題名


 翌日、俺は悶々としていた。

 昨日見つけた絵本。

 そのことで頭が一杯だった。


 改めて、その本を見てみる。


『彼はスコープで井戸を覗く』


 まずこの題名だ。意味が分からない。どういう意味なのだろうか。

「なんだよ、彼はスコープで井戸を覗いたって……。スコープで井戸なんて覗いて何の意味があるんだ? 覗いてなにが見えるんだよ。底が深いから真っ暗でなにもみえないだろ。だいたい、彼って誰なんだよ」


 俺は本を置き、枕に顔を埋める。そして、自分に言い聞かせる。

 

 解がわからない問題にぶつかったとき、大事なのは『思考』すること。これが、俺のモットーだ。


「冷静になれ、まずは謎な部分を整理してみよう」

 

 一つ、題名の意味。

 二つ、ページの最後が空白。

 三つ、メッセージ。


 これが、よくわからない点である。

 一つずつ、ひも解いていこう。


 まず初めに、『題名の意味』。これはどういう意味なのだろうか。しばらく考えたが、答えは出てこなかった。


「休憩しよ」


 テレビのリモコンを探し、ピッと電源を入れる。

 画面の中では、クイズ番組が流れていた。芸人さんやタレントさんが何かを喋りながら何らかしらのクイズを解いている。


 ボケーっと俺はそれを見ていた。会話の内容は、うまく頭に入ってこない。


 問題が終わったのだろう、別の新たなクイズの問題が始まった。それは、連想クイズだった。司会者が、問題を読んでいる。


「一つ、目が赤い。二つ、ニンジン。三つ、ぴょんぴょん。これから連想されるものは、何でしょうか!」


 朱はすぐに答えが分かった。司会者の質問に独り言で反応する。

「うさぎ」


 間髪入れずして、スタジオのみんなもわかったようだ。

「簡単! 答えはウサギ!!!」

 そう答えたのは、容姿の優れている男性。名前は知らないが、きっと俳優さんなのだろう。

「正解!」

「楽勝!!!」

 その俳優さんは、手を叩きながら誇らしげに言う。無事、俳優さんとともに俺も正解だった。しかし、本番はこれからだった。難しい問題が次々と続く。そしていよいよ、問題はラストになった。


「問題です! 歌、月、歩、この三つの文字から連想される世界的なアーティストは?」


 スタジオが静まり返る。おそらく皆、真剣に考えているのだろう。

 すると、ポンと音が鳴る。これは答えがわかったという印の音。鳴らしたのは先程の俳優さん。


歌川広重うたがわひろしげ! 理由は『歌』がついて、東海道……なんだっけ。それを作ったから歩いているはず……!!」

「残念! それでは、『月』の説明がつかないし、そもそも歌川広重うたがわひろしげってアーティストなのか?」

「浮世絵を描いてるから、アーティスト!!!」

「いやいや、まず『世界的』ってワードがあるし、百歩譲って世界的だとしても、それだと『月』って漢字の意味が通りませんよ?」

「月にも歩いて行ったんだよ! きっと!」

「いやいや。古関こせきさん、むちゃくちゃです」

「くそー、あってたと思ったんだけどな~」


 ぽりぽりと頭をかきながら、古関こせきはニッと笑う。

 その笑顔につられて、周りも笑顔になっていく。

 この俳優さん、古関こせきさんっていう名前なのか。


「では、改めまして考えてみてください」

 司会者のこの一言で、静寂の時間の始まりだ。

 古関こせきさんが答えて以降、誰も答えが思いついた人はいなかった。

 その時、静寂の中に響く一声があった。


「わかった! マイケルジャクソンだ!!」

 それは、音量的には小さいはずなのに会場全体に響くような声だった。

 皆が、なぜマイケルジャクソンなのかと首を傾げる。その皆の中に俺も含まれているのは言うまでもない。


 その声を放った、中年の小太りした男性が説明する。

「『歌』。これはそのままで歌関係の人だと推測する。問題は、『月』と『歩』だ。英語に直してみてほしい。『歩』は『walk』、『月』は『moon』。並べ替えると、『moon walk』! つまり、マイケル! これは『歌』の一文字ともしっくりくる!」


 スタジオが感嘆の声に包まれる。



「これだ!!!」

 俺の発した言葉が、部屋中に響く。

 そして、本を手に取り、題名の意味、という謎に終止符を打つ。


「『思考』しろ!」


 本の題名を英語にする。

『彼』=『he』、『井戸』=『well』、『スコープ』=『scope』、のぞく=『look』

これを並び替えてみる。


「He , look , scope , well……。この範囲をよく見ろ……これが答えだ!」


 題名の意味がわかったことに、達成感に俺は包まれた。

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