第2話 ダンジョンポイント


 翌朝。ベーコンの焼ける香ばしい匂いがして、目が覚める。


 ゴシゴシと目を擦って身体を起こすと、対面式のダイニングキッチンで料理しているアーサーと視線が合った。


「おはよ、ディーン。朝ご飯出来てるよ。顔、洗って来て!」


「えっ、ええっ!?」


 な、なんでここに、アーサーがいるんだ?


 一瞬パニックになる。それから、ゆっくりと昨日のことを思い出して行き、脱衣場で見てしまった生まれたままの姿のアーサーが脳裏に浮かぶと……。


 うわぁっ。そうだ、昨日アーサーが押しかけてきて、ここに泊まったんだ……。それで昨夜は、結局よく眠れなくて……。


 フラフラと立ち上がり、洗面所に行って顔を洗う。



 リビングに戻ると、テーブルの上には、パンケーキがこんもりと重ねられた大皿が置かれてた。


「パンがなかったから、代わりにパンケーキを焼いたんだ」


「そっか、ありがと」


 さらにベーコンエッグに付け合わせのサラダと、コーヒーも入れてくれた。


 パンケーキにメイプルシロップを掛けているアーサーを、そっと盗み見る。


 つぶらな黒い瞳は伏せられ、長い睫毛が頬に影を落としている。フォークに突き刺されたパンケーキは、形の良い桜色の唇に運ばれると、口が開いて白い歯が覗き、はむっと噛まれてまあるい歯形がついた。



「ディーンも、シロップかける?」


「えっ?! ああ、うん」



 シロップを渡された時にお互いの指先が触れると、心臓がトクトクと鳴り出し、アーサーに聞こえてしまうんじゃないかと思った。


「でさ、パンケーキ作ったら、牛乳が切れちゃったんだ。ドロップするところ、教えてくれたら狩りに行くけど」



 ガチャン。アーサーが恐ろしいことを言うから、パンケーキを突き刺したフォークを落としてしまった。



「狩りはだめ! 欲しいものがあればDPダンジョンポイントで交換するから」


 アーサーの通り過ぎたところに、倒れていくウチのモンスターたちを想像してしまった。……いや絶対、阻止せねば。


「そうか? 分かった」


 聞き分けよく、あっさり引き下がってくれたので、ほっとする。



「しかし困ったな。ここでボクは、ただ飯を食べたことになってしまう」



 眉をひそめて、アーサーが考え込むのを見て、あわてる。



「そんなことないよ。君がダンジョン内に泊まると、DPが入って来るから!」


「なら、良かった。で、そのDPはどのくらい入って来るんだ?」


「えっ?! ……後で確認してみるよ……」



 この世界のダンジョン・マスターには、ロキ神から専用のオリハルコン製タブレットが授けられている。ダンジョンに侵入した冒険者たちの、職業やレベルなんかもこれで確認できるんだ。それを見れば、アーサーの滞在DPも分かるはず。


「うん。確認してくれ。足りなかったら、狩りを」


「わぁあああ、足りる足りる、足りるからっ」


 ガタン、とリビングのローテーブルが動くくらいの勢いで立ち上がろうとしたら、アーサーに腕を掴まれた。


「落ち着け、ディーン」


「とにかく、ウチのモンスターたちを、虐めないでくれよ……?」


「うん」



 オレがDP節約してるって、前に話したせいで気にしているのかな。



 朝食を食べ終えて、一緒に後片付けをする。アーサーが食器を洗い、オレが拭いて棚に仕舞う。


 キッチンに並んで立つと、オレとアーサーは同じくらいの身長と背格好で、あいつは黒髪、オレは栗色の巻き毛だ。今まで意識したことがなかったけど、そっか、身長同じなんだな。


 竜化すればオレの方が何倍もデカいから、気にしないぞ。それにオレたちはまだ成長期だから、これからはもっと、男の方が背も伸びるだろうし。



 片付けが終わって、タブレットを取り出した。魔力を通して、起動させると画面がピカピカ光り出す。それからダンジョン内のすべての項目の一覧が、表示された。


「ん? なんだ……?」


 急に、画面に大きく『警告!』という文字が出て、自動的に最下層のmapに変わり、ダンマス部屋に赤文字で侵入者『勇者アーサー』と出て来た。



「えええっ?! 勇者?! どういうこと? アーサーは聖騎士なのに……」


「その古代遺物アーティファクトは、職業も分かるのか?」


古代遺物アーティファクトじゃない。ロキ神から与えられたものだよ」


「ふうん……でも性別は出ないんだ」


「DP払って、バージョンアップすれば、もっと色々表示されるようになるけどさ」



 さらに下にスライドしてみる。


 滞在DP 一日につき、十万ポイントを獲得


 ぐおぉぉぉ、すごっ……たった一泊で十万ポイントも入るのかっ。Aランク冒険者だって数千ポイント位なのに。


「じゅ、十万ポイント! こ、これだけあれば……」


 ごくり、と思わずつばを飲み込んだ。


 例えば卵10個=10p、牛乳1リットル=20p、石鹸1個=10pで交換できる。

 十万pはどれだけ破格かお判りいただけるだろうか。これならアーサーの食費等を差し引いても、ほとんど手元にDPが残るぞ。


 このままこいつが、ここに泊まってくれれば、DPがたんまり溜まる……。


 いやいや、ここは宿泊施設じゃないんだ。よろこんでいる場合じゃない。

 

 それより……。


「なあ、アーサー。勇者って、どういうことだよ! お前の返事次第では――」



 オレたちは……敵、じゃないか。

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