが、好きなの」
ソレは、俺が一番聞きたくない言葉だった。告白するタイミングが悪かっただけで本来なら彼女は俺のことを好きになるはずだったんだ。なんて俺の希望は粉微塵に粉砕された。
「…………」
俺は今、フラれてるのか……?
何を言うべきか思い浮かばない。何も考えられない。
「……宗二くんが、トモミちゃんのこと好きなの、知ってるんだ……」
「…………」
「……けど、好きになっちゃった」
「…………」
「だから……ごめんなさい」
「…………」
「……もう、一人で大丈夫だから。送ってくれて、ありがとう」
そう言って彼女は小走りに去っていった。何か言おうにも口が開かない。後を追おうにも、足が根を張った様に動かない。
……なんで? 彼女は俺のことが好きだったんじゃないのか? 彼女自身がそう言ったんじゃないか。ソレともアレは嘘だったとでも? ラブじゃなくてライクだったとでも?
「……どこで間違ったんだ……何が間違ってんだ……」
ワケが分からない。
《……アキーロ》
リライが話し掛けてきた。
「……何だ」
《…………》
「…………」
《……え、と……その》
「何だ」
俺は周囲に構わず声を出した。もっとも、俺の声を聞いてるヤツがいたとしても、そこらの草木と辺りを包んでる闇くらいなモンだったろうが。
《……か、帰ろ……ですよ。あ、元の時代にって意味ぢゃなくて、家に帰って、ご飯食べるですよ……たまごかけご飯。そしたら、きっとアキーロも――》
「リライ」
俺は話を遮ってリライの名を呼んだ。
「こっちに来る前に謝ったのって、コレを知ってたからか?」
《…………》
沈黙が続いた。リライが逡巡しているのが分かる。
《……え、と……機密、事項ですよ……話せないで――》
「だったら話し掛けてくんな! 黙ってろ!!」
《…………》
いっそ雨でも降ってくれれば絵になるのにな。
ぼんやりとそんなことを考えながら、未だ立ち尽くしたまま、少しずつ小さくなっていく彼女の背中を眺めていた俺の思考は、自分のしていることが単なる八つ当たり、恥の上塗りに属する行為だと、気づくまでには至らなかった。
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