第1話 ダンマス部屋で焼肉パーティー

「……あのさ、遅くなるとお家の人が、心配するんじゃないかな?」


「へーきへーき。うちそういうの、ゆるいから」



 ごろりとリビングのフローリングのラグマットの上に寝そべって、おせんべいかじりながら、漫画本読んで笑っているのは、赤の騎士服を着た黒髪ボブカットの、見た目はすごく可愛い男の子だ。


 ひとのウチでちょっと、リラックスし過ぎだよ……。


「だいたい、聖騎士の仕事って、ダンマスの部屋で漫画読むことじゃないと思うんだけど」


「だって、ディーンちじゃないと、異世界の漫画本なんか読めないもん」



 ふう、とため息をついて、急須のお茶を湯呑に注いで、テーブルの上に置いた。



「ほら、お茶。それ飲んだら、もう帰りなよ……」


「ん。ありがと。やっぱおせんべいには、緑茶だよねっ」



 ……しかし。お茶を飲んだ後も、一向に帰る様子を見せない。



「……もうそろそろ、夕飯の時間だけど」



 さすがにこう言えば、帰ってくれるかなって。

 夕飯までここでごちそうになると言うほど程、図々しくはないだろう。

 


「ボク、夕飯ここで食べる」


「えーっ?! 食べてくの?」


 びっくりして、叫んでしまった。


「ディーンはいつもひとりでしょ? 誰かと一緒に食べるご飯って、おいしいんだよ。ボクのお土産の牛肉で、焼肉パーティしよっか」


 少年は鞄から、竹の皮に包まれた高級牛肉を取り出してテーブルに置いた。


「お土産って……これ、ウチの二十階層ボスのミノタウルスやっつけた時の、ドロップアイテム『高級牛肉セット』じゃん!!」


「そうそう。タン塩にはレモン掛けて食べようね。森林エリアでレモンも採って来たんだよ~」


 本を置いて立ち上がると、勝手にキッチンの収納棚から、ホットプレートを出してテーブルセッティングを始めた。



「アーサー! またミノタウルスやっつけちゃったのっ?! 再ポップするのにDPダンジョンポイントかかるのに! いつもボスモンスターは、やっつけないでって言ってるでしょー!!」


 オレは渡されたレモンを、ナイフでクシ切りにしながら、抗議した。


「んー、ミノさんやっつけないと、ここに来れないからさぁ」


 アーサーは火魔石のはまったダイヤルを調整して、プレートの温度調節をすると牛脂を落として肉を並べて行く。


「そういう問題じゃ……」


「あっ! ディーン、そこお肉ひっくり返して! 焦げちゃうよ~」


 やばっ、慌てて肉をひっくり返す。


「ほら、焼けたよ、食べよっ」


 タン塩はレモンを掛け、カルビにはタレにつけて食べる。



 う、うまい……。ミノタウルス、すまん……。



「あはは、泣くほどおいしいの? ふたりで食べるとやっぱ楽しいよね」



 いきなりバシン! と背中を叩かれ、むせてしまう。ゴホゴホッ。



「だいじょーぶ?! ほら、ウーロン茶飲みな」


「あ、ありがと」


「……ふぅ、おいしかったぁ!! お腹いっぱい。ねえ、お風呂、使わせてもらっていいかな?」



 テーブルのお皿を片付けながら、今度はそんなことを言い出す。


「服の下にミスリルのチェインメイル着ているから、汗かくと気持ち悪いんだ」


「別に、いいけど」



 最下層のダンジョンマスター居住区は1LDKだから、玄関開けたら廊下からリビングまで見通せるんだ。


 キッチンはカウンターを挟んで、リビングダイニングになってて、ロフトもついてるから、そこにベッドを置いて寝てる。


 浴室は玄関の廊下からすぐの右側で、その向かい側がキッチンだ。ちゃんと、トイレと浴室は別々になっているけど、脱衣場は洗面所と一緒。そこはひとり暮らしだから、問題ない。



 アーサーが風呂に入っている間に、オレは洗面台で歯を磨くことにした。


 浴室の中折れ扉は、4枚の半透明の樹脂パネルがはまってる。そう言えば今まで気にしたこともなかったんだけど、なんで浴室の扉って半透明なんだろな?


 まあ別に、アーサーの裸が薄っすら透けていようが、男同士だし気にしなくてもいいだろう。


 歯を磨きながら、床に置かれている脱衣かごにふと視線が行った。


 あれ? 騎士服やチェインメイルの間から、レースの紐が出ているぞ。


 何だろう、とつい、引っ張ってしまった。



 えー?! ブ、ブラジャー?!


 びろんとオレの手にぶら下がっているその物体は、まぎれもなく、女が胸につける下着だっ!!



 その時、バンッ! と浴室の扉が開いて、裸のアーサーと、ブラジャーを手にしたオレがかち合ってしまった……。


 あいつと目が合ったその一瞬が、スローモーションのように、長く感じる。



「ディーンの、えっち!! すけべっ!」



 バチンッ! 



 頬に痺れるような痛みが走り、不意打ちされたオレは、よろけて尻もちをついた。



「ご、ごめん……」



 っていうか、お前、女だったのかよ……。



 結局。アーサーは、もう遅いから、今日は泊まっていくと言い出した。ロフトにあるベットをアーサーに貸して、オレはフローリングのラグマットの上で丸くなる。


 明かりを消して目を瞑ると、さっき見たアーサーの白い裸体が頭の中でチラついて、なかなか寝付けない。


 あいつ、身体は鍛えられて引き締まっていたけれど、胸はほんのりとふくらんでいて……。


 オレは首を振って、アーサーの裸を打ち消そうとした。



 それにしても、なんでここに泊まるなんて言い出したのかな。今までそんなことなかったのに。



 ……。


 これは、世にいう、据え膳というものだろうか。食べないと男の恥と言われるらしい。


 でも、ちがったら、間違いなく半殺しにされる。背中がぞくっとした。



 悶々とした夜は、静かに更けて行く……。



 ね、眠れねえ……ぞ……。

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