第7話 新たなダンジョン

「もう今日は遅いからゆっくり寝て、明日に備えよう」


 アーサーに促されて、久しぶりにゆっくりとお風呂に入った。


 オレは1LDKのユニットバスを拡張して、日本旅館風の檜風呂にした。


 王都の地下下水道ダンジョンから膨大なDPが入って、今のオレは人間たちの宝くじが当選したみたいな気分。DPが使いたい放題だ。


 以前は足を曲げて入っていた浴槽が、こうしてアーサーと二人で入ってものびのびと延ばせる。


「一緒に入ろう」と誘った時は、恥ずかしそうにもじもじしていたアーサーも、この檜風呂に釣られたのか、8日振りにオレが帰って来て嬉しいのか、結局湯船の中でオレの横に座っている。


 いったん浴槽から出て、洗い場で身体を洗っていると、後ろから「背中、洗ってあげる」とスポンジを石鹸で泡立てて、擦ってくれた。


「ディーン、無事でよかった……」


「うん。――オレも、洗ってあげる」


 そうして、ふたりでキャッキャッとはしゃぎながら、泡だらけになって、シャワーでお互いを流し合った。


 夜は1LDKのロフトで、アーサーと一緒にベッドで抱き合ってぐっすりと夢も見ずに眠った。




◆◇



 翌朝。 


 このままアーサーとベッドでゴロゴロしていたい――という気持ちを抑え込んで、えいやぁ――と気合を入れて起きる。


 朝食は慌ただしく、さっとお餅を焼いて砂糖醤油につけ、海苔を巻いて食べる。お餅はお腹にたまるし、腹持ちもいいんだ。



「王都がどうなっているのか気になるし、赤狼人族もだけど師匠たちも心配だから、すぐにあっちに戻らなきゃ」


「そうだね。ボクも一緒に行くよ」


 ここカムランと王都の地下下水道のダンジョンは土中蟲アースワームに掘らせたトンネルで連結したものの、別々のダンジョンである。カムランから地下下水道のダンジョンの様子はわからないし、遠隔操作もできない。


 一人で王都に戻るのは心細かったので、アーサーがついて来てくれるのは嬉しいんだけど。


「留守の間、オレとアーサーが両方居ないとなると、カムラン・ダンジョンの守りが心配だ。村里のゴブリンやオーク達に任せて大丈夫かなぁ」


「赤狼人族もいるし、ゴブリンライダーやハイオークや魔法使いの子供たちも育って、十分戦力になっているから大丈夫だと思う」


 よし、それなら! オレはゴブリン村長とオーク里長に後を任せ、赤狼人族にも計画通り順調に進んでいるから心配するなと言付けした。そして、アーサーと一緒に王都の地下下水道ダンジョンへ転移する。



 古代王国時代に建造された石造りの地下下水道には、意図的にスライムが放流され汚水処理用に飼われて来た。増え過ぎないように間引きしながら。ここにはスライムの他、ジャイアント・アントや鼠・蝙蝠型の下級モンスターが住み着いていた。


「まずは、マスタールームを作って、情報収集しないと」


 カムラン・ダンジョンの階層は、すべて竜化したオレがコツコツと掘り進めて手作りしたものだったけど、ここでは豊富なDPを惜しみなく使う。鞄からタブレットを取り出し、クムランの画面を王都の地下下水道へ切り替える。


 王城から川を挟んだ広場の下辺りに、地下2階層を作った。会議室風のマスタールームが我ながらすごくカッコイイ。


 マスタールームには、テーブルを挟んでソファを置いた。座り心地がいいし、寝椅子としても使える。



「情報収集っていうか、先に『希望の光』のメンバーを探した方がいい。ディーンの話からすると、彼らは今、立場的に苦境にあるんじゃないかな。賢者アールの弟子として『希望の光』に同行したのに、王に謁見した後、ディーンが騒ぎを起こしたんだから」


 むー。騒ぎを起こしたくてやった訳じゃ、ないんだけどな。


 ダンジョンモンスターのブラックバットと黒闇ネズミに、師匠を探せと命令する。するとまもなく、王城の西の塔の地下室に居ると分かった。


「西の塔は、王族や貴族など身分の高い者を収監する監獄だ」


 元聖騎士のアーサーは、王城についても詳しい。


「地下なら、オレのテリトリーだ。すぐに行ってみよう」


 タブレットに、西の塔の地下の地図を表示させる。個室がいくつか並び、見張りの兵が監獄の入り口に居るのが分かった。


 ぎゅっとアーサーの手を握り、師匠のいる部屋まで飛ぶ。カムランから王都に飛ぶのと違って、地下下水道ダンジョン内の転移だから楽ではある。


「師匠!」


 突然現れたオレ達に、師匠は驚いている。アーサーの言う通り貴族用の監獄だけあって、オレが押し込められた狭い何もない独房と違い、客室らしく調度も整っていた。


「おお、お主たち。良いところに来た。計画通り、地下下水道を乗っ取ったのだな?」


「うん。『先ずその愛する所を奪わば、即ち聴かん』ソーンの兵法の第十一章「九地篇」ですよねっ。えへん」


 えーと。つまり「まず敵が大切にしているものを奪取すれば、敵はこちらの思いどおりにできる」という意味だ。ちゃんと覚えているぞ。


「弟子よ、まだ油断するな。ここからが肝心だ」 


「はいっ。『希望の光』の他のメンバーはどこに?」


「うむ、他のメンバーもこの階に一人ずつ収容されたようじゃ」


「師匠たちなら、捕まらないかと思ってました」


「家族や部下達もおるでの。お主と違って下手に暴れると、赤狼人族のように、家族に類が及びかねない。色々しがらみがあるのじゃよ……」


 そういうものなのか。とにかく、Sランクパーティ全員をオレのダンジョン内転移で、地下2階層のマスタールームに移動させる。


 どっこいしょ、と賢者がソファに座り、他のメンバーは立ったまま辺りを見回している。


「わぁ、立派な部屋ねぇ」


 聖女がマスタールームに、感心している。


「一瞬でこんな空間と部屋を用意できるなんて、すごいな」


 騎士も頷いた。


 ほめられて気を良くしたオレは、壁際に置いた横長のテーブルにドリンクバーを出した。コーヒーやジュース、カップ。軽食も出してやろうかな、と考えていると、暗殺者アサシンが「西の塔で、刑吏から気になる話を聞いた」と切り出した。


 一同の視線が、暗殺者に集中する。



「赤狼人族の関係者が今日、広場で公開処刑されるらしい」


 



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孫子の兵法書より引用

兵法の第十一章「九地篇」先ずその愛する所を奪わば、即ち聴かん

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