第9話 アースドラゴン
「ディーンっ!」
赤狼人族の母子を先導していたアーサーが、振り返って叫んだ。
「いいから、早く子供達をっ。オレを信じろ!」
視線で早く行けと促す。
アーサーは一瞬ためらったが、オレの言う通りに母子を逃がすためにその場を後にした。
カーン、キーン!
兵隊たちに振り下ろされた剣を、咄嗟に腕を上げて庇う。剣がオレの腕にや脇腹に当たって跳ね返る。
いい音がするじゃないかっ。
切りつけられた皮膚は、瞬時に竜の鱗に変化して刃を弾いた。ダメージはほとんどない。
「物理攻撃が利かない?!」
「身体強化魔法かマジックアイテムか? 気を付けろっ」
布の服しか身に着けていない丸腰のオレに、切りつけた剣が跳ね返されてしまったから、兵隊たちは驚きと共に警戒している。
ふふっ。その隙に、背後から忍び寄る、ピンクスライム。一斉に、兵隊たちに襲いかかった!
「うわぁああああ」
「やめろ――――っ」
「助けてぇぇぇ!」
オレは兵隊たちをピンクスライムに任せ、路地に入って行ったアーサー達の後を追う。
だが、もう少しで広場から路地へ逃げ込める、という時。
「そこまでだ、
ランスロット率いる、聖騎士団が広場になだれ込んで来た。
赤に白の十字の揃いのマントを翻した聖騎士団が現われ、広場の群衆が喝采を叫ぶ。
「お前の正体は、把握している! 悪しき竜よ、フレイア神の裁きを受けるがいいっ」
輝く金髪をなびかせて、美丈夫のランスロットがオレを指差し、大声で高らかに宣言した。
なんだよ、このカッコつけ野郎は!
地下室で瓦礫に埋まってうめいていたくせに、もう復活したのか?!
そして、オレの行く手を阻む聖騎士達が手にしているのは――
竜の鱗をえぐって突き刺すのに適した尖った形状の武器が、陽光に当たってギラリと光る。
くっそ! 思わずブルっと震えちゃったのは、武者震いだからなっ。
「出でよ、ピンクスライム!」
両腕を突き出し手の平を前に向けて、ポーズを取った。
……別に、呼びかけたりポーズする必要は、一つもなかったんだけどさ。
ちょっとカッコつけ野郎に触発されちゃったかな……てへッ。
折しもタイミングよく、新たに大量のピンクスライムが側溝から津波のように、広場に押し寄せた。
「きゃぁああああ」
「ヒィィィィィィ」
「いやだぁぁぁあああ」
逃げ惑う人々が、次々にピンクスライムに飲み込まれていく。
よし、今のうちに逃げるぞ!
「待てっ! 逃さぬ」
聖騎士達がしつこく追ってくる。
待てって言われて、待つバカは居ないんだよっ。
けど、駆け出したオレに、冷気が迫る。
「
氷属性の魔法を、ランスロットが放った。
ピキピキと音を立てて、広場にいたピンクスライム達がうねったまま、凍り付いてしまった。
スライムに掴まった人たちごと、氷の彫像のように固まっている。
「ちょ、おまっ! 何てことすんだよっ。せっかくこっちが、死人を出さないように、ピンクスライムにしてやってるのに」
「なんだと!? どういうことだ?」
「分からない奴だな、ランスロット。この王都の地下はもうオレのものだ。お前たちは、俺の手の平の上で踊っているようなもんだぞ?」
「――ならば、お前を倒すのみ!」
奴は
危うく紙一重で躱すと、オレの頭の横を通り過ぎた尖った刃の後を、数本の髪の毛が舞った。
「だ・か・ら! オレを
脳筋かよっ。人の話を聞け!
「邪竜よ、お前の目的は何だ?!」
「オレは今まで通り、平和に暮らしたいだけだ! もともとこの戦いは、お前たちが仕掛けて来たんだからなっ」
オレとランスロットを、遠巻きに囲んで見ている聖騎士達は、判断に迷っているようだ。
ランスロットの援護をしてオレを倒すべきか、オレの言う通り、手を下したら王都が破壊されてしまうのか。
「何をぼさっと見ている! この者の戯言を信じるなっ。団長命令だ、援護しろ! 我ら聖騎士団が邪竜を滅ぼし、王都の安寧を取り戻すのだっ」
すると、一致団結した聖騎士達が一斉に
鋭く尖った刃に、大聖堂地下室で左目を千枚通しで突き刺されたトラウマが蘇るっ。
「やめろぉおおおお――っ! うぁああああ、うわぁぁああああああっ」
ゴゴォ、ゴゴゴゴゴォオオォォォォ……。
身体がバンッと弾けるように膨張していく。
広場が、聖騎士達が、どんどん下になっていく。気づけば建物の屋根が目線に来ていた。
あーあ、怖すぎて、身体が勝手に竜化しちゃったよっ。
「邪竜め、正体を現したなっ。聖騎士達よ、怯むなっ! 戦え! 聖騎士団の名誉にかけてっ」
「「「「「おおぉぉぉっ」」」」」
ドスッ! ランスロットの振り上げた
「イタタタタタァァァァァッ! イタイ、イタイィィィィィッ!」
大きなトゲが突き刺さったような痛みに、涙がにじむ。
「イタイノ、ヤナノニィィィィッッッ」
思わず身体を捩ると、その動作でオレの尻尾がブンッ、と音速で振り回された。
「「「「「ぎぁああああああああぁぁあああっ」」」」」
オレの尻尾に巻き込まれて、ランスロットや聖騎士達が吹っ飛んでいく。
勢いあまった尻尾の先が、広場の水飲み場に当たって、粉々になった。
うむ。どうだ、見たか。オレの驚異的な、戦闘威力を!
……全然戦ってない、という気がしないでもないけど、今のうちに逃げちゃおうっと。
逃げるが勝ち、と誰かが言ってた気もするし。
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