第6話
『深きもの』たちとの何度かの遭遇を可能な限りやり過ごし、時には発見される前に片付けながら一行は予定時刻を大幅に超過しながらもようやく日比谷に辿り着いた。
墓標のように聳え立つ高層オフィスビル群の谷間に横たわる、そこだけ鮮やかな緑の木々……そこが目的地である日比谷公園だった。
通常であれば人々の憩いの場であるべき公園だが、今は……
「見ろよ」
リンダはコンラッドから手渡された双眼鏡を覗き込んだ。襲撃作戦がどこからか漏れていたとすれば、この撤収ポイントも……というコンラッドの予測は不運にも正しかった。少し離れたオフィスビルの五階から公園を見下ろせば、生い茂る樹々の間をウロウロと歩き回る『深きもの』の姿が確認できる。
「待ち伏せ、ってわけね……どうする?」
「突入するしかないだろうな」
コンラッドは即答した。自分たちが撤収ポイントに辿り着けば、GPSの位置情報を探知して迎えのヘリコプターが来てくれる手筈になっている。つまり、脱出するためには『深きもの』の群と一戦交え、迎えが来るまで持ち堪えるしかないのだ。
「でも、もうとっくに時間オーバーしてるのよ。迎えなんて来てくれるかどうか……」
「だが、やるしかない。俺たちが助かる道はこれしかないんだ」
「……そうでもないんじゃない?」
二人のやり取りに大あくびをしながら口を挟んできたのはもちろんキングだ。
「どういう意味だ?」
「諦めて此処で暮らせば? 以前ならともかく今はあの魚人間がいるから食い物にも困らないし、案外快適だよ?」
キングの提案を「ふん!」とコンラッドは鼻で笑い飛ばした。
「それで俺たちが死んだら食料にしようってか?」
「あぁ、その代わり俺が先に死んだら食っていいんだぜ」
「誰が食うか!」
怒鳴りながら、コンラッドはその辺に放置されていた、壊れた電卓を投げつけた。
「いいか、俺たちは人間なんだ! 獣じゃねぇ! 死体を食って生き延びるぐらいなら、潔く、人間らしく自ら命を断つ!」
壁に当たった電卓がバラバラになって床に落ちる。それを見届けたキングは冷笑をうかべながらコンラッドに向き直った。
「アンタってさ、よっぽど恵まれた環境で生きてきたんだな」
「なんだと!」
「人間人間って……人間がそんなにエライのかよ。そんなつまらない事にこだわってるからアンタら負けたんじゃねぇの?」
「てめぇ! もう一度言ってみやがれ!」
コンラッドはキングに飛びかかり、襟首を掴んでその背中を勢いよく壁に叩きつけた。
「オマエに何が分かる! 獣のクセに人間の戦いにケチつけてんじゃねぇっ!」
雷のような怒声が響き渡るが、相変わらずキングの表情は変わらない。出会ってからの半日でもう何度目の衝突だろう……リンダは呆れながら二人の間に割って入った。
「そんなことしてる場合じゃ無いんだから、二人とももういい加減にして。コンラッド、どうするの? 行くの? 行かないの?」
「行くに決まってる!」
キングの身体を投げ出しながらコンラッドは吠えた。
「たとえ迎えが来なくても、死ぬときには一匹でも多くヤツらを道連れにしてやる! 見てろ、オマエに人間の戦いってヤツを教えてやるからな!」
「それで、どうやって攻めるの?」
リンダの問いかけに、コンラッドは「あぁ」と頷きながら不敵な笑みを浮かべた。
「ヘリが降りてくるのは日比谷公会堂の向かい側にある第二花壇だ。ここからだと公園を突っ切る形になる……が、迂回している暇はない。どうせ途中で敵に見つかって足止めを食らうのがオチだからな」
「あぁ」
やっぱりね、という顔でリンダはため息をついた。
「皆までいう必要はないわ……行くわよ、キング」
「分かった。それで銃と弾はちゃんと貰えるのかな?」
「約束は守るわよ……生きてればね」
「分かった」
三人は自動ドアの破壊されたビルの入り口に身を隠した。目の前の大通りを横切ればすぐに日比谷公園だ。三人のいる場所からでも、公園内をうろつく何体かの『深きもの』の姿を確認することができる。
公園内にどれほど敵がいるのかを把握する術はない。しかも、日比谷公園には皇居外苑の堀が隣接しているのだ。戦闘が始まればすぐさま増援が押し寄せてくるのは目に見えている。
それでも、やるしかない。コンラッドとリンダは覚悟を決めてM4を構え、キングも愛用の鉈を抜き放つ。
「GO!」
コンラッドの合図で、三人は一斉に驟雨の中へと飛び出した。
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