第十二話
「はっ!!」
突然のブラックアウトから目を開けると、目の前には目を閉じたリライの顔があった。
「……え? え?」
「ちょ、ちょっと……休憩、させて欲しい、ですよ」
そう言って目を開けるリライは、汗だくだった。前より憔悴している様に見える。
……どうやら元の時代に戻って来たみたいだ。
「……リライ。大丈夫なのか?」
「あんたの情報を……継続的に送り続けるのわ、思ったよりキツかったですよ。少し休む……ですよ」
そう言って弱々しく碧眼を潤ませるリライには、ワケの分からない色気があった。
「……あの、手を離す、ですよ」
なんと! 俺はまだリライと手を繋ぎ、身体を密着させたままだった。
「り、リライ……」
そう囁いて俺は目を閉じ、唇をタコの様に突き出した。
「だから少し休憩だって言ってるですよ!」
リライは先程俺が石田に放った様に、俺の顔面に頭突きを入れてきた。
「ぐへぇっ!」
後ろへと吹っ飛ぶ俺。
……休憩? あ、俺がキスしようとしたのを、リトライの再開を催促したんだと誤解したのか。
俺が涙目になって鼻を押さえながらそう思っていると、ぐぅぅうう……とリライのお腹が派手な音を立てた。
「……腹、減ったのか?」
「……よく分からねーですが、力が入らねーですよ……」
あ、そか。もしかするとこいつ普段はメシとか食べないのか。で、今は人間とほぼ同じ状態だから空腹になった、と。
「仕方ないな。今ロクな食材ないけど、何か作ってやるよ」
そう言って俺は立ち上がり、冷蔵庫に向かった。
「な、何ですよコレ!?」
「たまごかけご飯だ。買出し前でコレくらいしか作れなかった。が、最強の料理だぞ」
俺とリライを挟んだコタツの上にちょこんと乗っているのは、先程俺が食べていたモノと同じ、ほかほかたまごかけご飯だった。
「こ、コレをどーするですか? ぢゅるるる……」
猫か犬かの様にすんすんと匂いを嗅ぐや否や、大量の涎を垂れ流すリライ。
「食べるんだよ。コレは食べ物だ。お前は腹が減ってるんだよ」
「……ああ! そーでしたか! 今自分わ人間でしたね。なるほど……ぢゅるるる……」
どうやら俺の指摘は的を射ていた様だ。
「んあー……」
「ちょっと待て!」
茶碗を掴んで大口を開けたリライに、俺が待ったを掛けた。
「食べる前にこうするんだ……いただきます。やってみ」
「い、いただき、ます……ですよ。……で、どーするですか?」
「その箸を使って食べるんだよ。……あ、お前、もしかして箸の使い方知らない?」
「……箸? あ、この棒のことですか?」
棒って言葉は分かるんだな。もうこいつの何を知ってて何を知らないのか分からない厄介も、少しばかり慣れてきたな。
「ちょっと待ってろ」
そう言って俺はまた立ち上がり、スプーンを出してやった。
「ソレで掬って口に入れるんだ」
「ふへ……こー、ですか?」
「そーだ」
「む、むむ……はむ」
ぷるぷる手を震わせながら、何とかご飯を口に入れるリライ。
「な、何ですかコレわっ!?」
ぶばっ、と俺の顔面に米を吹き出しながら騒ぐリライ。
「な、何か……すげーですよ! 頭がふわーんってなって、胸がほわーんって……!」
「ああ、ソリャ美味いっていうんだよ。いい気分だろ。でも米を撒き散らすな」
「う、うまい? うまいってゆーですか!? うまいですよ!」
目をキラキラさせながら捲くし立てるリライ。見てるこっちも何かほっこりしてしまう。
「ふふん、すげーうめーだろ」
「う、うめー!? すげー上にうめーですか!? すげーうめーですよ!」
「ははは、やべーだろ」
「や、やべー? やべーですよ!」
などと終始感激しっぱなしで初めての食事をするリライとそんな会話をした。
「……なぁリライ。一つ聞きたいんだが……」
「ふへ? 何ですよ?」
ご馳走様を教えた後で、俺はリライに気になっていた質問をすることにした。
「この先の俺は……一体、いつ、どうして自分の命を絶つことになるんだ?」
「…………」
「自分で言うのも何だが、信じられないんだ。いくらへタレな俺でも、自殺する程までに人生に絶望するなんて」
「…………」
リライはしばらく黙っていたが。やがてぽつり、と口を開いた。
「ソレわ機密事項……いや、正直、自分も知らねーですよ」
「どういうことだ? 電波に教えてもらえないのか?」
「ロックされてるですよ。ソレも、かなり厳重に。通常ぢゃ、あり得ねーですよ」
「……何で、だ?」
リライは分からない、と言う様に首を左右に振った。
「自分も、あんたに聞きてーことがあるですよ」
リライが少し戸惑いながらも、俺の目を見つめてきた。
「え? 何だ?」
「あんたわ……」
「出来たら秋色、って呼んでくれないか」
「……アキーロわ、コレまでの人生で、抜けてる記憶がねーですか?」
「……え? ……ない、と思うけど」
「ホントですか? ホントのホントですか?」
珍しく緊迫した面持ちで、詰め寄ってくるリライ。
「むしろ、覚えてないことだらけだよ。中二の時のクラスメイトのことも忘れてたくらいなんだから。普通そうだろ?」
あの夢のことだって、忘れてはたまに思い出してを繰り返してる、みたいなもんだし。
「……実わ自分、さっき同調してあんたの情報を共有した時、あんたが自分を殺める原因を……少なくとも、ヒントになるモノがないか検索してみたですよ」
「……え」
「そしたら、あんたの中にぽっかり抜けてる記憶があったですよ。いや、とゆーか真っ黒に塗りつぶされてたですよ」
「……ええ?」
「アキーロ。記憶障害になったことわ?」
「え……ない……と思うけど」
記憶障害なんて言葉、よく知ってたな。
「ホントですか? その塗りつぶされた部分がアキーロの……あ」
「……え?」
「……す、すいません! すいませんですよ!」
「……は?」
いきなりリライが慌てて謝りだした。何だ?
「……えー、今自分が言ったことわ、その、忘れて下さいですよ」
しょんぼりしながらリライがそう言ってきた。
「……もしかして、電波が機密事項だって?」
「はいですよ……めっちゃ怒られちゃったですよ……」
……大丈夫なのかこいつ。つーか大丈夫なのか俺。このまま童貞を脱出した後で記憶を丸ごと消去とかイヤだぞ。
「え、えー……と、じゃあ、体力が戻ったのなら、続き、いいかな?」
俺はなおもしょんぼり俯いているリライに遠慮がちにそう言った。
「あ……はい。続き……したい、ですか?」
こちらを見上げる未だ潤んだその瞳に、俺の鼓動は一瞬速くなった。
「し、したい……なぁ」
「じゃあ、するですよ……準備わ、いいですか?」
そう言ってこちらにちょこちょこと四つん這いで向かってくるリライ。……したい? とかする、とか……何かイチイチ、エロいんだよ……テレるだろうが。
「じゃあ、いきますですよ」
「う、うん」
先程と同じ様に手を繋ぎ、身体をこちらに預けてくるリライ……やっぱりドキドキする。
「大丈夫なのか? キツくなったら言えよ?」
「……はいですよ。ソレぢゃ、呼吸を合わせて、意識を集中して……」
俺は言われた通りにする。二度目だからか、先程よりは速やかに出来た。
……よし。
「アキーロ……」
「え」
「……ごめんなさい」
「……!」
その言葉に俺が目を開けると、憂いを帯びた碧い瞳が見えた。瞬間、リライが唇を重ねてきた。
「うおっ!」
俺が再びブラックアウトから目覚めると、目の前には憧れの少女、アスカちゃんがいた。
「び、びっくりしたぁ……どうしたの?」
俺はキョロキョロと辺りを見渡した。ここは、記憶に新しい、二年四組の教室だよな。
俺は……十四歳の秋色に戻って来れたみたいだ。……何だったんだ。さっきのは。
「……リライ?」
俺が小声で囁くと、
《……はいですよ》
またもエフェクトヴォイスが聞こえてきた。
「何だったんだ。さっきの?」
《……あ、いや、気にしねーで下さい。ちょっと疲れてただけですよ》
明らかに嘘だろうが、多分聞いたとこで機密事項なんだろうな。
まぁいい。いきなり謝られたから、過去に行くと思いきや死後の世界に連行されるのでは、と心配したが、ソレが杞憂だっただけで充分だ。
「ちょっと、大丈夫?」
アスカちゃんが心配そうに俺の瞳を覗き込んできた。……やっぱりかわいいなぁ。うん。
「だ、大丈夫大丈夫! ごめん」
気がつけば、俺も彼女も手に絵筆を持っていた。
「こいつ最近よくボーっとするんだよ。気にしなくていいよ」
見れば隣には宗二がいる。そして床にはポスター。
どうやら石田が台なしにしたポスターの色塗りをしていたみたいだ。てことは……うむ。日付を確認するに、あの騒動の次の日みたいだ。ちゃんとロード出来たみたいだな。
リトライ時に体験した以前の時間にまではもう戻れないが、セーブした続きはプレイ出来るらしい。オートセーブ機能付きのゲームみたいなモンか。
「そうなの? 大丈夫? 殴られた後遺症とかじゃ……」
「いや全然平気! 楽勝だったし!」
攻略対象からの貴重な心配の言葉に、俺は慌てて顔の前で手を振った。
「よく言うよ。ギリギリだったじゃん。でもあの時の秋はカッコよかったなぁ」
ナイスだ宗二。もっと褒めてくれえぇ!!
「そうなんだ? でも、石田くんに注意するなんて、怖くなかったの?」
「怖くはなかったな。あんな殴られることになるなんて思ってなかったし、そんなこと考えてもいなかった」
俺は当社比三十%増しくらい男前な顔で言ってやった。どうやら計画は順調みたいだ。
「へえ。カッコいいね」
「カッコつけすぎだぞ秋~」
その後も、俺達は談笑しながら楽しい一時を過ごした。
「イケるっ! 完璧だ!」
俺は男子トイレで宗二とミッションが成功に向かっているのを確認し合った。
「いい感じじゃん秋! イケそーだな!」
「おう! 危険を冒した甲斐があったってモンだぜ!」
「付き合ったら教えてくれよ! 結婚式には呼んでくれ!」
「おう! 童貞脱出したら報告してやる!」
「いやおめ、気が早すぎだろ。普通キスとかからだろが!」
なんて宗二と二人ハイテンションで騒いでいると、いつかの様にドアを開けて、石田が男子トイレに入って来た。
「……お」
な、何だ? リベンジか? ヤルのかこの野郎。お前ヤレんのか! おい!
と俺が一人身構えてると、
「よう」
宗二がユルい挨拶を投げ掛けた。
「おう」
驚くことに石田もソレに応え、さらには質問までしてきた。
「……何の話してたん?」
「て、てめーには関係――」
「秋がアスカと付き合えるんじゃねーの、ってゆー恋愛話」
――言うなよ宗二! こんなヤツに!
「……え? お前あいつが好きなの? お前もジュンコ先生が好きなんじゃねーの?」
『……は?』
俺と宗二は揃って間抜け面になっていたことだろう。何を言い出すんだこいつは。
「……何だよ。そうと分かってたら……」
そう言って頭を掻く石田。
「え、何? お前、もしかして、ジュンコ先生が好きなの?」
「…………」
宗二の言葉に赤くなる石田。否定しないのか。おい。
「ソレで、秋がライバルだと思ってカラんでたの?」
「…………」
また赤くなった。肯定なのか。おい! 十余年越しに明らかになった驚愕の事実だ。
「だって、授業中に奇声上げたりするから、先生の気を引こうとしてるのかと……」
「……もしかしてお前が悪さしてたのって、先生の気を引こうとしてたってのか!?」
俺はビシ! っと指を突き出す。
「…………」
当たりなのかよ! 子供か!
「つーか何でてめーがナチュラルにコイバナに混じってんだよ!」
「お、お前が友達になりてーって言ったんじゃねーか」
……ホワッツ?
「そういや言ったな秋。俺も聞いた」
「……言った」
《……言ったですよ》
リライまでツッコんできた。久しぶりに喋ったな。
「あ、あんなんノリで言っただけで、本気で思ってたワケじゃ……」
冗談じゃない。俺は慌ててそう言ったが、目の前の二人はまるで俺の言葉が聞こえてない風だった。
……あ。
《無駄ですよ。あの時の言葉が聞こえてた時点で、アキーロが本気でそう思ってたってことになるですよ》
そうだ。ここでは本人が思ってないことは聞こえないんだった。
殴り合って育まれる友情って、暑苦しくて好きじゃないんだが……しかし、リライが言う様に、あの時の言葉が俺の偽らざる気持ちなら……そういうことなんだろう。
もしかしたら一人でツッパリ続けるこいつが、どこか寂しそうに見えてたのかもしれない。
「……ま、いいか。で、賢。お前ジュンコ先生が好きなの?」
「さ、さとしぃ?」
「お前の名前じゃねーか。イシケンは昨日死んだ。今日からお前はただの賢だ」
「……ま、まあ好きに呼べよ」
「で、好きなの?」
「そうだよ。好きなの?」
「……わりーか!」
『うひゃー! マジか!? まさか先生狙いかよ!』
真っ赤な顔をした賢の言葉に俺と宗二は声を揃えた。
「え? え? どこが好きなの? 確かに美人だけど!」
「そうだよ! どこがいいんだ! あんなん俺にとっては殴りまくる体罰鬼教師だぞ!」
「……何かあったら……何でも相談しろって言ってくれた……から?」
『そんなん社交辞令だバカ!』
「うるせーな! 秋はアスカ狙いだろ! 宗二は誰が好きなんだよ! 言えよ!」
「そうだ! 俺は知ってるけどお前も言え! 人の好きな人を勝手にバラしやがって!」
「俺? 俺は……俺は、トモミが大好きだ! 愛してると言ってもいい!」
そんな感じで、新たなバカを迎えたバカ三人組の声が男子トイレに響いたのだった。
……いやはや。まさかこいつがあんな理由でカラんできてたとはね。そしてまさかこいつと名前で呼び合う友達になるとは夢にも思わなかったよ。
……でも、まぁ、悪くはない。
……このまま問題なくアスカちゃんと付き合えれば、言うことなし、だったんだけどね。
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