第三話
気が付くと天井が見えた。
「あ……目ぇ覚めたですか?」
次いで視界に入ってきたのはさっきのパンツ女だった。心配そう……とは到底思えない、早く起きてくれないと迷惑、といった表情だった。
どうやら俺は気を失って我が家の床に寝かされていた様だ。もう数歩歩けばベッドがあるのに……部屋の中まで引きずったんなら最後まで責任持てよな……。
……ん? 早く起きないと迷惑? 寝かされていた?
「あーっ! 思い出した! いきなり何しやがるんだてめーはっ!」
「わっ、びっくりした」
俺はがばっと起き上がり、目の前の銀髪ショートの碧眼女に叫んだ。
そうだ。俺はこの女に金●を蹴り上げられた後、失神KOされたんだ。いくら何でもパンツを見た代償が、失神KOではあまりに刑罰が重すぎるというモノだ。
「下手したら死ぬとこだったぞコラ!」
「だ、だって……いきなり殴られたから……」
暴力女は俺の剣幕に気圧されたのか、先程よりは心なしか弱気な態度でおずおずと言い淀みながらそう返してきた。
「殴ってねーよ。俺はドアを開けただけだぞ」
俺は玄関の方を指差しながら言う。
銀髪女はぽけーっと俺の顔をしばらく見た後、ようやく俺がドアの話題を振ってると気づいた様に、視線を俺の指の先に向けた。
「ドア……? ああ! あの板、『ドア』って言うですか」
何言ってんだこいつ? ドアーって英語だよな?
「お前英語圏の人間じゃないのか? つーか日本語うまいな?」
「いや、普段、意思伝達に言葉なんか使わねーですし……え? 言葉、うまい……ですか? どうも……」
ますます何言ってんだこいつ?
意思伝達に言葉を使わない? ニュー●イプかサイキッカーなのか? そもそも――
「――お前はここに何しに来たんだ?」
そう、この女は俺の家の呼び鈴を鳴らしたんだ。てことは、俺に何かしらの用があって訪ねて来たってワケだ。
「あ……そーですよ」
俺のその言葉で、女は思い出したとばかりに神妙な顔つきになって、すっと立ち上がり、そのどこか眠たそうに見える碧眼で、俺の目を真っ直ぐ見た。
「…………」
……何かテレる。異性にじっと目を見られるなんて、俺の人生にはそうないことなので、気恥ずかしいぞ。例えソレがいきなり襲い掛かって来る、頭のおかしい暴力女でもだ。
こうやってじっくり(?)見てみると、結構若い、つーか幼い。まだ未成年なんじゃないだろうか? でも、ちょっと可愛いな。ちょっとね。
「あんた、戸山秋色ですね」
俺が時折視線を泳がせながらモジモジしていると、女はそう言った。
「な、なんでお前が俺の名前を知ってるんだよ?」
いくら個人情報の漏洩が問題視される時代だとしても、名前くらいは簡単に知ることが出来る。そもそも、表の表札を見れば分かっちゃうことだしな。
だとしても素直に『はいそうです』って答えるには、目の前の女はいささか意味不明過ぎて、そして正体不明過ぎた。
とは言ってもだ。違うと言ったところで『そうですか。では失礼しました』とこの女が去るとは到底思えない。何と返したらいいモノか?
「ひ、人に名前を尋ねる時はまず自分から名乗れよ!」
結局、俺はアニメや漫画でよく使われる常套句を、自分でも情けないと思う程のひっくり返り気味の声で叫ぶのが精一杯だった。
考えなしにそう言っちまったが、俺はこの女の名前を知らない。と言ってから気が付いた。ある意味丁度いい台詞だったのかもしれない。
「な、名前……ですか」
「名前ですよ」
俺がそう返すと、予想以上に効果的だったのか、女はおろおろと狼狽し始めた。
「ちょ、ちょっと、待つですよ」
そう一言断ったかと思うと、女は目を閉じて顔を天井に向けた。
そして――
「――そんな……適当にって言われても……」
――そう呟いた。……丸聞こえだぞ、おい。
そもそもこいつは誰と話をしてるんだ? 見たところ携帯電話も無線機も付けてない。まさか妖精が見えるとか、電波を受信できるとか……イタイ娘なんじゃないだろうな。
俺は常人に比べるとそういう二次元なモノごとに対して理解はある方だが……さすがにこうも真剣にやられると引かざるを得ない。
「お、お待たせしたですよ!」
「あん?」
「だ、だから、名前!」
「おう、何て名前だ。名乗りやがれ」
「…………」
「…………」
「……ど、ドア……ですよ」
「いや嘘吐け。ソレさっき覚えた言葉だろ。つーか本当にドアも知らなかったのか?」
「ば、バレた……!?」
まるで予想外だったと言わんばかりに女はこめかみに一筋の汗を浮かべた。
「バレないと思ってたんかい……別に言いたくないならいいよ……」
「そ、そんなことわねーですよ! ちょっと待つです!」
そう言って女は部屋の中を見渡し始めた。何か部屋内にあるモノを名前にしようってのがバレバレだぞ……。
何か、名乗れない事情でもあるのだろうか?
「あ……」
そう言って彼女は足元に落ちていたモノを拾い上げ、ソレを天に掲げて叫んだ。
「コレ! この文字、何て読むですか!?」
そして、先程の様に彼女は再び目を閉じる。だからお前は誰に向かって話し掛けてるんだよ。イマジナリーフレンド? ソレともまさか本気で電波受信タイムか?
つーか文字読めないのか? 日本語だから? やっぱ外人?
……ってちょっと待て。この電波女が掲げてるモノ、アレはもしかしてもしかするとDVDのケースじゃないか?
あっ!! アレはさっき俺がホワイトクリスマスに使おうとした……!
「来ましたですよ! 自分の名前!」
「ちょ、ちょっと待て……! ソレは……」
「『二次元萌え萌え魔法少女ユーちゃん! いけないお注射レッスン!』ですよ!」
「うわあぁぁああやめてくれぇぇええ!! 違うんだソレはぁぁああ!」
ソレは、俺が出来心で購入してしまった十八禁シールのついたDVDケースだった。
「コレが自分の名前ですよ!」
「分かったから! もう聞かないから勘弁して下さい! そうです。俺が戸山秋色です!」
「ふん、最初からそー言っとけばいーですよ」
そう言うと女はしてやったりとばかりに誇らしげにふん、と鼻息を吐いた。
「俺も激しくそう思った……あの、誰にも言わないでね? お願いだから」
「は? 何がですよ?」
「いや……うん、まあいいや。で、何の用ですか……」
心に致命傷を負った俺は崩れ落ちる様に膝をつき、弱々しい声でそう言った。
「だからこの『二次元萌え萌え魔法少女ユーちゃん! いけないお注射レッスン!』がわざわざ来てやったのわですね――」
「わぁぁあ! もうやめてくれぇぇえ! 何でクリスマスイブにこんな辱めを受けなきゃならないんだぁぁあ!!」
……ん? 待てよ? クリスマスイブ? あ……
もしかしてもしかすると……コレは、アレじゃないか?
こんな日に独り身で寂しくて死にそうな俺への誰かからのクリスマスプレゼントなんじゃないか?
あ! そう言えばさっき掛かってきた宗二からの電話は、俺が、独りで、家で、ヒマしてるのを確認する様な内容じゃなかったか? となると……
「お前アレか!? もしかしてプロのおねーさんか!?」
俺は期待に満ちた目を女に向けてそう質問した。
「は? プロ……」
俺の質問に女は軽く小首を傾げた後、
「ふふん、確かにプロといえばプロですよ。今回が初仕事だけど」
またも誇らしげにふふん、と鼻息を吐いた。
「おお! やっぱりそうだったのか! しかも初めて! ありがたや!」
「そーでしょうそーでしょう」
俺が拝むと女はますます自慢げに胸を反らした。彼女が動く度にアホ毛が一緒に揺れる。
間違いない! 彼女はカワイそーな俺に宗二が送ってくれた、デリ●ル嬢だ!
ソレか、どっかのパソコンのディスプレイから出て来た二次元少女だ!
……うん、ソレはあり得ないね! やはり考えられるのは前者だ。
なるほど! 道理で名前が言えないワケだ! 仕事柄本名は言えないし、初仕事だからまだ源氏名も考えてなかった、と!
そして文字すら読めない彼女は、他に働き口もなく今の仕事に身を落とし……そうか。
「そうだったんですね! 持つべきモノは友達だったんですね!」
「ふふん、よく分からないけどこの二次元萌え萌え――」
「ソレはもういい! えーっと、長いからユーちゃんでいいかな?」
「ゆー? ああ、略称てヤツですか。いいですよ。で、用件というのわ――」
「俺も初めてだけどよろしくお願いしま~す!! ゆ~うちゅわ~ん!」
ユーちゃんはまだ何か言いかけていたが、俺は三代目モミアゲ怪盗よろしく、クリカンボイスでそう叫びながらダイブしていた。勢いよく彼女をベッドに押し倒し、のしかかる。
「ふぎゃ!」
「おーし! 秋色! いっきま~」
「何しやがるですかっ!!」
「あひゅうっ!!」
人生でさ……同じ日に同じ相手から同じ股間に強打をもらうことって……そうないぜ?
「は、話が違うぜ……ベイベー……」
「べいべーぢゃねーですよ!!」
あと、同じ日に同じ相手から同じ様に失神させられることもな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます