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ちびまるフォイ

主役は俺で、主導は監督

動画サイトを見ているときだった。

「あなたへのおすすめ」のひとつに真っ黒なサムネイル画像が目に入った。


好奇心でクリックしてみると、なにか映画の予告編のようだった。


ーーそれはいつもの日常だった……。


ーー運命に導かれるようにして二人は出会うまでは。



真っ暗な画面が切り替わると見覚えのある路地だった。


「あ、これ俺の通学路じゃん。近くで撮影してたんだ」


カメラは歩道を歩く男の後ろ姿をズームしてゆく。

すると、男の後ろからかけてくる女の姿。


『あ、ごめんなさい!』


女の下げたカバンが男にぶつかり、謝りながらも猛ダッシュ。

一筋の風が彼女のスカートの裾をわずかに持ち上げた。



ーー偶然が起こした奇跡



動画には鼻の下を伸ばして緩みきった顔の男、自分が映っていた。


「え、俺じゃん!?」


動画を一時停止して何度見比べても同じ顔。

よく見れば着ている服も自分が普段使っているヨレヨレのシャツだった。


翌日、起きた瞬間に遅刻を悟った俺は慌てて服を着て外へ飛び出した。

家を出て数分で息が切れてしまい体力の衰えと逃れられない遅刻が見えると、あるき始めてしまった。


「ふっ……日本人はせわしなく急ぎ過ぎなんだよ。

 こうして空や咲いている花を見るゆったりした時間も必要さ」


などと歌人のようなことをのたまいながら歩いているとき。

後ろから猛ダッシュする軽い足音が聞こえた。


「あ、ごめんなさい!」


女は振り返りざまに謝り、また追い抜いてダッシュした。

びゅうと風が吹いてダッシュする女のスカートを一瞬持ち上げた。


「うそだろ……動画のまんまじゃん!?」


自分の服はよれよれのシャツ。動画で見た光景のまんまだった。

あれは未来の予告編だったのか。


チャンネルを確認すると、また次の動画が配信されていた。

よく見ると配信日もなぜか明日の日付になっている。



ーーこの男、超キケン!!


『オラァ!! かかってこい!!』


ーーなんのとりえもない男が。


『やってやるぞうぉぉーー!』


ーー大いなる試練に立ち向かう


『わたし、あなたのこと……気になってる』


ーーはじまるラブロマンス。


『ミサキちゃーーん!!』


ーー狂い出す歯車。


『いいか、あいつを見つけ出してこい。

 この手でぶっ飛ばさないと気がすまねぇ』


ーーこの夏、究極の愛が生まれる!



明日の予告編が終わると心拍数が上がっているのがわかった。


「おいおいおい……明日めっちゃ楽しそうじゃん!!」


いじめっ子を下剋上した俺が可愛い子に惚れられて

逃避行を繰り返しながら愛をはぐくんでいくロードマップが脳内に出来上がる。

明日が楽しみなんて子供の頃のクリスマス以来だ。


うきうきしながら明日を迎えて学校に向かった。


「さーーて、早く来ないかなぁミサキちゃん♪」


隣のクラスからなにか騒いでいるような声ともみ合っている音が聞こえる。


「オラァ!! かかってこい!!」

「ふざけんな! ぶっころしてやる!」

「誰か先生呼んで!!」


生活指導の先生が止める頃には流血事件にまで発展してしまっていた。

問題の生徒ふたりは呼び出され、急きょ授業はストップ。自習となった。


「なんだ……予告編のケンカって俺は関係なかったのか。

 思わせぶりな演出しやがって……」


自習といっても男子が自習するのはエッチな知識だけという

世界の真理を知っている先生は、自習として学力テストを配布していた。

かたちとしてはほぼ抜き打ちテスト。


「だめだ……全然わからない……」


このまま白紙提出すればケンカした生徒以上に怒られるかもしれない。

先生が不在の今しかカンニングは出来ない。やるしかない。


「やってやるぞうぉぉーー……んん!?」


とうとつに既視感を感じた。

このセリフは予告編に出ていた自分が言っていた。


「大いなる試練って……テストかよ!!」


肩透かし第二弾により、今朝のウキウキだけ落差も大きかった。

その後も好きだった女性アイドル「神埼ミサキ」が引退を表明。


「ミサキちゃーーん!!」


魂の叫びも虚しく彼女の姿を見ることはなくなってしまった。

部屋に積まれた大量のCDと握手券はもうただの粗大ごみになってしまう。

狂い出す歯車。


「予告どおりだけど……思ってたのとちがう!!」


予想の斜め下だった現実に失望した。

その後も毎日かかさず明日の予告編を確認しては喜んだり落差に凹んだり。

自分の感情を模したジェットコースターができたなら、凄まじい上下運動にあらゆる客を泣かせて帰らせるだろう。


二度と予告編で期待して本編の明日でがっかりしないように、

予告編をしっかり確かめるようになるとひとつ気づいてしまった。


「なんだろうこの名前……」


動画のはしっこに小さく人の名前のようなものが記載されていた。

その名前は動画ごとに別の名前になっていたりする。

名前を検索することにした。



『ブーステイン・バグスピール:明日映画監督』



「映画監督ぅ!?」


動画に出ている名前は動画配信者かと思いきやまさかの映画監督。

この動画も監督の手によって編集されていたのかもしれない。


改めてこれまでの明日動画を確認し、予告編でも期待できて本編も楽しかった日を思い出す。

俺はひとりの明日監督の元へと向かった。


「キュタンリー・スーブリック監督! お願いがあります!」


「誰だ君は」


「あなたに俺の明日を監督してほしいんです!!」


「私は毎日数十人もの明日を編集して監督し、配信している。

 君に割く時間などどこにもない。かえれ」


「そこをなんとか!」


「ダメだ。他の明日監督にやらせればいいだろう」


「あなたじゃないとダメなんです!!」


俺の熱烈アプローチに仏頂面の明日監督は表情を変えた。


「……なぜ、私なんだ」


「これまでいくつもの明日を経験してきました。

 でもあなたが監督した明日予告編がなによりも完成度が高く、

 そして明日本編もすごく充実していたんです!」


「ほう」


「お金ならいくらでも出します!!

 だから、俺にあなたの考える最高の明日を作ってください!!」


明日監督はかけていたサングラスを外した。


「いいだろう。私の好きにやらせてもらえるのならな」


「やった!! やったぁ!! お願いします!!」


俺は完璧主義の明日監督のためにあらゆることをサポートした。

自分のプライベートな情報もすべて話し、資金を工面し、準備をこしらえた。


そこまでするのは最高の1日を作り上げるため。

たった1日でも素晴らしい日があるだけで人生の方向は大きく変わる。

それを考えると何も惜しくなかった。



出来上がった明日の予告編が配信された。



ーースーブリック監督の集大成!!


ーー息もつかせない衝撃の展開!


ーー人間の根源的な恐怖を浮き彫りにする!!


『アカンデミー賞 作品賞 3部門受賞』

『カンス国際映画賞 最高傑作賞 受賞』

『ベルワン映画賞 コンペティション部門 最優秀賞』

『明日モンドセレクション 金獅子賞 受賞』


『こんなことって……』


ーー終わりのはじまりが終わってはじまる……!!




明日の予告編を見てから鳥肌が止まらなかった。

やっぱり明日の監督をお願いして本当に良かった。


「明日、ついに俺の運命が変わるぞ!!」


息もつかせぬクライムアクションと美女とのラブロマンス。

目を奪われるようなシーンの数々が待っているに違いない。


時計の針が24時を指した。

明日がついに始まった。


「はあぁ、なんかドキドキするなぁ……!」


緊張でトイレに行きたくなり立ち上がった。

コンセントに繋がっていた充電器を足の指で引っ掛けてしまう。


「うわっ!!」


バランスを崩して床に倒れてしまった。

拍子にあらぬ角度でコンセントが引っこ抜かれ火花を出す。


火花は毛玉だらけのパジャマに引火しあっという間に大炎上。

あまりに突然な出来事に理解が追いつけず、言えたのはこれだけだった。


「こんなことって……」



明日が開幕して1秒足らずで主役が死んでしまう衝撃の展開に、俺はがくぜんとした。

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