第8話 救出

「公開処刑?! 赤狼人族の奥さんと子供たちは、何もしてないのに」


 無実の母子を殺すなんて。何でだよ、意味わかんない。 


「ディーン。これは見せしめだと思う。王国は離反した赤狼人族たちに思い知らせるために、処刑するんだ」


 アーサーがオレをなだめるように、背中に手をあてた。



「マクブライド将軍は、カムラン・ダンジョン討伐軍の惨敗をぜ~んぶ、赤狼傭兵団のせいにしてたからなぁ」


 魔法剣士がつぶやく。


「むむ、今日処刑とは、随分と早いな……」


 師匠は腕組みをしながら、何かぶつぶつ言ってる。




「で、どうする? 彼らを助け出すなら、私達はどう動けばいい?」


 『希望の光』のリーダーの騎士が、オレに問いかけた。


 オレはアーサーと目を合わせる。するとアーサーが頷いて、口を開いた。


「こうなると、監獄から脱走した『希望の光』の身内の方々が心配だ。あなた方は、ご自分の大切な人の安全のために行動して欲しい。母子の救出は、ボク達がやる」


「ええと……ここをシェルターに使ってくれていい。地下ダンジョンに全員避難させればいいよ。物資なんかもDPで出来る限り支援するから、出来るだけ早く安全を確保して欲しい。今後のことは、また改めてゆっくり考えればいいし」


「――すまない、ディーン」


 Sランクパーティのメンバーたちは、オレ達に頭を下げると素早く出て行った。


 最後に師匠が振り返って「しっかりやるんじゃぞ」と言ったので、まかせとけ、と親指を立てた。




◆◇

 


 リン、ゴーン、ゴーン。


 処刑を告げる鐘の音が鳴ると、誘われるように大勢の人々が広場に集まって来た。



「さっさと、歩け!」


 手枷をつけられ兵隊に小突かれながら、まだ若い母親とぐずって泣く幼い子供達が、王都中央広場の処刑台へと急き立てられる。子供たちの頭部には、狼人族の特徴である狼の耳が生えていた。


 広場は王国を裏切った赤狼人族の処刑を見物しようと、人々が押し合い熱気に満ちる。


 小さな子供達の姿に心を痛める者も居たが、大半は裏切り者の獣人への制裁せよ、と息を荒くしていた。


「恩知らず!」

「獣人のくせに、俺たちに逆らうなんてっ」

「裏切者は、死ね!」


 罵声が飛びかう中、哀れな犠牲者たちは処刑台の引き上げられた。壇上では刑吏とその助手、公の証人として討伐軍に参加していた騎士、司祭が罪人待っていた。


 聴罪司祭がフレイア教のシンボルを手に「毅然として名誉ある振る舞いをするように」と促すと、罪人の母親の一人がたまらず叫んだ。


「お願いです! せめて、子供だけでも助けて!」

 

「自白して他の共犯者の名を告げる時間が、まだ残されているぞ? まだ他にも裏切り者の赤狼人が居るのなら、密告するがいい。そいつらと引き換えに、お前の子供を助けてやろう」


 刑吏が冷酷に告げると、女達は震えながら首を横に振った。


「罪状を読み上げる! これらの者達は国家反逆罪により、縛り首の刑に処す」 


 刑吏の助手が、踏み台の上に乗せた罪人たちの首に輪縄を通す。


 そして、足踏み台を助手が蹴って外そうとした、その時。



 ボヨヨ~ン、ボヨヨ~ン、ボヨンボヨン!


 広場めがけて、直径が大人の背丈ほどもある半透明のピンク色の球体がいくつも、レンガ敷の道を弾みながら向かってくる。


「なんだ、あれは――っ」

「スライムだっ、スライムだぞ!」

「逃げろ――っ」

「きゃ――!」

「うわぁあああ」


 群衆の中にピンクスライムが突っ込み、我先に逃げようとする人々。突然現れた魔物にパニックになった。


 押し合いへし合いしているうちに、将棋倒しになったりして、あちこちで悲鳴と怒号が飛び交った。


「くそっ、なんで街中にスライムなんかが」


 兵隊たちが剣を抜き、スライムと対峙する。


「スライムの中にある核を狙えっ」


 シュパッ! 剣で切り込むとピンクスライムが、半固体ゲルから液状ゾルに変化して、兵隊たちを飲み込んだ!

 ヌルヌルとしたスライムが鎧や服の隙間から入り込み、ぷるぷると振動しながらくまなく全身をマッサージしていく。


「はあぁぁぁぁぁんっ」

「おほぉぉぉぉぉぉっ」


 突然、戦闘には不釣り合いな野太い嬌声が上がった。


「いっ、いい!」

「気持ち、いいよぉぉぉ」


 ピンクスライムに飲み込まれた兵隊たちは、ビクビクと痙攣しながら、悶えていた。


 彼らを遠巻きに警戒しながら、息を飲んで見つめる他の兵隊たち。


「あ、新手の新種スライムか?」




 ――混乱の中、処刑台にこっそりと近づく、二つの影。


 アーサーとオレだ。


 処刑台の上に居た刑吏たちは、とっくに逃げ出している。


「あ、あなた方は?」


 首に縄を掛けられたまま放置されている親子が、近づいてきたオレ達を見て問いかけた。


「赤狼人傭兵団団長に頼まれて、助けに来た。味方だ」


 アーサーが剣を一閃して、赤狼人族の親子の首に掛けられた縄を切る。それから急いで手枷を外した。


「こっちだ、ついて来て!」


 母親たちは気丈に頷くと子供達を抱き上げ、あるいは手を繋いで、処刑台を駆け下りる。


 広場から狭い街路目指して走り去ろうとすると、後ろから追っての声が掛かった。


「あっ! お前たち、どこに行くつもりだっ。追え、死刑囚が逃げたぞ!」



 最後尾にいたオレは立ち止まって、ピンクスライムたちに呼びかけた。


「ここで足止めしてくれ!」


 するとスライムたちは、捕まえていた兵隊から離れると再び半固体ゲル化して、ボヨヨーン、と弾みながらこちらに来た。


 スライムに襲われた兵隊たちは、革の鎧や服を溶かされ、地べたに白目をむいたまま気絶している。


「衆人環視の下で、フルチンになりたい奴はかかって来いやぁ!」


 相手をするのは、オレじゃなくてピンクスライムだけどな。



「あ、あいつは! 魔物使いテイマーだっ。あいつがスライムを操ってる!」


 兵隊の一人がオレを指差して怒鳴った。


「元凶の魔物使いテイマーをやっつけろっ。あいつを倒せば、スライムなんか雑魚だっ」 



「ええっ? 魔物使いテイマーじゃないよ! 誤解だあ――」



 剣を振りかざした兵隊たちが、一斉にオレに切りかかった!



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