第5話 欲しいもの

 モーガンから購入した魔法の壺は取りあえず、最下層フロア奥に積んであるお宝の山の一番てっぺんに登りそっと置いた。


 1LDKのリビングに置いたら、部屋が狭くなっちゃうからな。


 床から天辺まで、数メートルの高さまで積み上がっているオレの大事な、大事なお宝コレクション。

 しみじみと眺める。

 大分増えたなあ、と感慨深いものがある。



「ディーン!」


「え?」


 お宝の山の上で振り向いたら、アーサーが下から、オレを見上げていた。


「ほっぺに口紅、ついてるよ?」


「ええっ?」


 あわてて頬をこする。


 その時、絶妙なバランスで積んであったお宝が、足元から崩れ始めた。


「うわっ」


 ガラガラと音を立てて崩れていくお宝のなだれに飲み込まれ、アーサーの足元近くまで流されてしまった。



「また変なものが増えてる。何、このボロい壺は!」


 アーサーは、魔法の壺を拾って顔をしかめた。


「それは! 悪霊を封じ込める壺だよ」


「……ボクの鑑定スキルでは、くず大理石の壺、水漏れ注意だってさ?」


「これは水を入れる壺じゃないから!」


 ふう、とアーサーはため息をついた。


「色ボケして、だまされちゃったんだね。しょうがないなぁ」


「ちっ、違う! あの火竜の、フラウも買ったんだっ」


「ふうん……。竜って……まぁ、いいか。ボクが滞在すれば、10万DPが毎日入るんだし」



「――なんか、嫌な言い方、だな」


 カッとなったオレは。


「それより草原エリアの村里で、強盗するなよっ!」


「……強盗?!」


「ゴブリン、オーク。あいつらは休みもほとんどなく上層階の見回りや、交代でボス部屋待機もしてもらってるのに。怪我までさせるなんて!」


「……そうだっだんだ。知らなくて、ごめん。この農作物、返して謝ってくる」


 肩を落として、しょんぼりするアーサーを見て、ちょっときつく言い過ぎたかな、と思った。


 冒険者立ち入り禁止区域の境界線の整備を、もっとやっとくべきだったのはオレの落ち度でもあるし。



「じゃあ、一緒に謝りに行くよ。オレならダンジョン内ショートカットできるし」


「うん! そうだね、いこっ」


 すぐにニコっと笑顔になるアーサー。あれ――? しょんぼりしてたのは……? 


 あっけらかんとしたアーサーと、19階層草原エリアに向かった。



◆◇



「ほんっとに、ごめんなさい!」


 ゴブリン村の農作物を返し、オークの里の負傷者の治療をして、アーサーと一緒に頭を下げる。


 こいつらも、ダンジョンマスターに謝罪されれば、許さんとも言えないだろう。


「ディーンさま、頭を上げて下せぇ。ねん挫したうちの若い衆も、そちらの騎士さんに回復魔法掛けてもらって、完治しましたし。りんごなら、好きなだけ持って行ってかまわねぇです」


 オークの里長が、アーサーにりんごの籠を渡すと、あいつは嬉しそうに受け取った。遠慮しないんだな……。



「ところでお前達、なんか困ったこととか、欲しい物とかあれば、いい機会だから聞くぞ」



 明日になれば、10万DP入るからな。じゃんじゃん言ってみろ。へへっ。一度こういう太っ腹なセリフ言ってみたかったんだ。



「ありがとうございますだ、ディーンさま。村の広場に井戸が欲しいですだ。川まで水くみするのが大変で」


 ゴブリン村長は井戸か。


「……おらは、嫁っ子が欲しいですだ」


 赤い顔で、もじもじしながらオークの里長が下を向いて呟く。巨体の豚顔でそんなんされても、ドン引きしちゃうぞ?


 だがそれを聞いたゴブリン村長が、驚いてぴょんと跳び上がった。


「なっ、オークの里長どのっ。それなら、うちの村の若い衆にだって嫁っ子欲しいですだ」



 お前のとこもか、ゴブリン村長。井戸はともかく、嫁もDPで交換できるんだろうか。



「えーと。出来るか分からないから、後で調べてみる。期待するなよ? ちなみに、どんな嫁がいいんだ?」


「へぇ、えり好みなんて贅沢は……。できれば、エルフがいいですだ」


「なっ、オークの里長どのっ! なら、うちの村もエルフで」



 しっかりえり好みしてるじゃねえか! それにしてもエルフか。鬼族はエルフが好きだって、本当だったんだな。


 ふと、隣のアーサーを見ると、白目になっていた……。


 そろそろ、こいつをここから連れて、戻った方がよさそうだ。


「帰るぞ」


 アーサーを引っ張って、ショートカットルームから、最下層の1LDKに帰った。


 玄関を開けると。


「……消毒!」


 モーガンがオレの頬にキスした場所と同じところを、アーサーは上書きするようにキスすると、先に、パタパタと中に入って行った。


 うなじまでの長さの黒髪がなびいて、形の良い耳が現れる。耳たぶまで、真っ赤に染まっていた。



 こっちも頬が熱くなって、思わず唇が触れた場所に、そっと指先を当てた……。

 

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