追及

 あまりにも衝撃的な展開に、その場にいた誰もが言葉を失った。ついさっき、彼女が緒方の殺害を告白したシーンを見たばかりではないか。あの涙ながらの演技には誰もが心を打たれていた。さすがは大女優、三木麗央奈。ある意味これは、緒方に蹂躙されていた彼女が復活を遂げる物語だったのかもしれない。そんな感動を抱いた矢先、今度は本物の事件で彼女が告発されている。その光景はおよそ現実のものとは思えなかった。まだドラマの撮影が続いているのではないかという錯覚を抱かせたほどだ。


「……あたしが、あの人を殺したとおっしゃるの?」


 麗央奈が目を伏せて静かに尋ねた。殺人犯として告発されているというのに、その態度は先ほどまでと変わらず落ち着き払っている。


「……はい。自分もまさかこんな展開になるとは思っていませんでした。正直今も信じられない気持ちです」


 木場が力なく手を下ろした。最初は何かの間違いだと思おうとした。どこかに見落としがあるだけで、まだ他の可能性が残されているはずだと。だが、その願いは露となって消えた。彼女が犯人であることは、もはや抗う術のない事実であった。


「……聞かせて頂けるかしら? あたしを犯人だと断定する理由を」


 麗央奈が顔を上げて尋ねた。その表情に動揺した様子は微塵も見られない。木場はゆっくりと頷くと、再びスタジオを歩きながら話し始めた。


「……まず、小幡さんの証言があります。彼が実際に被害者の楽屋に入ったのは12時40分頃のことでした。その理由について、小幡さんはこんな証言をしています。『倉庫にいた時、被害者の楽屋から再び口論のような声が聞こえた。その後、男の呻くような声が聞こえたので、様子を見に行った』……と。彼は廊下に人がいない隙を見計らって倉庫から出て、被害者の楽屋に入りました。……彼はそこで見てしまったんです。絞殺されている被害者の死体を……」


 関係者がはっとして息を呑み込んだ。何人かの女性スタッフが手で口元を覆い、顔を青ざめさせていく。


「小幡さんは肝を潰したと言っていました。そりゃそうですよね。いきなり本物の死体を目の前にしたんですから……。ただ、彼はそこで、被害者の首に巻かれているのが麗央奈さんのスカーフであることに気づきました。

 小幡さんは焦ったそうです。凶器が麗央奈さんのスカーフだとバレたら、彼女に疑いがかかってしまう。そう考えた小幡さんは、咄嗟に被害者の首からスカーフを外しました。

 でもその時、誰かが楽屋の方に近づいてくる足音が聞こえたので、小幡さんはスカーフを持ったままテーブルの下に身を隠しました。間もなく扉が開き、ヒールの音が近づいてくるのが聞こえました。その人物は死体を見ても悲鳴を上げなかった。そこで小幡さんは気づいたそうです。犯人が現場に戻ってきたんだと……。

 小幡さんはテーブルの下で息を殺して犯人が立ち去るのを待ちました。その間、楽屋にはずっとテレビの音が流れ続けていました。小幡さんが映像を見た……いや、聞いたのはこの時のことです。

 ただ、突然そのテレビの音が消えて、楽屋は急に静かになりました。小幡さんは不安になり、何が起こったかを確かめたい衝動に狩られましたが、犯人が立ち去るまで堪えました。

 やがて再びヒールの音がして、次いで扉が開く音が聞こえました。小幡さんはそこでとうとう我慢しきれずに、テーブルの下から少しだけ顔を出して犯人の顔を見ようとしました。そこで彼は目撃してしまったんですよ……。楽屋の扉を閉めようとする麗央奈さんの姿を……」


 その事実を語った時の小幡の表情は何とも痛切なものだった。自分の身を呈してでも大切な人を守ろうとしたのに、結局叶わなかった。その無念が、無力感が、痛いほど木場にも伝わってきた。


「小幡さんは動転しながらも必死に考えました。麗央奈さんの犯行を知っているのは自分しかいない。だったら自分が麗央奈さんから疑いの目を晴らせばいい。そう考えた小幡さんは証拠の隠滅にかかりました。

 まずは指紋。ドアノブを始め、ソファーやテレビの周辺など、麗央奈さんの指紋がついていると思われる箇所の指紋を片っ端から拭き取りました。死体はどうすることも出来ませんから、後は凶器です。スカーフを現場に残していけば麗央奈さんが疑われることは間違いない。だから小幡さんは現場から飛び出し、近くの焼却炉でスカーフを燃やすことにしたんです。スカーフが燃え残ってしまったことは誤算だったようですが」


「じゃあ……そいつが13時に緒方の姿を見たって言うのも?」飯島が恐る恐る尋ねた。


「はい。麗央奈さんへの疑いを背けるためです。その証言によって、小幡さん自身に容疑が降りかかることまでは想定していなかったようですが、彼はそれでもいいと言っていました。自分が捕まることで、麗央奈さんが女優を続けられるなら本望だと……」


 言いながら、木場はやるせない気持ちがしていた。麗央奈と初めて出会った時、寄る辺ない少女のような姿に木場は心を打たれ、何としてでも彼女を守ると決意した。だが小幡の覚悟を知った今では、そんなものは所詮口先だけの言葉に過ぎなかったのだと思うようになっていた。

 小幡のやり方が正しかったとは思わない。彼は犯人を隠匿した。罪に問われることは間違いないだろう。でも、彼は自分が殺人犯の汚名を着せられてでも麗央奈を守ろうとした。それだけに、同じように彼女を守ろうとしていながら、結局こうして彼女の罪を暴くことしか出来ない自分の存在が、無価値なものに思えてならなかった。


「麗央奈さん、小幡さんは全て白状してくれました。彼の嘘は全て、あなたを守るためについたものだった。逆に言えば、小幡さんがそこまで嘘を重ねたという事実が、あなたが犯人であるという何よりの証拠なんです」


 木場は一心に麗央奈を見つめた。テレビで何度も目にし、ずっと憧れていた彼女の姿。その姿を見るのがこんなにも辛いと感じたことはなかった。

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