大陸からの客

「やぁ、地元の子かな?」


玄狼が流暢な日本語で話しかけられたのは島の港近くでの事だった。


島と言っても彼の住む奥城島ではない。奥城島が属するK県における最大の島、商豆島でのことである。

瀬戸芸を見に行こうと二年生の先輩である福田 安里紗ふくだありさに誘い出された彼は彼女と共に週末に商豆島に来ていた。


先日、二人は奥城島で瀬戸芸の作品を見た後に鷹松港に戻ったのだがフェリーの都合が悪く他の島には行けなかった。そこで今日の道行きとなったわけである。


船の中は思ったより混み合っていた。瀬戸芸を観賞に来たツアー客達が殆どらしかったがお陰で中学生の男女のカップルが紛れ込んでもそれほど人目を引いてないように思える。

玄狼も安里紗も細身で色白だからパッと見には似ていなくもない。恐らく父母達と家族連れで来た姉弟ぐらいに思われているのかもしれない。



「ね、木地谷 亜香梨きじや あかりちゃんやったけ? 彼女とは仲良くやっとん?」



フェリーの最上階にある甲板のデッキチェアに座って海を眺めているといきなり安里紗がそう訊ねて来た。



「えっ? ああ、まぁ仲良くやってますけど・・・」


「そうなん? 週末にほったらかしにしてウチと二人で瀬戸芸を鑑賞に行っきょるなんてあの娘、何ちゃ文句言わんの?」


「そら、そなん事言うてないし。」


「うわぁ、ほんなら完全に二股という事かぁ? ・・・水上君、悪い男やな。」



玄狼は 『それ、絶対 ”オマ言う” 違うんか!?』 と叫びたいのを堪えて無言の抗議を示すかのように僅かに視線をずらすとボソッと呟いた。



「向こうも連れと一緒に市内に買い物に行く予定があったらしいけん別に構わんでしょう・・」


「連れ? 連れって女子なん?」


「でしょう、多分。」


「多分て・・えらい危機感が薄ない? ホンマにあの娘と上手い事行っとるん?」


「そやけん女子。女子ですって。志津果と行くんじゃ言うとったから・・・ 」


「志津果? ああ、あのキリッとしたハンサムガール!

それやったら心配ないやろきんど・・・

ああ、でもあんなラノベに出て来る女騎士みたいなクールで綺麗な子とギルドの看板受付嬢みたいなセクシーな可愛い子が二人で街を歩いとったらチャラい男子がようけ寄ってきよるかもね。逆にそっちの方が心配なんと違うん?」



『そなん事、知らんがな。あの二人がナンパされようがどうしょうが俺に関係ない話やし。

それに前にヤンキーのヤバい奴らに騙されて危ない目にうた事があるからおかし気な連中について行ったりせんやろし・・・【第24話:ヤンキーの男女】参照             


大体、女騎士どころか危険度Aレベルモンスターのオーガみたいな脳筋狂暴女に心配やのいらんしな。心配せないかんのはナンパしてきた不運な男子の方やろが。』



玄狼は胸の中でそう思ったが口には出せなかった。もしそんなことを言ってしまえば自分と亜香梨が偽装カップルであることがばれてしまう。

そうなると安里紗とその周りの二年の先輩女子グループからの干渉チョッカイが再開して同級生の男女からジト目で睨まれる日々が復活してしまう事になるかもしれない。



「イ、イヤ、そんなことはないですよ。なんつっても俺とアイツあかりの間には今までに培った深い信頼と絆がありますからね。 心配なんて・・アハ、アハハハハハ・・・」


「そんだけ不自然な乾ききった笑い声聞いたん初めてなんやけど。」



先輩女子は冷めた声でそう言うと訝し気な眼差しで玄狼を見た。



「ウチな、周りから白狐びゃっこ様って呼ばれとんやけど水上君、それ知っとった?」


「はぁ、ま、噂ぐらいは・・・」



福田 安里紗が学校でそう呼ばれていることは玄狼も知っている。と言ってもつい最近、小耳にはさんだ程度だが。



「ウチの母親な、霊能者なん。」


「ヘッ? 霊能者?」


「そ、この辺りじゃかなり有名な存在やで。いろんな人の悩み事や困り事を聞いてそれにアドバイスしてあげるんよ。先見いうてその人の未来の事を占ったりとかな。

ま、宗教法人とかの大層なもんやなしに個人でやっとる拝み屋さんみたいなもんやけどね。

本人は自分には天狐クラスの狐が憑いとるとか言うとるけどウソかホンマかウチにはよう分からんわ。」


「という事は福田先輩も・・・霊能者?」



彼は恐る恐る安里紗にそう訊いた。

すると彼女は片方の口角を上げてニヤリと嗤うとこう言った。



「どっちやと思う?」



玄狼は答えようが無くて彼女の顔をじっと見た。念能者かどうかであれば彼には容易に分かる。対象の人物を念視すればいいだけだ。

念視能とは光の代わりに念を媒体として周りの物体を認識する能力である。よって遠方や広域的な状況は把握しづらいのが欠点だが反面、物質のみならず非物質も視覚として捉えることが出来る。どちらかと言えば視覚というよりも触覚に近い感覚かもしれない。


念能者を念視すれば平常時でも身体の何処からかは念気が薄っすらと立ち昇っているものである。優れた念視者なら念の濃淡だけでなく色の違いによって念の質や種類まで見分けることが可能だ。当然、玄狼もそれが出来る。


だが霊能者は念視で見分ける事は出来ない。霊能と念能は似て非なるものだ。念能は物理化学の法則に則った科学現象を発現するものであり片や霊能は未来の予見や過去世と現世における魂の輪廻のといった科学的説明がつかない事象を解明しうる能力である。


確かに式神を操り現世に具現化させる巫無神流の法術も霊能力によく似てはいる。だがそれは本能的な自我のみを与えられ馴致された念体を己の意志通りに操っているに過ぎない。魂や霊といった肉体を持たずに明確な自我を持った不可思議な存在と意思の疎通ができるわけではないのだ。


その場に残された念の残滓によって過去の出来事を知る念能力もそれは飽くまで石、木、金属などの媒体に刻み込まれた念という記録データを読み取り解析しているだけである。

超膨大な不確定要素の集合体である未来を予測するような得体の知れない能力ではない。ましてやそのような能力の有無など判定できるはずもなかった。



「分からないですよ・・・・そなん事。」


「えっ! 分からんの? ふーん、そっか、そうなんや。

おっとろしいまでの物ごっつい念能を持っとるくせになぁー。」


「 ‼ 」



玄狼は驚いてそれまでわざと逸らしていた視線を元に戻すと安里紗の顔を見た。自分の念能について彼女に話したことは無い。彼女以外の生徒達についても同様だ。

知っているとすれば城山小学校の仲間達五人だけだろう。その中でも彼の化け物じみた圧倒的な念能力を正確に認識しているのは浦島 郷子ぐらいだ。いやその郷子ですら完璧に認識しているとは言えまい。

だが安里紗の口調にははっきりとそれを知っている確信めいた響きがあった。



「アハ、びっくりした? 実はな、ウチ、少しだけやったら念視もできるんよ。霊視とはまた別にね。

水上君の身体から薄紫色のこんまい光の粒が煙みたいに立ち昇っりょんが見えるきん。

まるで竜巻みたいに捻じれながら天に向かってぐんぐん伸びていっきょるよ。」



その言葉を聞いて玄狼も安里紗を念視してみた。普段の自然体の念視ではなく意識を集中した高レベルの念視で彼女を視る。

途端に安里紗の後方に大きな白い光体が現れた。それは余りに眩しすぎて何であるのかが分らないほどの強烈な光であった。更に集中度を深めて念視レベルを上げていくと徐々に眩さは治まってそれは人型の存在となった。


ただそれは恐ろしく異形の人型であった。

二メートルを遥かに超える巨体に黒光りする鉄肌のような皮膚、一体となって長く伸びた口と鼻が鎮座する顔、そして背後には二翼の巨大な黒羽が生えている。



「て、天狗!」



まさしくそれは昔話に出て来る天狗そのものの姿だった。驚愕の余り思わず口から出てしまった少年の声を聞いて少女の口角がさらに上がった。めくれ上がった可憐な朱唇の下に真っ白な可愛らしい犬歯が覗いている。



「へぇー、凄いな! 水上君、ウチの守護霊様が見えるんや? ウチの守護霊様な、酒出市さかいでしの白峰山にすむ相模坊さがんぼう天狗なんで。(なんだよ。)

日本八天狗の一つに数えられる大天狗なんやって。

まあ、母さんから聞いただけやからホンマかどうかはようわからんけど・・・・


天狗の狗って字な、” いぬ ” って読むんやけど ” きつね ” と読むこともあるんやて。そやきん天狗って天狐が人の姿に変じたものやって説もあるらしいわ。

天狐が憑いとる女の娘に天狗が憑いとるなんて何かしゃん出来過ぎた話や言う気がするんやけどな・・・・ほんでもそれが見えるっちゅうことは水上君も霊視が出来るゆう事なんちゃうん?

えっ、もしかして先見とかできたりするん?」


「いや、そなん事が出来るんやったら苦労せんですよ。それやったらテストも内申書もこわないでしょう。」


「そしたらウチの心の中がわかるとか?」


「あの、それもう念能でも霊能でもないですから。それもう超能力ですから・・・・ま、先輩が霊能者や言う事はわかりましたけどね。」


「どしてわかったん? やっぱり超能力者違うん? 精神感応テレパシーとか使うたわけ?」


「さっき自分で全部言うたやないですか! 念視と霊視が両方出来るって!」



そんな会話をしながらフェリーは一時間ほどで商豆島の殿庄とのしょう港に着いた。船を降りてすぐのところに展示されてある芸術展の作品を見ていると安里紗がちょっと行ってくると言って離れて行った。


女の子に対してわざわざトイレですかと確認するのが野暮であると気付くぐらいには玄狼も気が回る。黙って見送った後で海から吹いて来る未だちょっと肌寒い風に当りながらぼんやりと海を眺めていた。


その時だった。誰かが傍に立つ気配がしたのと同時に話しかけて来たのは・・・・



「やぁ、地元の子かな?」



見たところ三十代後半から四十代の初めと言った感じの男性が彼のそばに立っていた。白くうねる波に気を取られていたせいだろうか、近づいて来たことにまるで気が付かなかった。



「いえ、此処とは別の島から来ました。だから地元の子じゃないです。」


「ああ、そうか。中学生がこんな場所に一人でいるからてっきり地元の子かと思ったよ。でも地元の子じゃなくても日本人なら瀬戸芸の開かれている地名や場所がある程度はわかるんじゃないかな? 少し教えて貰えると有難いんだけど。」



男の頼みは奇妙なものだった。地元の子ではない少年に大人が道を訊くだろうか?

それに日本人ならとはどういう意味だろう? この人は日本人ではないのだろうか?

話し方を聞く限り母国語以外の言葉を話すぎこちなさは少しも感じられなかった。

見た目も全くの日本人に思えるが・・・・


すると玄狼の疑問を感じ取ったかの様に男は喋った。



「私は生まれて間もない頃、両親に連れられて日本に来て東京で育ったんだ。丁度君ぐらいの時だったかな、祖国に帰ったのは。

それからも時々、日本には来ているんだが今回は友人が経営する会社の社員旅行の案内役を頼まれてね。


色々情報を調べてみたら丁度、瀬戸内世界芸術展とやらが開催されていると聞いてやって来たのさ。ただ、あいにくと地方には行ったことがあまりないんだ。そこで誰か地元の人と一緒に回れたらなと思って声を掛けたんだよ。


おっと申し訳ない。言うのが遅くなってしまったな。

私の名前は李 太龍リ タイロン。日本育ちの中国人さ。」 



男はそう言うと目を細め、顔中を皴だらけにして破顔した。思わずつられて笑い返しそうになるような人懐っこい笑顔だった。



 

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