第26話 地球外生命体と思えば、何とか(参)

 今夜もまた現れた博子に向って、にこが言い放つ言葉は決まっている。それ以外に口に出す台詞は存在しないと彼女は思っている。小さく息を吐いて、にこは目の前に佇んでいる博子に顔を向けて、毅然とした態度で物申す。


「あんたにやる金はないと何度も言っています。なので、早々にお帰りください。金を貰えないからってヒステリー起こして騒がないで。現時刻は夜です。声が響くので近所迷惑にしかなりません。喚いたら、警察を呼ぶよ」


 博子に一般常識というものが備わっていないらしいが、警察に関わってはいけないという意識は備わっているらしい。何度も使用している言葉を放てば、警察の存在に怯んだ博子が退散していくはずだったのだが――一瞬怯みはしたものの、一歩後退りはしたものの、博子はこの場から消えていこうとはしなかった。


「酷い!ママが何をしたって言うの!?可愛い娘に会いに来てるだけじゃないの!それだけで警察を呼ぼうとするなんて、あんた、どうかしてる!!」

「な……っ」


 爆発した感情に任せた博子のにこを非難する叫び声が、夜の静寂を破る。予想外の行動をとられたことで動揺し、にこが言葉を詰まらせていると、オンボロアパートの一室の扉が乱暴に開き、隣人である男子大学生が顔を出して「うるせえ!!今何時だと思ってんだ、ババアども!!!」と怒鳴りつけて、乱暴に扉を閉めた。


(いやいや、あんたも騒音出してるだろ!?)


 激しいだけの隣人の性行為によって齎される騒音はアパートの住人を悩ませている。その元凶であることを棚に上げている大学生の苦情ににこが呆気にとられていると、「ちょっと何よ!?誰がババアですって!?」と、激怒した博子が叫ぶ。その瞬間、にこの堪忍袋の緒がぶちんと切れた。


「いい加減に……しろっ!!!」


 沸点を超えた負の感情が理性を押しのけて、握りしめた拳を振り上げ、博子に殴り抱える。だが、寸でのところで何処からともなく現れた第三者の手が、にこの暴力行為を阻止した。行き場を失った怒りの矛先が博子から第三者へと移行し、にこが血走った目で睨みつけた先にいたのは――槐だった。


(何でこいつがこんな所にいんの?関わるなってメールしたばかりじゃなかったっけ……?)


 にこの手首を捉えている槐は流れるような動きで、彼女と博子の間に割って入ってくる。それが博子を庇っているように見えて、何処かへと飛んでいきかけた怒りがあっという間に戻ってくる。何が何でも一発ぶん殴ってやろうとして暴れるが、にこの全力をもってしても槐の手を振りほどけない。槐も槐で、全力でにこを止めているからだ。


「……何でそのオバサンを庇うんだよ。私が悪者なの?いつだってそうだよ、私が悪者扱いされる。何か言えよ、お坊ちゃま……!」


 槐の背に隠れている博子がひょっこりと顔を覗かせて――ほくそ笑んでいる。突然現れた槐に助けられたことが嬉しくて、騎士に守られているお姫様気分になっているのかもしれない。歯を食いしばって睨みつけてくるにこを静かに見下ろしている槐は徐に彼女の耳元に顔を寄せて、彼女にだけ聞こえるように囁いた。

 ――怒りに任せて手を出してしまうと、この人は喜んで被害者ぶるよ。

 思いがけない台詞を耳にしたにこは驚いて、目に宿っていた瞋恚の炎を消し飛ばす。力の抜けた彼女の手がゆっくりと落ちていくのを見て、槐は漸く彼女の手首を掴んでいた手を放した。それから彼は身を翻し、大人しくなったにこを背に隠すようにして、博子に向き合った。


「こんばんは、お姉さん。もう夜も遅い時間帯ですから、外で大きな声尾を出すのは控えた方が良いですよ。彼女と話したいことがあるのでしたら、場所を変えませんか?このまま外にいると体も冷えてしまいますから」

「……え?あんた、いきなり何を言って……」

「えぇ~!?私ったら、このイケメン君に誘われてるの!?やだあ、嬉しい~!良いわよ、二人で何処かに行きましょ~♪」


 変わらず音量に気を遣わない博子は槐をじろじろと値踏みをするように見つめると、彼の腕に蛇のように自分の腕を巻きつけ、体を押し付けた。


(……槐に触るな、ババア!私だってまだ、槐にそんなことしてねーのに……!)


 薄い笑みを浮かべて、博子の腕を振り払おうとしない槐に腹を立てていると、槐が急に振り返ったのでびっくりしたにこが固まる。


「にこさん、この近くにゆっくりと座っていられるようなお店はあるかな?」

「え?あ、あー、駅の方まで行かないとファミレスとか居酒屋はない……けど」

「そう、分かりました。それでは、ファミリーレストランに向かいましょうか」

「えぇ~?私はフレンチかイタリアンのお店が良いんだけどぉ~」


 博子の要求をさらりと無視して、槐が歩き出す。それに気付いていないのか、博子は上機嫌で彼と腕を組んだままついていく。少し遅れて、にこも歩き出す――二人の背中を睨みつけつつ。




 槐が二人を連れてきたのは、駅の近くにあるファミリーレストラン。夜も遅い時間帯ということもあってか、未成年の姿はなく、成人している若者や中年の男女の客が全客席の半分ほどを埋めている。騒がしくもなく、静かすぎることもない店内で、店員に案内された席に着くなり博子は早速メニュー票を広げて、何を注文しようかと考え出す。彼女と反対側の席に座った槐は隣に座ったにこにメニュー票を手渡して、「好きなものを頼んで良いよ」と微笑む。


「……ああ、そういえば自己紹介をしていませんでしたね。僕は二連木槐と申します」

「にれんぎえにす?へぇ~、変わった名前だね。キラキラネーム?親はちゃんと考えて名前ををつけてくれた?私はね、いつでもにこにこ笑ってる可愛い女の子になって欲しくて、”にこ”って名前をつけたのに、にこはこんな可愛くない顔になっちゃってさ~。酷いよね~、私の期待を裏切って。あ、そうそう、にこの知り合いなんだよね?どういう関係?」

「僕はにこさんとお付き合いをしています」


 槐の発言に、メニュー表から目を離さないでいた博子が顔を上げて、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をし、にこは物凄く嫌そうな顔をしたが、それを否定はしなかった。詳細は告げてはいないが、槐の言っていることは事実なので否定出来なかった。


「え、噓でしょ?にこにカレシが出来たの?ありえない……だって、可愛げないし、美人でもないし、性格も良くはないし。分かった、冗談なんだよね?そうかそうか、イイ年して誰とも付き合ったことがないにこが可哀想だから、同情して嘘を吐いてくれたんだね!」

「……嘘は、吐いてはいませんが」

「分かってる!お姉さんは君の優しさを分かってるから!お姉さんはね、博子っていうのよ。にこの実のお姉さんなの」

「平然と嘘を吐くな。姉じゃなくて、四十四歳の母親だろうが……認めたくねーけど」


 屋外からファミリーレストランに場所を変えても、博子は声の音量に気を遣わない。近くの席に座っている男性客が迷惑そうに顔を顰めているのが目に入ったにこが「声を落とせ」と注意をしても、博子はお構いなしだ。


(誰とも付き合ったことがない、ってのはない。あんたに男関係を話したことがないってだけだよ)


 それにしても、にこのことを何も分かっていないのに、何もかもを分かっているかのような知ったかぶりで好き放題に喋っていられるものだと感心してしまいそうになり、にこは嫌悪感に襲われる。


「あのねえ、若くしてあんたを産んだんだもん、姉といっても問題ないし!まあね、若く見えるけど、これでも二十歳を超えてる娘を持つ母親なの。びっくりしたでしょ!?」

「そうなのですか。とてもそのようには見えませんでした。驚きです」


 街灯の光の下では誤魔化せていたのかもしれないが、LED照明の下では博子の寄る年波は隠しきれていない。若者らしい恰好、化粧をしても、実年齢の影がうっすらと存在感を放っているのだ。

 ――こいつ、本当に気が付いてないの?

 槐は視力に問題があっただろうかと、にこは勝手に彼のことを心配する。槐の発言に裏が存在するのか、しないのか。それはにこが想像しても、彼女には分からない。

 ――お金、有難う。これでアパートの家賃とか、電気代とか何とか払えるよ。

 家庭教師してもらっている御礼のお金が入った封筒を握りしめて、安堵している高校生のにこ。今にも泣き出してしまいそうな、でも泣くことが出来ない不器用な彼女の姿が槐の脳裏に思い浮かんだが、邪魔が入って、それは泡沫と消えた。


(これが、にこちゃんの母親。にこちゃんを悩ませていた、存在……)


 斜向かいに座っている博子を観察している槐は笑顔を貼り付けてはいるが、目は氷のように冷たく、笑っていない。店員に回りくどい話し方で注文内容を告げている博子の猫撫で声が、にこの声に似ている。媚びた視線を送る目も、口紅を塗りたくっている唇の形も、顔の輪郭も、にこに似ていて、彼女と博子が血を分けた親子であることを証明しているようで槐の胃の辺りがむかむかとしてくる。

 注文した飲み物や食べ物が配膳されるのを待ちながら、にこや槐が考え事をしていると、博子が自主的に身の上話を語り始めた。にこと槐が相槌を打ったりしなくても、博子はベラベラと自由に喋る。


「――それでね、ママが困ってるっていうのに、にこってば酷いのよ?全然お金をくれないの、しっかり貯めこんでるはずなのに!本当に困ってるから、毎日毎日お願いをしにいってもね、お金はくれないし、警察まで呼ぼうとするのよ!離婚してから女手一つで育ててもらった恩を仇で返すとか、どうしてこんな風になっちゃったのかしら?私の努力を返して欲しいわ!」


 先ずは飲み物が運ばれてきて、ホットコーヒーが槐、アイスコーヒーがにこ、そしてコラーゲン入りのアセロラジュースが博子の前に置かれる。にこは予め机の上に置かれているガムシロップを鷲掴みにして取り、どんどんアイスコーヒーの中にそれを投入していく。五個ほどガムシロップの容器を空にすると、態と音を立ててアイスコーヒーをストローで掻き回し、一気に半分ほど飲んでしまう。思っていたよりもアイスコーヒーが冷たくて、彼女はアイスクリーム頭痛を起こした。


「にこさんが貴女にお金を渡さないのは、無理もないことだと思います。貴女が勝手ににこさんを借金の保証人にして、更には借金を踏み逃げしたので、消費者金融の方がにこさんに借金の取り立てをしてきたので、彼女は貴女の代わりにお金を払ってしまいました。その御蔭で彼女の貯金は全て無くなり、仕事も無くし……生活をしていくだけで精いっぱいの状況が暫くの間続きました」


 それからどうにか再就職が出来て、生活にも余裕が出てきて、少しずつ貯金をすることが出来るようになってきたばかりの頃合いに、突然現れた博子に多額の資金援助をするなど出来なくて当然だ。と、槐が淡々と告げたところで、博子が注文していたヒレステーキセットが配膳される。話半分すらも聞く気がないのだろうと推測出来ているのだが、それでも槐は食事を始めた博子に言葉を投げかけていく。今度こそ、にこを守らなければ、という思いに突き動かされて。


「……正直に申しまして、貴女と貴女の未来の旦那様が職を見つけて働いて、お金を稼いでいった方が良いと僕は思います。これから家庭を築いていくのですから、安定している生活をする為に二人で力を合わせて働いていくのが良いのではないかと」


 カチャカチャと耳障りな音を立てて肉を切り、クチャクチャと音を立てて食事をしている博子は手を止めることなく、口の中に食べ物を入れたままで槐に反論をする。


「だってダーリンは作品を書き上げることに集中してるのよ?そんな状態で働ける訳がないじゃないでしょう?だからね、私が支えてあげないといけないの!でもね、今はお腹に赤ちゃんがいるから私は働けないし、元気な赤ちゃんを産むために産婦人科にも通わないといけないし、とにかく、お金が必要なの、今すぐに!だから、にこに頼んでるんでしょ?ママにお金を頂戴って。育ててもらった恩があるんだから、にこはね、ママにお金を渡さないといけないって義務があるの。分かる、イケメン君?」

「いいえ、にこさんにはそんな義務はありません。貴女には未成年のにこさんの生活を保障し、教育を受けさせる義務はありました。ですが、成人したにこさんには母親である貴女の生活を保障しなくてはならないという義務はありません」

「え~?そんなことないよ~?だって、憲法にも書いてあるでしょ?お勉強してないの、イケメン君?」


 くすくすと笑って話をはぐらかしている博子に負けず、槐が笑顔で「そんな義務が存在するとは、憲法には一言一句書かれていませんよ。是非とも、日本国憲法の全文を御覧ください。その上で僕が申し上げたことが間違っているのでしたら、お詫び致しますから」と言い返す。

 火花散る槐と博子の諍いを傍で眺めているだけになっているにこは、「あれ?槐ってこんな奴だったっけ?ていうか何で私に代わって私のことをこいつが勝手に喋ってんの?」と悩みつつ、冷や冷やしている。このままでは博子が癇癪を起し出すに違いないと、にこの経験から来る警鐘が鳴っている。


「先程も申し上げたように、にこさんには貴女にお金を援助するほどの余裕はありません。ですから、援助を求める先を変更なさっては如何でしょうか?にこさん、にこさんの母方の御祖父さん、御祖母さんは御健在ですか?」

「え、いや、私は母方の親族に会ったことないから、知らない……」


 槐に尋ねられて、にこは初めて気が付く。そういえば、母方の親族のことは何も知らないと。父方の親族には会ったことがあっても、母方の親族には一度もあったことがない。母親に兄弟姉妹がいるのかも、母親の両親が健在であるのかも、まるで知らない。どうして一度も疑問に思ったことがなかったのか、と肝を潰す。


「私の両親は生きてるよ。それがどうかしたの?」

「そうですか。貴女の親御さんが御健在なのでしたら、其方に資金援助を求めてみては如何でしょうか?事情を話せば、力になってくださるかもしれません」

「何を言うの、イケメン君!私の両親に迷惑をかけるなんて出来ないわよ!だってもう年金生活してるだろうし?貯蓄もそんなにしてなかったと思うし?それにね、実家には怖い妹がいるの!私が実家から飛び立って行く時、妹は言ったわ……『あんたとはもう縁を切る。二度とこの家に戻ってくるな』って。酷いわよね、かよわい姉にそんな汚い言葉を投げかけるだなんて。昔から気が付いていたけど、妹は実家の財産を独り占めしようとしていたわ。だから私の存在が邪魔だったのよ……!ああ、酷い……!」


 フォークを持ったまま、自分で自分を抱きしめて、恍惚の表情を浮かべて熱弁している博子を、にこと槐は白い目で見ている。そんな二人の頭の中に思い浮かんだのは、「どうやったらここまで自分に酔えるのだろうか?」という感想だった。感覚を共有することが殆どない二人の意見が、珍しく一致している。


「それでは、未来の旦那様の御両親に頼ってみては如何でしょうか?孫が生まれてくるのかもしれないのですから、若しかしたら、力を貸してくださるかもしれません」

「あのね、イケメン君?ダーリンは小説家になるために、一流のサラリーマンを辞めて、親の反対を押し切って家を出てきたの。私に出会うまでダーリンは親の力も借りずに、一人で生きてきたのよ。ダーリンの親は頭が硬いから、きっと助けてくれないわ。だから、私が支えてあげないと!だからね、私はにこに頼るしかないの。誰も味方になってくれないけど、にこは私の娘だもの、話し続ければきっと、にこは私の味方になってくれるはず。そうだよね、にこ!?」

「……っ!?」

「申し訳ないのですが、そんなことはさせません。僕が全力で阻止します」


 身を乗り出して、顔を近づけてきた博子に驚いて言葉を失っているにこを庇うように、槐が腕を伸ばして、博子の接近を遮る。博子が望む方向へと話を進ませないようにと妨害する槐、博子に怯えて顔色を失い、俯いて黙ってしまったにこ、そして不機嫌を露にする博子。三人が利用している席の空間に、奇妙な圧力のある沈黙が生まれる。


「……じゃあ、私とダーリンにどうやって生きていけって言うの?」


 短い沈黙は博子の言葉で霧散していった。媚びた甲高い声音を捨て、怒気を含んだ低い声音で槐に問いかけるが、彼の返答を待たず、両手で机を思い切り叩いて大きな音を出して立ち上がり、博子は涼しい顔をしている槐を睨みつける。


「私はねえ、ダーリンを支えていかなくちゃいけないし、でもお腹に赤ちゃんがいて働けないし、いつまでもカプセルホテル暮らししていたくないのよ!にこにお金を払わせないって言うなら、代わりにあんたが払いなさいよ!!!」


 机を叩いた音で静まり返ってしまった店内に、博子の怒号が響き渡る。するとファミリーレストランの店長である中年男性が席にやって来て、丁寧な対応でもって、「大きな声で騒がないように」と注意を受けた。然し怒りが収まらない博子は聞く耳を持たず、只管に槐を睨み続けるばかりだ。そんな博子に代わり、槐が店長や周囲の客に頭を下げ、にこも恥ずかしさに震えながら、槐と同じように頭を下げた。

 席に座り直した槐は静かに息を吐き、冷たい微笑を浮かべて、博子を捉える。


「そうですね、此方が出す条件を全て飲むと約束をしてくださるのでしたら、僕がにこさんに代わって、貴女に資金援助をします。当面の生活費として五十万円を要求されているのでしたよね?条件を守ると約束出来るのでしたら……倍の百万円でも構いません」

「……ひゃくまんえん……良いわよ!約束してあげる、百万円頂戴!」


 槐の思いがけない提案に機嫌を直した博子はどすんと座り、残っているジュースを音を立てて一気に飲み干す。一方のにこは動揺して、信じられないものを見てしまったかのような表情になっている。


「……ちょっと、槐っ。あんた、何を馬鹿なことを言ってんの……!?」


 条件を守ると約束させたところで、博子は絶対に約束を守らない。娘とは別に、大金をくれる人間を見つけたと喜び、槐から金を毟り取り続けるに決まっている。槐がいくら裕福な家庭の人間とはいえ、欲望に際限のない博子に取り憑かれてしまったら破産するまで追い詰められるに違いない。経験に基づく直感でそう危惧したにこが、震える手で槐の袖を掴んで、槐の意識を自分へと向けさせる。槐は彼女の方に顔を向け、「どうしたの?」と優しく問いかけた。

 無謀なことをするな、と、叱り飛ばしたいのに、金魚のように口をパクパクとさせていることしか出来ないでいるのがもどかしいにこの手に自分の手を添えて、槐は力強く微笑んだ。


「大丈夫。僕に任せて」


 どういう理由なのかはにこにもよく分からないのだが、槐の一世一代の台詞は彼女に勇気を与えてはくれず、彼女の心を底無しの不安の沼に沈めていった。

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