第3話 ご利用は計画的に
「なあ、アーサー。勇者って、どういうことだよ! お前の返事次第では――」
思わず、問いただすような口調になってしまった。
アーサーの瞳が見開かれ、唇が震え始める。
あ、まずい。泣かせてしまうかも……もっとちがう言い方があるよな……。
――とか思ってしまったのは、オレの勘違いでした。
「へぇえ。ディーンがね。言うじゃんか。ボクの返事次第では、君はどうすると言うんだい?」
顔は笑っているのに、目が冷たい……冷え切ってる。アーサーが芯から怒っている時のアレだ……やばい。
「……ごめん。何があったのか、話して」
思わず、座布団の上で崩していた足を正座して、アーサーの正面に身体を向けた。
「まあ、いいけど……。ディーンには世話になるから、言っとかなきゃと思ってたし」
世話になるって、どういうことって思ったけど、取りあえず黙って話を聞くことにする。
「今代の勇者は、フレイア教団の教皇だったのは知ってるだろ? 先日、老衰で崩御されたんだ。それで今度は、ボクが勇者になったという訳さ」
神々が与えし称号の『魔王』と『勇者』。この世界では常に、魔王と勇者がひとりずつ存在する。どちらかが倒されたり、寿命で亡くなっても、また新たな魔王や勇者が現れるのだ。
ここ数百年は、魔族と人族が均衡を保ったまま、ミズガルズ大陸のお互いの領域を犯さないようにと、魔王と人族の王たちは腐心してきた。だから魔族と人族の間で、境界区域での局地的な小競り合いはあっても、本格的な戦争はなかった。
「じゃあ、アーサーは」
何でこのダンジョンに来たの? と聞こうとして止めた。野暮だ。野暮すぎる。
神聖王国とフレイア教団は、べったり癒着している。そして勇者を取り込むために、お互いに協力して、王族やら聖女と結婚させたり、お飾り教皇の地位を与えたりする。それだけ勇者が政治的・宗教的な駒として価値があるからなんだけど。
このダンジョンの近くの村で育ったアーサーが、そういうしがらみを嫌って、逃げて来た。そういう事だろう。
「アーサーのお母さんは、カムランの村に居るんだよな? 大丈夫か」
質問を変えてみた。アーサーが逃げたら、真っ先に母親のところを捜索されるだろう。
「いや、今は聖都にいる」
母親を案じている様子には見えない。安全な場所で匿われているのかな。
「わかったよ、ほとぼりが冷めるまで、ここに隠れていたいんだな。次の教皇の選出会議が終わるまでか?」
教皇が崩御すると、枢機卿団による選出会議が行われ、そこで新しい教皇が決められる。アーサーは教皇になりたくないんだろうな。分かるよ。そういうガラじゃねえもん。
白い法衣を着て、冠と柄杓を持ったアーサーを想像したら、吹き出してしまった。ぷっ。
「何笑ってんだよ。でもまあ、そんなところかな。でさぁ、ボクの滞在
「ええっ?!」
「昼間はソファで夜はベットに使えて、便利じゃん。ここ寝室ないしさ。それともDP足りない?」
ソファベットか。五万ポイントで交換できるから、これくらいなら……。
……交換してしまった。
リビングにでん!と鎮座する淡いブルーのソファベットを見て、アーサーはにんまりと微笑んだ。
「なかなかいいじゃん。座り心地もいいし。じゃあさ、ディーン、思い切ってモニターも設置しようよ。前に言ってたじゃん、モニター欲しいけどDP高いから交換できないって。ダンジョン内の管理や設備には、DPかけて充実させるべきだってボクも思うし」
モニターを設置すれば部屋に居ながらにして、各階層に取り付けたカメラからダンジョン内の様子を把握することが出来る。カメラはダンジョンの入り口にも欲しいな。外の様子とか、誰が入って来たとか分かる。
どうせなら大型のモニターをリビングの壁に設置して、ソファベットに座りながら見れるようにするか。
各階層に3カ所ずつカメラを設置して、モニターと合わせてオレがいままで溜めていたポイントもほとんどすべて使い果たしてしまった。
やべっ、すっからかんだ。使い過ぎてしまった。
でもアーサーがしばらくここに居てくれれば、毎日10万DPが入るんだよな。今までの長い節約生活が走馬灯のように駆け抜け、不覚にも泣いてしまった。
「泣くなよ、ディーン。ここをミズガルズ大陸一のダンジョンにしていこう」
「ああ……」
なんていい奴なんだ。お前のこと、誤解してたかもしれない。
「あとさ、悪いんだけど、ボクの着替えとかも欲しいんだ。下着とか」
「え?……ぁ……うん。し、下着、ね」
女の子の下着は、アーサーが自分で選ぶしかないだろう。タブレットを渡して、DPとの交換のやり方を教えた。
ほんとはタブレットを、他の人に使わせたりしちゃ、いけないんだけど……。
「あっ。どうしよう」
「えっ、何?」
「なんかマイナス表示なってる……」
「見せて? ……いいよ、別に。少しくらいなら」
ううっ、DPの収支がマイナス30万ポイントになっているぞ。
非常事態のための貸付サービスの上限まで目一杯使われてしまった。
でも、アーサーが三泊すればチャラだし、ま、いいか。
「でも、牛乳とか食料の分が。……そうだ、狩りに行ってくる」
「狩りって、まさか」
「モンスターはやっつけないから、安心して」
「待って――」
その時、ポーンと音がして、モニターが切り替わった。ダンジョンに誰か、お客さんが来たんだ。
気を取られた隙に、アーサーは出掛けてしまった。
明日は、カメラに続いてマイクとスピーカーも取り付けよう。
全力で逃げろって各階層のモンスターたちに、呼びかけてやれるもんな……。
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