四神と大蛇

瀬戸芸と先輩美少女


奥城島のフェリー乗り場から続く港道の傍に不思議な形状のオブジェが並んでいる。色とりどりのそれらは素材や形状も様々でおよそ統一性という物が見受けられない。

にもかかわらずそれらは何処か一つの共通した意志をもっているような趣が存在していた。


三年に一度、K県とO県にまたがる瀬戸内海の島々を舞台に開かれる瀬戸内世界芸術展、略して瀬戸芸と呼ばれるその芸術展はこの四月の下旬に始まったばかりだ。

奥城島もその舞台の一つとして何箇所か作品群が展示されている。


水上 玄狼はそれらの作品を立ち止まってのぞき込んだり、横目で眺めたりしながらゆっくりと歩いていた。彼のすぐ傍にはほっそりとした体つきの色の白い少女が肩を並べて歩いている。垢抜けた感じのする綺麗な娘だった。


肩甲骨近くまで伸びた細く艶のある黒髪を耳にかけて後ろでまとめて三つ編みにしている。細く尖ったような耳輪じりんと小さな耳たぶが濡れ羽色の髪に映えて可愛らしい艶めかしさを発散していた。


服装は七分袖の白いパーカーにレモンイエローの短めのギャザースカート、足元は白のスニーカーを履いている。春を意識したガーリーな装いであった。パステルピンクの靴紐シューレースが白いキャンバス地に目立って愛らしい。


志津果でも郷子でもなく亜香梨でもない、佳純とも違うその少女は玄狼にすっと近寄ると小さく囁きかけた。



「水上君、手をつなご。」



何の躊躇いもない自然なその物言いに彼は ” えっ! ” と言って戸惑った。

今日はゴールデンウィークの初日でかなりの人が瀬戸芸の作品を見ようとに来島して来ている。本土から来た知らない人が殆どだと言っても中には島の人だっているだろう。そんな中で明らかに中学生と分かる少年と少女のカップルが手を繫いで歩いていたりすれば人目を引くことは間違いない。


傍目はためから見れば微笑ましく見えるかもしれないが当人である玄狼にはいささか高過ぎるハードルであった。



「イ、イヤ・・それチョット・・・不味いです・・よ・・・・福田先輩。」



彼の隣を歩く何処かエキセントリックな魅力を持った少女は去年の秋に本土のNPO団体が主催する海岸のゴミ拾いで出会った女子中学生、福田 安里紗ふくだありさだった。


島の城山小学校を卒業して本土の松島中学に通い始めた玄狼はそこで半年ぶりに彼女に再会する事となった。

入学以前に面識があった事で気安さがあったのだろう。彼は校内で出会う度に安里紗とその仲間の女子グループに声を掛けられるようになった。


彼女達は男女間において積極的というか距離感が近かった。休み時間や教室移動の際、廊下ですれ違ったりするとまるで仲の良い同性の後輩を見つけたかのようにスッと近寄って話しかけて来る。話の内容は他愛もないものだが時には玄狼の髪を撫でたり頬をつまんだりもする。

彼女達が一学年上の先輩という事や島から来た生徒達とまだそれほど打ち解け合っているわけではないためか周りの同級生は何も言わない。しかしその都度、奇異な視線を送ってきているのは丸わかりだった。


偶然か意図されたものなのかはっきりしないが島から来た六人の生徒は全部で三つあるクラスに男女各一名ずつ振り分けられていた。志津果と団児は一組、賢太と郷子が二組、そして亜香梨と玄狼が三組という具合である。


よって志津果や郷子は安里紗をはじめとする女子グループと玄狼の奇妙な接触をまだ知らないようだった。

今のところ、島と本土の行き帰りのフェリーの中で二人に安里紗達の事を訊かれたりはしていない。

玄狼は志津果や郷子が別のクラスだったことに何故か安堵感を覚えたが同時にそうした自分自身にモヤッとした思いを感じたりもしていた。


だが微妙な危惧を感じていたのはどうやら彼だけではなかったようである。入学して十日ほど経ったある日、亜香梨から突然、こんなことを言われた。



「まぁ、あの海岸清掃の時から中学に入学したらそうなるやろなとは思とったけんど予想通りやったな・・・玄狼君、しづかや浦島さんの耳に入る前に早よ何とかしとかないかんのと違うん?」


「え…何のこと?」


「福田 安里紗とかいう二年の女子とそのお友達グループの事に決まっとるやん。あんなふうに女の子からちょっかい出されとったらそら人目を引くわ。そうでのうても玄狼君は充分、人目を引いとんやきん。」


「俺が? 人目を引いとる? 何で俺が・・・ああ、そらまぁ男子八人に女子二十五人やきんな、うちのクラス。おまけに島から来とる男子は三組の中で俺だけやし。

あんまし見慣れん顔でひど口も利かん(大して口も利かない)ひょろい男子じゃきん悪目立ちしとんやろな? ひょっとしたら陰キャ認定されとんかも・・・」


「いや、目立っとんはそうじゃなくて・・・アーー、まぁ、それは置いとこ。とにかく先輩達の事をどうにぞせないかんやん!(どうにかしないとダメでしょ!)」


「・・・そんなんどうぞせい言われてもなぁ・・俺のせいと違うし。人目を引いとっても周りに迷惑かけとるわけやないし・・何ちゃかまんの違うん?」



玄狼は口を小さく尖らせてそっぽを向いた。それが追い詰められて困った時の彼の癖であることを亜香梨は知っていた。同時にそれが助けを求める心の表れであることも気付いていた。

これが志津果ならその頼り無さそうな返事をきつい言葉で切り捨てたに違いない。



『そこがしずかの駄目というか下手なところなんよなぁ。もうちょっと男子の弱さに寛容やったらもっと上手い事行っきょるのに・・・


この先、二年生の女子がくろうにちょっかいかけよるなんて知ったらガイに(ひどく)やかましこっちゃろな。

” ウチに関係ないし ” って言うくせにごっつ機嫌わるなっりょるし。(ものすごく機嫌が悪くなるし。)


あの娘、カッときたら最悪、先輩達とぶつかる可能性もないとは言えんやろな。

こら先になんぞの手ェ打っといた方がええかも?』



そう考えた亜香梨は穏やかな声で少年に話しかけた。



「迷惑かけるんやのうて迷惑かけられるんやがな、玄狼君が。

このまま行ったら多分そうなるで。

今の状況を志津果や浦島さんが知ったらなんも無しではすまんと思わへん?

下手したら先輩やと揉めて喧嘩になるんちゃうん?


そうなったらなんぼ玄狼君がわるのうても一番、損するんは間に挟まれた玄狼君やろしな。ほっといて構わん事は無いんと違う?」


「いや・・そら確かにそうなったら・・・ちょっとややこしな・・

ほんだけんどほっとかん言うても(だけど放って置かないと言っても)どうしたらええんや?」


「そやなぁー。まぁ、まずリーダー格の福田先輩にやめてくれるよう頼むんがイッチャン早いかな。」


「いや、そなん事言うてかまんのか? 別に虐められとるわけやないし。

理由訊かれたらどなん言うたらええん?

まさか同級生二人しづか と さとこがめんどいからやの言えへんぞ。」



亜香梨は ”あー、理由かぁ。うーん、理由なぁー。” と首をひねってしばらく考えていたがやがてこう言った。



「しゃーないな。付き合っとる彼女がヤキモチ妬いてうるさいけん言う事にでもしょうか? それやったらスジも通っとるし納得してくれるやろ。」


「オイ! なんぼスジが通っとっても理由の根本が大ウソやないか!

それやったらあの二人がめんどいから言うんとヒド変わらんのと違うんか?

大体、彼女って誰?って訊かれたらどなんすんや?」



玄狼の指摘に亜香梨は再び考え込んでしまった。



『 そこなんよなぁ、問題は。志津果や郷子のどっちかにしたらそれはそれでもっとややこし話になるやろし・・・

なんぼにせの彼女や言うても大揉めになるやろな。どなんしょーかな・・・? 』



眉根にしわを寄せて考え込む彼女に玄狼が何かいいことを思いついたぞといった口調で言った。



「そや! 亜香梨、お前が俺の彼女になったらええんやが。」


「えっ、ウチが玄狼君の彼女に?・・・・ええええぇぇぇぇっ! な、何言うとん!

そななん無理に決まっとるやん!」


「そなん事無いやろ。お前が彼女役やってくれたらスジも通るしボロも出んし。

後は先輩女子に口裏合わせてくれさえしたら完璧やん。


あの二人に頼むんは論外やし・・かと言うて他ににせの彼女役やら頼めるような人居らんし。

大体、まだクラスの女子の名前さえまともに覚えとらんのに恋人の振りしてくれやの言うたら陰キャの上にキモイ言われてボッチへの道一直線じゃ。

その点、亜香梨やったらばれることも揉めることもなしにいけると思うんやけどの。」


少女は普通の斜め上を行く少年の思い込みに呆れながら胸の中で呟いた。


『 いやアンタが頼んだら大抵の女子は何の問題もなしに交渉成立やがな。

まぁ、その後が問題大ありやろけどな。多分、アンタは地獄に落ちて獄卒の牛頭しづか馬頭さとこに恐ろしい責め苦にあわされるン違うかな。 』


少女は今度は声に出して少年に確認した。



「志津果も浦島さんもウチが理由を話せば納得するやろとは思うけどな。

それでも他の人はウチと玄狼君がカレカノの関係やって思い込むことになるよ。それでもかまんの?」 


「えっ そ、それは・・・俺は・・かまんよ、うん、かまん。

あ、でも・・それやったら亜香梨が困るか・・・? 」


「う、ウチもかまんけど・・どうせしばらくしたらみんなっせよるし。」


「そ、そやな。そなんしょうもない事、みんなじきっせるよな。」


「うん、多分。どうせにせやしな。」


「うん、そやな。どうせにせやもん。」




― ― ― ― ― ― ― ― ―




玄狼はその後、亜香梨と打ち合わせた通りに福田安里紗にその旨を伝えた。

彼女は玄狼の話を一通り聞いた後で ” フーン ” とだけ言った。


吊り目がちの細い、しかし妙に艶めかしいまなじりが玄狼を見詰めている。その鼻も顎も耳までもが細く白かった。これまた細い唇だけが朱を差した様に赤い。首や肩、腕、腰、脚も全てが華奢で肌が抜けるように白かった。


玄狼は皆が彼女の外見を揶揄して白狐びゃっこ様と呼んでいると言う噂を聞いたことがあった。なるほど、そう言われてみればそんな感じがしないでもなかった。

実際、島の海岸掃除で初めて会った時、玄狼自身がそう感じた覚えがある。

ただそれは単に見てくれからだけでついたあだ名ではなかったのだが彼はまだそれを知らない。



「ほんならさー、今度の連休にうちを奥城島へ連れてってくれん? 今、ちょうど瀬戸芸やっとるやん。案内してよ。」



突然、安里紗が言い出した突拍子もない願いに玄狼は ” はぁっ? ” という感じになった。付き合っている彼女が機嫌を悪くするから自分に絡むのをやめてくれという話をしたつもりなのだがちゃんと聞いていたのだろうか?



「あ、あの福田先輩、さっきの僕の話を聞いてくれてました・・よね?」


「うん、聞いたよ! ほんだきん学校の外やったらその彼女さんも見てないし問題ないやん。」


「イ、イヤ その娘、島の子なんですけど・・・」


「えっ、そうなん? どの娘、どの娘? 背が高くてハーフっぽい美人の娘?

それとも凛としたハンサムガールの綺麗な娘?」


「いや、そのどちらでもない別の娘ですけど・・」


「別の娘? あー、丸顔で小柄でナイスバディな可愛い娘!

そっかぁ、あの娘やったんか。・・・・うん、分かった。」


「分かってくれましたか! ですからちょっとそのお願・・・」


「開展一番の早い時間にさっと見たら誰にも見つからへんて。

ほんでそのまま鷹松港に戻って別の島に行こ。もし時間的に無理やったら市内へ行って街ブラしよか。」



” 分かった ” と言うのは玄狼の彼女が誰かということで自分がお願いした話の内容ではなかったんだと彼が気付いた時には既に約束は出来上がってしまっていた。

そのままどうすることも出来ずに押し切られて今現在、安里紗に瀬戸芸の展示物の前で手を繫ぐことを要求されているのだった。というよりもう既に手は繋がれてしまっていた。


互いの五本の指と指をしっかりと組み合わせた ” 恋人つなぎ ” は万が一、見知った顔に出会った時でも振りほどくことはほぼ不可能であろう。

ぎこちなく寄り添う初々しいカップルに行き交う若い男女が微笑ましそうな視線を送ってクスクス笑いながら通り過ぎて行く。


この状況を作り出した元凶である筈の隣の美少女は何のてらいも恥らいも見せずに初夏の風の中を颯爽と歩いていく。

その横で少し口を尖らせ顔を恥ずかしそうに背けた華奢な少年が少女に手を引かれるようにして歩いて行った。













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