第6話 蘇りのミサンガ

 一晩経って、またアーサーの滞在DPダンジョンポイントが10万p入った。


 わーい、何に使おうかな。借金もあるから、やたら浪費は出来ないけど。


 ゴブリン村長に頼まれた井戸は、三万pだった。生活に必要なものだし、優先してやることにする。不公平にならないよう、オークの里にも作った。集落の広場に井戸があればみんなで使えて便利だ。二つで六万pかぁ。


 さて、気になっていた村や里の前の冒険者立ち入り禁止区域の境界線は、オレが竜化して深堀を掘る。これで侵入者対策は、大丈夫だろう。


 ちなみにオークとゴブリンの希望した嫁さんは、DPで交換できなかった。

 うん、まあだよなぁ。あいつら、相当がっかりしていたのは気の毒だが、仕方ない。


「奴隷を買ってあげれば?」


 アーサーがさらりと、とんでもないことを言った。勇者なのに、人身売買とかいいのか。


「娼館や変態貴族に売られて、ボロ雑巾みたいにされるよりは、お嫁さんの方がいいんじゃない? あの村里のみんなは素朴でいい魔族だから、大事にしてくれそう」


「だけど、奴隷を買うお金がないんだよなぁ」


 DPは金貨とも交換できるけど、今日さらにダンジョン内にマイクとスピーカーをつけた。アーサーが防衛や情報収集のためにもすぐに付けた方がいいと、強く言ったんだ。


 オレは魔女モーガンから聞いた、聖剣エクスカリバーを盗んだ勇者が国と教団に追われているという話が気になって、借金してでも早期購入を決めた。

 もしかしてここも、いずれアーサーの追っ手がやって来るのだろうか。


 モーガンといえば、月末には魔法の壺を買ったカードの支払い(1万p×12回払い)がくる。借金が増えたことをアーサーに知られたら、またなんて言われるか分からない。黙っておこう。



「――よし、内職するぞ!」


 ちりも積もれば山となる。コツコツと内職のミサンガを編むことにした。冒険者たちはこれを『よみがえりのミサンガ』と呼んでいる。


 オレの加護を付与したミサンガを身に着けていると、このダンジョン内に限り、マヒして動けなくなったり、死ぬほどのダメージを受けても、元の姿で入り口に戻ることが出来る。


 ただしミサンガを使用して死に戻った場合は、その時にダンジョン内で集めたお宝は外に持ち帰れない。

 使用回数は一回だけ。使うと消滅、一個しか身につけられない。使わなければ(死に戻らなければ)、また次回以降のダンジョン探索で身に着けて使用できる。


 ダンジョンの入り口に設置してある魔道具の自動販売機で、このミサンガを販売してる。値段は大銀貨一枚。村人の一週間分の日当だ。


 命の保険だから、安い物だろう。購入するのは、主に街や他所から来る冒険者たち。上層だけしか入らない付近の村人たちは、たいていミサンガなしで薬草や魔石の採取をしている。


「ボクも手伝うよ」


 糸を手にして、アーサーは器用に編んでいく。完成したミサンガに加護を付与すればいいだけなので、だれが作っても問題はない。オレが手作りするのは、節約の為だ。


 リビングのローテーブルを挟んで、オレ達はしばらく、せっせとミサンガを作った。


「あ。あの子達」


「ん?」


 アーサーは壁に設置された大型モニターに映る何かが、気になったようだ。


「蘇りのミサンガもつけずに、下の階層に行くみたいだ」


 彼女の視線を辿ると、何分割もしている画面のひとつに、二人の子供が洞窟の中を歩く姿があった。


 俺はリモコンを手に取り、子供の映像を大画面に選択してから、音量を上げた。


 二人の会話を聞き取れば、状況も把握できる。さっそく、マイクとスピーカーが役に立つな。



「お兄ちゃん、怖いよう。下の階は降りちゃダメっていつも父さんたちが」


「万能薬は、もっと下に行かなきゃないんだ。母さんの病気は回復薬じゃ治らないって、医者が言っていただろ」


 十歳前後に見える兄妹らしき村の子供たちは、万能薬を求めてダンジョンに来たらしい。



「誰かさんを思い出すなぁ」


「覚えてたのか」


「アーサーはたった一人で万能薬、採りに来たけどな」


「ふんっ。行くぞ、ディーン。あのまま行くと、あの子たちの命が危ない」



 オレ達はショートカットルームの魔方陣を使い、最下層から二階層へ降りた。


 駆けだそうとするアーサーに、声を掛ける。


「俺は万能薬を取って、後から行くから」


「ん。ありがと」



 万能薬は、三階層のボス部屋なんだよなあ。ほんと無茶する子達だ。昔のアーサーも、だけど。



「……という訳で、ちょっとその万能薬貸してくれ」


 今日の三階層のボス部屋は、ゴブリンの村長の息子と仲間のゴブリン三匹が当番だ。こいつら、ボス部屋で相撲をしたリ、内職でわらじを編んだりして、冒険者たちが来るまで暇つぶしに余念がない。


「後で返してくださいよ、ディーンさま」


 ボス部屋で冒険者に負ける、と万能薬をドロップアイテムとして落とすことになってる。こいつらには当番の都度、万能薬を支給しているが、二回目以降は自腹を切れと言ってある。これも逃げてばかりの鬼たちに、やる気を出してもらうための、愛のムチなんだ。


「分かってる。もし冒険者が来てしまったら、立て替えといてくれ」


 ジト目で見ないで欲しいぞ。明日になれば、また10万DP入るんだ。倍にして返してやる、うん。



 二階層のアーサー達はすぐに見つかった。ウチのダンジョンはあまり広くないしな。なんたって、オレが竜化して掘って、こつこつ階層増やしたんだからな。えらいだろ。


 近くまで行くと、男の子がうずくまっていて、その隣でアーサーが膝をついて解毒魔法を唱えていた。


「ポイズンスライムに、やられちゃったか?」


 オレを見上げて、アーサーは頷いた。


「でもすぐに解毒魔法かけたから。もう立てる? 出口まで送るよ」


 妹の方はわんわん泣いている。


「大丈夫だよ。ほら、おいで」


 あやそうと手を差し出したら、妹は首を振って兄の方にしがみついた。



「ぷっ。振られちゃったね」


 別に、幼女にモテなくたっていいもん。



「あのっ、あんた達は、冒険者か?」


 意を決したように、男の子が問いかけてきた。


「そうだ。ここは子供が来るところじゃない。大人になってから、ちゃんと蘇りのミサンガをつけてから、足げく通ってくれ」

 

「おれたちは、万能薬がどうしても必要なんだ。あんた達、万能薬を持ってたら、譲ってくれないか。一生懸命働いて、必ず代金は払うから……」


「代金は要らない。将来必ず立派な冒険者になって、またこのダンジョンに来て万能薬を手に入れて、オレに返して欲しい」


 威厳たっぷりに話すと男の子の目が、キラキラと輝いた。拳をぎゅっと握り、オレを尊敬のまなざしで見ている。


「わ、わかった。男の約束だ。おれは立派な冒険者になって、あんたに恩返しするよ!」



 兄妹を出口まで送ってから、最下層の1LDKの帰途に着く。



 うん、いいことをした後は気分がいい。アーサーも感激しているはず……?



「……なんか、一見するといい話みたいだけどさ。釣った魚が幼魚だから放してやって、また大きくなったら戻って来いよってことだよね……?」



「アーサーは、助けた翌日から戻って来たよな」


「ボクはちゃんと入場料ミサンガ着けただろ」


「一回も蘇り、使わなかったけどな」


「フフ。あの時の万能薬で、母さんの病気が癒えたのは感謝してるよ。恩返しの滞在DP、たっぷり受け取ってくれ」


「大魚になって帰って来てくれて、ありがとな。なんならずっと居てくれてもいいぞ」


 その場のノリの、軽口で言ったのに、アーサーは目を丸くして頬を染めた。


「えっ?! それって」



 やめろ、うつむくな。オレまで、照れるじゃないか……。



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