第33話 キラキラネームというだけで、その人の価値を決めつけるとボディブローが待っている(壱)

※法律に詳しくない人間が頑張って調べて書いているので、間違っていることを書いてしまっている可能性があります。それほど御大層な内容でもないのですが、真に受けないで頂けますと幸いです。








 にこと槐は話し合いをして、弁護士に頼ることを決めた。


 槐の兄である梓に知人の弁護士を紹介してほしいと連絡をすると、彼はそれを快諾してくれる。そして、その人物に連絡を取ってみると先方が承諾してくれたという。偶然にも現在抱えている案件が少なく、にこと槐の都合と噛み合えば直ぐにでも相談にのれる状況にあるのだそうだ。


 ――これは好機だ。二人はそう考えて、お互いの都合がつく時間を調べると、梓を仲介して、彼の知人女性弁護士が所属している弁護士事務所を訪れる運びとなった。












**********












 仕事終わりの夕方。多くの人々が家路に就く時間帯ということもあって、歩道は行き交う人々で溢れ、車道も無数の自動車が行き交っている。その中をにこはバス通りに向かって、人混みを縫うようにして歩いている。この先で槐と落ち合うことになっているのだ。


 指定された待ち合わせ場所――コンビニの前に辿り着くなり、にこは槐を探す。彼が所有している軽自動車は何色をしていたかと考えていると、「にこさん」と声をかけられた。其方に顔を向ければ、コンビニで買い物を済ませてきたところらしい槐がいた。二人で駐車している車に乗り込み、シーベルトをかけ終えると、槐から「はい、どうぞ」と温かい紅茶の缶を渡される。丁度手が冷えてたので、にこはそれで暖をとることにして、車がゆっくりと動き出す。




「迎えに来てくれて有難う、槐」


「どういたしまして」




 槐が安全運転を心がけている横で、にこはそわそわとして落ち着かないでいる。手を温めていた紅茶の缶の開けて、一気に飲み干す。手に熱を奪われているだろうと思ったが、紅茶はそれほど冷めてはいなかった。中身が無くなって冷たくなっていくだけの空き缶を握りしめて、これから向かっていく先のことを想像して、緊張するばかりとなる。


 彼女たちが向かっているのは、弁護士事務所だ。これまでの人生において、弁護士に遭遇したことがないにこが想像する弁護士というのは、一般人には分からない専門用語を連発し、此方が一言発すれば揚げ足を取りつつ百倍にして返してくるような存在。相手の容姿や服装などを見て「こいつ大して金持っていないな」と値踏みをして、適当な対応しかしてくれないのではないか、母親の博子とは別次元の話の通じない人間、それが弁護士――などと想像して、にこは勝手に恐れ戦いている。


 頭の中で楽天的なにこが「梓の知人なのだから、とんでもない弁護士ではないはず。そこまで怯えることはない」と語りかけてくるが、「いや、男相手には良い子ぶって印象を良く見せて、女相手には自分より格下かそうではないかと瞬時に判断して、前者であると分かると華麗に優越感を丸出しにして相手を見下してくる女は割と何処にでもいる。気をつけろ」と悲観的なにこが語りかけてきた。


 ――猜疑心の塊よ、旅に出てはくれないか。出来れば長期旅行を望みます。長い付き合いなんだし、どうせこれからも付き合ってくのは決定しているのだから、少しくらい留守にしても問題はないって!と、にこが仏頂面で脳内会議をしているうちに、弁護士事務所付近のコインパーキングへと到着していた。




(ああ、緊張のし過ぎでゲロ吐きそう……)




 車を降りてから目線を地面に固定して、もたつく足を動かしていると、先を行く槐が足を止める。にこもつられて、足を止め、視線を上げた。外壁に蔦が蔓延っている、煉瓦造りの三階建ての建物の前に二人はいた。建物には看板が設置されていて、一階が喫茶店、二階が弁護士事務所であるとそこに記載してある。菜にも記載されていない三階は空き店舗か、それとも民家か。




「此処で間違いないね、竹生たこう弁護士事務所は」




 喫茶店の方から漂ってくるコーヒーの良い香りを嗅ぎながら、コンクリート製の階段を上がっていき、竹生弁護士事務所の入り口の前へ。緊張のし過ぎで目が死んでいるにことは反対に堂々としている槐が、凝った作りの木製の扉を開けてしまう。


 扉の向こうには受付があり、其処にはふくよかな中年女性が一人座っている。槐が要件を伝えると、彼女は慣れた手つきで内線電話を操り、目的の人物を呼び出してくれる。受付の奥から現れたのは、オカメ――古風な顔立ちと、結い上げられた艶やかな黒髪が印象的な女性だ。




「ようこそ、竹生弁護士事務所へ。どうぞ、此方へ」




 心地の良い声に促されて、にこと槐はパーティションで間仕切りされ、”相談室”と書かれた名札がつけられている空間に通される。




「二連木梓さんに御紹介して頂きました、弁護士の竹生カグヤと申します。どうぞ宜しく御願い致します」


「本日は御時間を取って頂きまして、有難う御座います。二連木梓の弟の槐と申します。どうぞ宜しく御願い申し上げます」


「媚山にこです。宜しく御願いします……」




 手渡された名刺を見て、にこは我が目を疑う。念の為にもう一度見ても、記載されている文字に変化はない。席に着いてからも確認してみたが――やはり変化はない。




(”月姫”って書いて、”かぐや”って読むの……!?当て字は当て字でもこの発想はなかったわぁー……)




 ”かぐや”という名前自体が珍しいとは素直に思った。その名前は漢字表記なのか、ひらがな或いはカタカナ表記なのかと勝手に考えていた。だが、現実は想像を遥かに超えていた。これはキラキラネームといっても過言ではない。


 竹生月姫、竹から生まれたかぐや姫。そんな風にしか見えなくなってくる。実際に彼女は平安時代の絵巻に描かれていそうな古風な顔立ちをしているので、余計に頭を離れてくれない。にこは自分の名前のことを棚に上げていることに気がついていない。




「月の姫と書いて”かぐや”と読ませるなんて、変わっていますでしょう?」


「えっ、あっ、す、すみません。珍しい名前だなと思って……」




 あまりにもにこが名刺を凝視しているので、竹生に気がつかれてしまった。ばつが悪くて仕方がないにこはしどろもどろするしかないが、竹生はそんなことは慣れているとばかりに、あっけらかんと笑っている。その笑みに、嫌悪や侮蔑の色はないようだ。




「振り仮名を振らないと月姫つきひめと読まれてしまうのが難点なのですが、これで”かぐや”と読むとは想像も出来ないですよね。更には苗字が竹生なものですから、竹から生まれたかぐや姫とよく揶揄われます」




 すみません。今まさにそれを想像して悶絶しておりました。すみません。にこは俯き、滝のような冷や汗を流すことしか出来ない。




「僕も名前が読めないと言われることが多いです。木偏に鬼と書いて”えにす”と読むのですけれど、その響きが女の子のようだとも言われることもあります。兄も名前が梓なので、よく女の子に間違えられていましたし」


「私もお兄さんの御名前を伺った時は女性だと思い込んでいて、実際にお会いしたら男性でしたのでとても驚いてしまったことを覚えています。懐かしいですね」




 オカメ顔のかぐや姫はとても品良く、柔らかく笑う。優しい声で落ち着いて話してくれるので、一言一言が聞き取りやすく、醸し出す雰囲気も穏やかだ。弁護士ということで必要以上に身構えてしまっていたにこの緊張が、先程の失敗の焦りが落ち着いてくるとともに溶けていく。




「梓さんから大凡のことは伺っておりますが、改めてお二人から御相談の内容について伺っても宜しいですか?」




 受付にいた女性がお茶を持ってきてくれたのが合図のようになり、雑談は自然と終る。




「それでは、先ずはにこさんからどうぞ。僕の相談は後に回した方が良いと思うから……」


「う、うん、分かった、ええと……」




 槐に順番を譲られたにこは、切っ掛けとなった出来事――音信不通だった実の母親の接触と行動により、大きな問題にまで発展していったことを順序良く説明していく。前日まで槐と打ち合わせをして、練習をしてきたので、時々言葉を詰まらせそうにはなるものの、何とか感情的にならずに最後まで説明することが出来た。


 竹生はノートパソコンに必要な情報を記録していきながら、相槌を打ったり、話を促したりして、先ずはにこの訴えを聞くことに専念しているようだ。そうして、にこの説明が終わると、次は槐の番となる。


 にこと槐の説明が終わると、竹生は先ずにこの相談について話し出す。




「媚山さんは実のお母様との絶縁を望んでいらっしゃるyのことですが……肉親との絶縁に関する法律は存在しません。ですから、事実上の絶縁に限りなく近い方法しか御提示できないのですが……それでも宜しいですか?」


「……はい、問題ありません。今後一切、あの母親と関わらないで生きていけるようになるなら、出来ることは何でもやりたいんです。それから……母親と離婚した父親経由で居場所を知らされることも防ぎたいです」




 にこの実の父親は母娘の間で問題が起きると、「二人だけの親子なのだから、母親の面倒を見るのは娘の役目だ」と言って、自分や新しい家族に被害が及ばないようにするような人物だ。母方、父方の親戚も全く付き合いがないので、絶縁したとしても困ることは一切ないのだと、にこは言い切る。竹生は落ち着いた声で「分かりました」と答えると、にこの目的に叶うだろう方法を幾つも提示してくれた。その中には、にこの勤め先の社長が教えてくれた方法も含まれていて、社長は本当に問題の解決に詳しかったのだと分かる。




「次に二連木さんの御相談の件についてなのですが、法的には口約束であっても契約は成立します。けれども契約書を作成しておく方が、より安心感が増すと考えられます。百万円という大金が関係することですから、そうされた方が良いかもしれません」




 にこの実母の博子は警察沙汰や、裁判沙汰になることを避けようとする嫌いがある。”今後一切にこの前に現れるな、それが守れるなら、本人の承諾無しに借金の保証人にしたことを不問とし、百万円も渡す”という内容の契約になるので、契約書の内容に違反した場合は警察に被害届を出すなどの記述をしておくことも推奨すると竹生が語り、脅迫にならないように気を付けないといけないとの注意点を付け加えた。




「契約書の作成を竹生さんに依頼することは可能ですか?僕が作ると何かしらの不備がありそうで、不安しかないものですから……」


「契約書の作成には別途料金がかかってしまいますが、それでも宜しいですか?」


「お金を惜しんで穴だらけの契約書を自力で作った結果を想像すると、とても怖いので……」


「分かりました。契約書作成の依頼をお引き受け致します」




 にこや梓から聞いた話を統合すると、にこの実母という人物は手強い――いや、地球の言葉が通用しない地球人であると推測される。但し、幸いと言って良いのかは不明だが、警察などの存在をチラつかせれば怯んではくれるようなので、そこを上手く攻めれば問題の解決に繋がっていくかもしれない。そう考えた竹生は一先ず、百万円を渡す条件にしたい事柄をにこと槐に質問していき、必要な項目をノートパソコンに記録していく。




「――それでは、契約書の草案が出来ましたら、此方から御連絡します。この先も何度も打ち合わせをすることになりますが、面倒かと思われますけれど、その度に良いものに仕上がっていくのだと思って頂けたらと。それから、媚山さんのお母様が痺れを切らして接触を可能性がありますので、その際は此方に連絡して頂けますか?下手に相手をすると、お二人の状況が不利になってしまうこともありますので……」


「分かりました。宜しく御願い申し上げます」


「宜しくお願いします」




 本日の目的である相談が終わり、「他にも何か御質問などはございますか?」と竹生が訪ねてくれる。手に入れたかった情報は手に入ったので、にこは特にこれといった質問がないと思ったのだが――ふと、あることが頭に浮かぶ。

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