第四話
「……あのさ」
またも床の上に寝かされていた俺はそのままの体勢でぽつりと言った。
「あ、目ぇ覚めたですか?」
「マジで何なの? お前」
「……? 『マヂ』って、何ですよ?」
「本当にって意味だよ! 何で『略称』とか知ってるくせにこっちは知らねぇんだよっ!」
「わ、びっくりした」
またもや欠片も心配してない視線で見下ろしてくるアホ毛暴力女に、俺はがばっと上半身を起こしながら叫んだ。
「そ、ソレわ……『どーゆーワケだか、言葉の刷り込みが不完全だから』らしー……です」
「はいぃ?」
「『理由わ不明だが、人手不足の方が現在直面している問題としてわ深刻なので、原因を究明している時間も、修正処置を施す余裕もなかった』だ……そーですよ」
「何言ってんのお前?」
「いや、だって聞くから……」
ワケが分からん。
「あのさ、もう一度聞くぞ。マジで何なのお前?」
俺は溜息を吐きながら再度質問した。
「だから自分わ二次元萌えも――」
「ソレはもういいっての! 名前を言う気がないってのは分かってる!」
あとどうやらデリ●ル嬢でもないらしいってこともな。
というか冷静に考えてみると、この状況でデリ●ル嬢が来た! と思ってしまう俺もソートーなモンかもしれないが。 溜まりに溜まった欲求不満があり得るはずのない妄想を引き起こしたのか?
「お前はここに何しに来た?」
先程もした質問を、もう一度する。すると超暴力女はすっと立ち上がり、俺の目を真っ直ぐ見た。
「あんた、戸山秋――」
「俺が戸山秋色だよ。さっさと用件を言え」
今度は真っ直ぐ目を睨みながら俺は女の言葉を遮った。イチイチここから始めなきゃならんのか。
「……分かりましたですよ」
女はさっき以上に神妙な顔になり、目を閉じ、大きく息を吸ってから、再び俺を真っ直ぐ見た。
ごくり……。
「あんた、もーすぐ死ぬですよ」
「…………」
開いた口が塞がらない、か……ホントだね。昔の人はうまいこと言ったモンだ。三点リーダ以外の言葉が出て来やしない。
俺が心底呆れてアホを見る目をしていることにも気づかずに、女は続けた。
「死後の世界ってのがあるですよ。こことわ違う次元なんですが、そこでわ役割を終えた生命を次の、今までの存在よりももっと上位の存在へと転生させるですよ。『輪廻転生』ってヤツです。ところが、この『輪廻転生』にも厄介な例外がありまして――」
「…………」
「――ソレわ命を殺めた者わ管理者の定めた法の基、罪を償うまで転生出来ねーってことでして。対象が植物や微生物など、自身より下位の存在ならまだその罪わ軽い方なんですが、『自身と同等、或いわソレ以上の存在』を殺めた者の罪わ比較にならない程、重い。と」
俺が黙ってるのをいいことに、女は喋り続ける。
「まあ昔からそこそこ重罪人わいたですが、ここのところの発生率わ異常な程でして、調べてみたところ、どうやら『自分自身を殺めている者』が続出していると」
「…………」
「そのせーであっちわ罪人で溢れ返ってやがるですよ。いくら裁いても捌いてもキリがない、と。最近ぢゃこちらの世界でも影響が出てるとか。確か――」
そこで女はまた天を仰いで目を閉じた。電波受信タイムだ。
「そーそー。『少子化』でした。子供も全然生まれてこなくなって、このままだと様々な生命体、主に罪人比率の圧倒的に高い、人類を筆頭に絶滅するんだそーですよ」
「…………」
「いくら何でもこのままぢゃまずい、と急遽設立されたのが、コレらを解消する機関、つまり自分達なワケですよ。『自業自得だ』とか『もう人類わいーでしょ』やら『人類わいずれ地球をも殺す』とまで言う人類撲滅派もいるですが――」
「うん、もういいや。よく分かった」
俺はペラペラと喋り続ける女の前にすっと手を突き出し、その言葉を遮った。
「……分かって、くれたですか」
「ああ、最初から分かってたよ」
俺はこういった二次元的な物事に対して、常人より多大な理解がある方だ。
友人達との会話の中で『いつか異世界から血の繋がらない妹が俺を迎えに!』とか『誰が信じなくても俺だけは信じるね! そんな奇跡があってもいいじゃないか』な~んてことまで言ったかもしれないよ。
けどな。戯れにそんなこと熱弁する一方で、ちゃんと分かってんだよ。
そんな奇跡は、テレビや漫画の中にしか存在しないんだってな。
人間は手から火もビームも出さないし、空も飛ばないし、ある事件をきっかけに秘められたインクレティブルパワーが覚醒したりもしない。
ソレどころか、クリスマスイヴだってのに赤服を着たジジイがトナカイにソリを引かせて空を駆けるのすら見られやしない。
実際にこの時期に赤服を着ているのは、アイドルやキャバ嬢や、地元球団の優勝時に笑顔で川に叩き落とされる憐れなフライドチキンジイさんだけだ。
断言してもいい。本気の本気で天地神明に誓ってそんな奇跡を信じてるなんてヤローは病院に行くべきだ。
しつこいようだがよりによってクリスマスイブなんかに、あんたがよく聞くチャイムの音を鳴らしてだ。
しっかり想像してくれよ? そう、あんたが毎日開けるそのドアだ。
そのドアを開けたらだ、『死後の世界から来ました。あなたはもうすぐ死にます』なんて言う輩がいるワケだ。
あんたがまともなら、間違いなく『うわ、宗教キタ』って思うだろ!
「お引取りを」
「え? えぇっ!?」
短く告げると、俺は女の腕を掴んで玄関に向かった。こういった手合いにはしっかりはっきりと、一切のつけこみどころをなくし、拒絶の意思を表すことが大事なんだ。
「ま、待つですよ! 信ぢてくれねーですか!?」
俺に腕を引かれながら、女がそう叫ぶ。俺はドアを開け、彼女を外に押し出し――
「悪いけど、信じられる程、純粋じゃないんで」
――そう言ってドアを閉めた。ドアが閉まる瞬間、とてもショックそうな、傷ついた表情の彼女が目に入った。
「どうして……信ぢねーですか……」
ドアの向こうから悲しそうな声が聞こえる。思わず『信じられるワケないだろう』と返しそうになったが、無視するのが一番だと思いとどまり、俺は口を噤んだ。
「あんたわ……」
「…………」
「あんたわ! このままだと自分が誰にも必要とされない、誰にも愛されないと思い込んで死ぬですよ!?」
ドンっ! と何かをドアに叩きつける振動が、ドアに寄りかかった俺の背中に響く。
――何を失礼なことを。
場合によっては訴えられてもおかしくない様な内容の叫びが聞こえてきた。
「自分のことが大嫌いで! 好きになりたいって思ってるのに! ソレでもどうしたらいいか分からなくて、自分自身のことすら信ぢられなくなって、自分で自分を殺すですよ!?」
無視だ、無視……。
「何で! どーして信ぢてくれねーですか! 自分なら、あんたを助けられるのに!」
……無視しろ。ソレにしても自分自分てうるさい。
「周りの人が、ドレだけ悲しかったと思いますですか!? ドレだけ自分の無力を責めたと思いますですか!? あんたが最後に書き残した『俺の人生の主人公は俺じゃなかった』なんて言葉に! 一体何人の人が泣いたと思いますですかっ!!」
「……!」
「……ひっく……何ですか、コレ……? え、泣く? 悲しい時や感情が昂った時に……? 何ですか、ソレ……何で、自分が泣くですか……何で、自分が悲しいですかぁ……」
ずるる。と鼻を啜る音が聞こえてくる。さっきお前自身が何人『泣いた』と思うんだって言ったばっかりじゃねーか。
何なんだこいつは。何でお前が泣くんだよ。
何なんだこいつは。言ってることが支離滅裂じゃないか。
でも……何故だか真に迫る感じだ。とても宗教の勧誘目的とは思えない程に。
そして、さっきの言葉。『俺の人生の主人公は俺じゃない』……か。
ソレは、誰にも言わず(つーか言えるかよ)俺が最近思っていたことだった。
「……おい」
……おいおい、よせバカ俺。声なんか掛けんなっての。
「……は、はいですよ!」
驚いた声が返ってくる。ソレもかなり鼻声の。
……やめろって。無視しときゃそのウチ帰るよ。後悔すんぞ?
「何かさ、証拠とか……ねーの?」
「……ショーコ?」
「…………」
「ショーコって、何ですよ……?」
ガンっ、と音がする。俺が後頭部をドアに打ちつけた音だ。
「電波に教えてもらえ!」
……はぁ。何考えてんだ俺は。
なんで声なんか掛けるかな? やはり無視すべきだったかのではないか。
誰かが、ソレもちょっとかわいい女の子が自分の為に泣いてくれたから、嬉しくなってしまった。
……でも、百パーセント信じたワケじゃないぞ。て、何パーセントかは信じたって言うのか俺?
「お待たせしましたですよ……」
「おお。終わったか、電波受信……で、どうだ?」
俺は考え事を打ち切り、メイビーサイコ女とのドア越しの会話に戻った。
「あ、あの……」
「ん?」
「機密事項になるんで……協力してくれるまで話せない……そーですよ」
……選択を誤ったかもしれない。俺は先程の自分を罵りたい心持ちになった。
「と、ゆーか、さっきまで自分が口走ってたことも、こんな場所で大声で言っちゃダメなことだって……怒られちゃいましたですよ……」
「……あ、そう」
「こ、困りましたです……ね?」
そう言って苦笑いを浮かべ首を傾げる彼女と、ワンテンポ遅れて揺れるアホ毛が覗き穴に映る。
「じゃあさ、機密事項に触れないレベルで、何かねーの?」
「ほへ?」
「だからぁ、さっきの言葉みたいに、ホントは俺以外知らないことで、かつ機密に触れないことをお前が知ってたりしないの? って言ってんの」
「はぁ……ちょっと、待つですよ……」
「へいへい」
……何やってんだろうなぁ俺は。
「だ、大丈夫みてーですよ!」
「おうそうか。言ってみ」
「は、はいですよ」
「…………」
「戸山秋色、二十五歳。血液型O型。八月三十日生まれ。現在の家族構成わ母と兄。自分と違って容姿、器量共に優れている兄にコンプレックスあり。兄と比較される気まずさから、進学を口実に逃げる様に一人暮らしをする。極度の野菜嫌いで、『緑色のモノわ食べ物でわない』とまで言い放つ。すぐに青春クサイ台詞を言って、自分に酔う傾向がある――」
「……ぐうぅ」
「――その割に根性がなく、自分に自信もない。今まで異性と交際したことがない。いわゆる年齢イコール彼女いない歴とゆーヤツであり――」
「コラぁっ!」
たまらず俺はドアを開けた。
「――当然異性と交わった経験も――ひゃっ!!」
「もういいっ! 入れ!」
俺は未だに何の抑揚もなく、つらつらと国語の教科書でも読むかの様に、人様の個人情報の暴露を続ける女の腕を掴み、室内に引きずり込んだ。
なんて情けない……コレに比べれば
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