第三章 ウチのダンジョンに討伐軍がやって来た!

第1話 運命は扉を叩く

「アルトリア姫」


 聖騎士ランスロットはアーサーの前に跪き、呼びかけた。


「その名で呼ぶな」


「――コンスタンス様が、教皇に選出されました」


「そうか、父上が」


「どうか、聖都にお戻りください。イグレイン様もお帰りを待っておられます」


 母の名を出されて、ふっ、と皮肉な表情でアーサーは笑った。


「今更、日陰の身に親子の情を持ち出されても、な。ボクは先の教皇聖下の遺言で、ミズガルズの戦火を忌避するためにここにいる」


「お戻りになるつもりは、ない、と?」


「そうだ」


 彼は仕方ない、と肩を竦め、ふう、とため息をついた。


「あなた様が頑固なのは、存じておりますよ。そうおっしゃると思いました」


「それで、お前はどうするつもりだ?」


「ご存知かもしれませんが、私は国王から密かに聖騎士団に派遣された者です。私の忠誠は陛下にあります。ですから、この度の教団の聖戦強行論には反対する立場です」


「教団と王国は、一筋縄ではないのだな」


「教団側が魔族との全面戦争を示唆しているのに対し、王国は勇者と魔王の対決を支持する、という立ち位置ですので……」


「はは、王国は金の掛かる軍を動かす気はないと。要するにボクが魔王を倒しに行けばよいと、そこは教団も王国も一致しているのだな」


「魔王討伐の折には、私もアーサー様のお供をいたします」


 すっとランスロットは剣を抜き、切っ先を自らに向けアーサーに剣を捧げた。


「ボクは魔王とは戦わない。君の剣の誓いは要らないよ」


「ですが、魔王と戦うよりも、国や教団を敵に回すことの方が困難な道となりますよ。人族すべてを敵に回すのですから。お戻りにならないと、聖騎士の身分をはく奪、異端審問会にかけられることになります」


「勝手にボクのいないところで、異端審問会でも、魔女裁判でもなんでもやっていればいい」


 ヤレヤレ、とランスロットは肩を竦め、立ち上がった。


「近いうちにこちらに、Sランク冒険者が派遣されます。ここのダンジョンマスターを、倒すクエストが出されました」


「何だとっ!」


「Sランク冒険者がダメなら、次は討伐軍も派遣されるでしょう。アーサー様の幼馴染の竜は、どこまで持ちますでしょうか」


「貴様……っ! ディーンには指一本、触れさせない!」


「まあよくお考えになって、そして決断なさってください。聡明なアーサー様なら、お判り下さると思います。不幸にも戦いになった折には、いつでもその聖剣と共に投降してください。投降すれば、あなたのお命だけは奪わないと、そういうことになっておりますので……」



◆◇



「……アーサー、アーサー?」


 ボクを呼ぶ声に目を覚ますと、心配そうに覗き込んでいる栗色の巻き髪の少年がいた。


「うーん……ディーン?」


 ぱっちりした二重瞼の目は、金色で瞳孔が縦に細長い。見た目は可愛い男の子なのに、本当は人化した地竜でこのダンジョンのマスターなんだ。


「また、随分うなされていたから……。大丈夫か?」


「ああ――夢、か。もう、朝?」


「まだ早いから、もう少し寝てていいよ。今日は、オレが朝飯作る」


「うん、ありがと」


 ディーンはロフトの梯子を下りて、キッチンに向った。


 ボクがディーンの1LDKのダンマス部屋に転がり込んで、もう2ヵ月が経った。元々ディーンの寝室だったロフトを、ボクが使わせてもらってる。DPで広くしてもらって、クローゼットなんかも作ってもらった。クローゼットには、ボクの着替えの服がぎっしり並んでる。


 毎日ボクのDPが10万も入るんだからと、日用品や食べ物なんかも結構、贅沢しているかもしれないな。


 そろそろ、ボクの部屋を作ってもらってもいいんじゃないかと思うんだけど。ディーンは相変わらず、リビングのソファベットで寝ているし。部屋を作るのにどのくらいDP使うのか、近いうちにロキ神のタブレットで調べてみよう。


 寝間着からチュニックとズボンに着替えて、リビングに降りると、ソファベットにディーンが使った毛布が丸めて置いてあった。ボクは毛布をたたみ、ソファベッドの下の収納引き出しに仕舞おうとして、手を止めた。


「竜と薔薇色の性生活……?」


 金の縁取りのある豪華な装丁本を引き出しの中に見つけ、手に取りパラパラとページをめくる。


「なっ、なに、これ――?!」


「あっ! アーサーっ。それ、見ちゃ、ダメ――っ!!」


「「わーわー、わーわー……」」


 キッチンから飛び出して来たディーンが、ボクから本をひったくろうとしてバランスを崩す。ディーンに押されるようにして、ふたりでソファベットに倒れこんだはずみで――お互いの唇が重なってしまった……!


「……うそ……ごめん」


 茹でタコみたいに真っ赤になったディーンが、謝った。


「あ、謝らなくていい」


 ボク達は、気まずいままソファに座り、お互いの様子を探る。


「初めて、だったんだ。――その、ファーストキス」


「ホント、ごめん」


「いや、一瞬でよく分からなかったし」


「うん。オレも、その、初めてで……よく分からなかったから、もう一回、いいかな?」



 え? ディーンは、何を言ってる?



 ディーンの整った顔が近づいて来て、ボクの唇にそっとキスをした……。

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