第十一話
「ぐはっ!」
メガネが地面に落ちる。誰もいない校舎裏に移動した俺達は、一、二会話するや格闘をおっ始めた。
……というか、俺が一方的に殴られているのだが!
……何だコレは!? イメージ通りに身体が動かん! 俺の予定ではもっと華麗にこいつを瞬殺するはずだったのに!
「てめー口だけか!」
イシケンに襟首を掴まれ、無理矢理立たされる。ソレにしても殴られたところが痛い!
《あ! 今まで出たことのねー鼻血が出てるぢゃねーですか!》
リライが驚いた声を上げる。
うおぉマジか! 俺の歴史が変わっちまった! ……って今はそんなことはどうでもいい!
「バカな……こんなはずでは!」
こいつ、弱いんじゃないのか!?
はっ! もしかして、タイムリープ後の世界では暴力や破壊などの行為が行えないように、戦闘力が著しく制限されるのでは!?
《自分、思ったですけど。あんたもソートーよえーと思うですよ。だって女の身体した自分に、何度も失神させられてたぢゃねーですか》
ぜ、全然違った! 何だってぇぇええ!? 元々俺は、弱いこいつ以上に弱かったってのか!
「大人しく井上の後ろに隠れてりゃよかったのによ!」
今度は腹を殴られた。超痛え! やばい、計算外だ。どうしよう!
「オラ、ここらで謝っといたらどーだ?」
「…………」
……あ、謝っちまうか? しかしソレはあまりにダサすぎる。童貞脱出どころじゃなくなるぞ!
《言っとくけど、死にでもしたら、未来でもここで死んだことになるですよ?》
ま……マジスか。
「…………」
答えない俺を今一度殴ろうと、イシケンが腕を振りかぶる。やばい!
「す、すいま――」
「そこまでだ!」
突然声のした方に俺とイシケンが振り向く。そこにいたのは――
「世紀末救世主、参上!」
――巻き付けた学校指定外のセーターで顔を隠し、裸の上半身に八つの星を描き殴った茶髪の男だった……ていうか、どう見ても宗二だった。
「……何の真似だ、井上?」
「……何やってんだ、宗二?」
俺とイシケンが口々に言う。胸倉を掴むイシケンの手が緩み、俺は地面に尻餅をついた。
「そ、宗二じゃねー! 世紀末救世主だ!」
「何のつもりだてめー井上コラ! その胸の星は!?」
「何? この八つ目の星が見えるのか? とゆーことは……」
「…………」
「…………」
《…………》
「お前は、もう死んでいる」
……俺にも見えてるぞ、宗二……! お前ソレが言いたかっただけだろ。
「宗二……水性絵の具で描いたな。汗で滲んでるぞ」
とツッコんだところで、その汗は俺を探して走り回ったからなのだと気がついた。
宗二……お前、俺の為に……。
「そんなワケで、選手交代だ。イシケンよ、貴様には死すら生温い」
そう言って宗二がゴキゴキと手の骨を鳴らしながら一歩前に出た。
「ちょっと待てよ。俺とこいつのタイマンだろ? しかもこいつから売った喧嘩だぜ! こいつがキチンとワビ入れたらお前と遊んでやるよ。オラ、さっきの続きだ」
イシケンがニヤつきながら俺の方を見る。
「……宗二、言ったはずだぜ。俺が一人でやらなきゃ意味ねーんだ、てな」
俺は立ち上がりながらそう言った。
何だか気合が入ったぜ。差し詰め今の俺は秋色Ⅲ……いや、ツーダッシュってとこだ。
「秋……」
「おいおい、さっきてめー『すいません』って言いかけてただろーが!」
俺の言葉が予想外だったのだろう。イシケンが怒鳴ってくる。
「はあ? 俺は『スイマーイズベリーナイス』って言おうとしたんだよ」
《何ですか、ソリャ……》
リライが呆れ声でツッコんでくる。もしかしたら彼女にしか聞こえてなかったのかもしれん。
俺にも分からん! 分かるのは、ここで引いちゃならないってことだ。宗二の前で。
俺の為に汗だくになって探し回ってくれた親友。そんなお前だから俺は対等でいたいんだよ。ナメられたくないんだ。
……何がどうしようだ。一瞬でも謝っちまうかなんて考えた自分が恥ずかしい。
「危うくシーン回想モードのねぇエロゲー以上に、使えねぇ男になっちまうとこだったぜ……!」
《『……はぁ?』》
俺を除いた全員が理解不能だと言わんばかりの声を上げた。
「第二ラウンド始める前に聞いておこうか。石田。何でお前あんな振る舞いをするんだ?」
俺は鼻血を拭く間に、そう質問してみた。
「……関係ねぇだろ。殺すぞ」
「あんなことしたって誰もついてこねーぞ。いつか誰かにシメられて、学校中から白い目で見られて、学校やめちまうことになるんだ」
「…………」
「だったら彼女とか友達作って遊んでた方が百倍楽しいっつーの。何なら俺達がなってやろうか? なあ宗二?」
「え? まぁ……いいけど。って、宗二じゃねーっての!」
しぶしぶ頷いてから慌てて取り繕う宗二。やっぱいいヤツだよな。
「……関係ねえって言ってんだろぉっ!!」
叫びながら石田が突っ込んできた。
……痛いところを突いたみたいだな。こいつも俺達と同じ、普通のガキだ。
《で、どーするですか!? このままぢゃまた無様で惨めで憐れに這いつくばるですよ!?》
「言い過ぎだろ!」
《何か得意の戦略わあるですか!?》
「そんなモンねー!」
俺も石田へと向けて突っ込む。
戦略なんていらん! 敢えて作戦らしきモノを挙げるなら、体育のマラソンでよく使われる『あのサッカーのゴールポストまでは頑張ろう作戦』だ! 負けるならせめて一発入れてから負けてやる!
所詮は中学生同士。コレといった体格差があるワケじゃない! ソレも弱いモン同士! だったらビビらなかった方の勝ちだ!
「オラぁっ!」
「とりあえず友達になる前に……ぶへっ!」
喋ってる最中の俺の顔面にまたも石田の右ストレートがメリ込んだ。超痛えっ!
ソレでも俺は止まらなかった。そのまま跳躍し、頭から突っ込む。
「がっ……!」
顔面に俺の頭突きを食らってたたらを踏む石田。
「……今までの屈辱を返しておこうか!」
そう叫んで俺は今まで握り締めていた拳を叩き込んだ。
「極めて普通の! パーンチ!!」
ガス!
……いってぇぇぇええ!!
ソレが率直な感想だった。手首が折れるかと思った。人を殴るのってこんな痛いのか。
殴った俺が悶絶する程だったのだから、殴られて仰向けに倒れた石田は想像を絶する、筆舌に尽くし難い激痛が身体中を駆け巡っているに違いない。
「……もう、いいや……疲れた」
『……あん?』
仰向けに倒れたまま荒い息を吐く石田の言葉に、俺と宗二は異口同音に訝しげな声を発した。
「疲れた……終わりでいいや」
「…………」
「……ようするに、秋の勝ちってことだ」
宗二がYシャツを着ながらそう言った。水性で描かれた北斗八星が滲むのが嫌なのだろう。前のボタンは留めずに、はだけたままだ。
「え……マジで?」
《……マヂですか?》
俺だけじゃなくリライもビックリしてる。……て、その反応は失礼だろリライ。
「ああ、ソレに、時間切れだ」
そう言って宗二が顎をしゃくった方向からは……うげっ。目をギラギラと殺気立たせたジュンコ先生と屈強な体育教師達が猛ダッシュでこちらに走って来るではないか。
ソレからはお決まりで、怪我してたこともあり、保健室でスペシャル説教コースだった。三人並んで床に正座である。怪我人にはもう少し優しくしてもバチは当たらんと思うぞ。
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